第12話 容疑者

 木戸と夏目が倒れ、死を目の当たりにした俺達はどうして良いか分からず、立ち尽くしていた。俺はともかく、残りの四人にとっては最初の殺人事件だ。現実を受け入れるのには時間がかかる。それに毒殺となると、自分がそれを口にしていた可能性だってあるのだ。これがただのゲームではない、死のリスクが伴うデスゲームだと突き付けられれば、当然冷静さを欠く事にになる。

 そんな中で唯一冷静だった創賀は、状況把握に努めていた。


「毒殺だとして、何に毒が仕込まれてたか知りたい。協力してくれ」


「ちょっと、なんであなたはそんなに冷静なの? 二人死んでるのよ?」


 田城さんは気味の悪いものでも見るように、創賀に目をやった。


「生き残る為だ。この人が死ぬイカれたゲームでな」


 何度見ても、創賀の状況適応能力は異常だ。しかし、こんな異常事態だからこそ、とても頼もしい。


「まず、木戸が口にしていたものだが、麦茶におにぎり、豚汁と卵焼き、唐揚げ、それから……」


 創賀は木戸の取り皿に残った食べカスを見ながら推察する。


「たぶん、木戸は机の上のもの全部を片っ端から食べてたと思う」


 俺は木戸の振る舞いを思い出しながら言った。俺たちが今後の方針について真剣に話し合っている間、木戸は一人でパクパクと食べていた。


「本当か?」


 俺の言葉を聞いた創賀は机の上に並んだ料理に目をやった。机の上には個別の飲み物と豚汁の他に、中央に大皿でおにぎり、卵焼き、唐揚げ、サラダといったものが並んでいた。


「というか、よくこんなにいろいろと作ったな」


 創賀は机の上に並んだ料理の多さに、改めて驚いているようだった。


「三人で作っているうちに楽しくなってきちゃって、食材は色々あったから、勢いで」


 水紀が少し恥ずかしそうに言ったが、すぐに暗い表情に戻る。

 この豪華な昼食は女性陣三人で作ったものだ。俺も後から手伝いに行こうかとも思ったが、三人の手際についていけそうに無いし、楽しそうな女子会に混ざるのも違う気がして、任せたのだ。


「これじゃあ、絞り切れないな」


「何か毒を検出する手段は無いのか?」


「無理だな。ここには専門のキットや薬品、機器も無い」


 創賀にきっぱりと断定され、俺の発言は虚しく散った。

 それから創賀は夏目の席まで向かった。


「夏目が口にした物は……」


「多分、おにぎりだけだと思う。コップの烏龍茶は飲んでたかも知れないけど」


 そう言ったのは宮野さんだった。宮野さんも辛そうな表情をしていて、騒つく心を抑えるように両手を胸の前に重ね、夏目の遺体を見ないように視線を逸らしていた。


「俺も、おにぎりの他に何か取っているのは見てないな」


 俺も宮野さんの発言を支持すると、創賀は夏目の前のテーブルを観察する。


「箸を使った形跡が無いから、おそらくその通りだろうな。さらに言えば、豚汁にも手をつけていないみたいだ」


「これではっきりしたわね。おにぎりは私や他のみんなも食べているし、飲み物が二人で違うって事は、コップの方に毒が塗られていたんじゃない?」


 田城さんは早く話を終わらせたがっているように、早々に結論付けた。人が死んだ状況で悲しむ間も無く、こんな話をいつまでも続けていたくはない田城さんの気持ちも俺は分かるが、真実を追求する創賀はあっさりと否定した。


「いや、二人の倒れた時の様子から見て、これは即効性の毒。コップに毒が塗られていたとしたら、もっと早く症状が出ていたはずだ。」


 創賀は半分以上減っている麦茶の2Lリットルペットボトルを見ながら言った。麦茶は俺も飲んでいたが、木戸がおかわりを自分で注いでいるのを俺は目撃している。


「二人が倒れる直前に食べていたことも考慮すると、おにぎりに毒が入っていたんだろうな」


 創賀の結論に田城さんは異議を唱えた。


「でも、おにぎりは私も食べたわ!」


「私も」

「私もです」


 水紀と宮野さんも同意する。俺だってワカメのおにぎりを食べた。


「創賀だって食べただろ?」


「いや、俺はおにぎりは食べてない。適当にそこにあったパンを食べてたからな」


「なっ」


 俺は創賀の意外な返答に戸惑った。思い返すと、創賀は一人だけ何故かパンを食べていた気がする。せっかく水紀達が用意した料理を食べないとは、とことん協調性に欠けたやつだ。しかし毒を盛られたことを考えると、結果的には創賀の行動は正しかったという事になるから、何も言えない。


「それに、お前が食べたのはワカメおにぎりだったろ。ワカメのおにぎりは別皿だったし、外見で見分けもつくから、除外だ。毒が盛られたおにぎりは真ん中の皿に並んだ白のおにぎりの中に紛れていただろうからな」


「でも、それぞれがお皿から自分で取っていたから、誰がどのおにぎりを選ぶかなんて分からないんじゃない?」


 創賀に対して、水紀は疑問を口にした。


「そうだ。だから木戸と夏目が都合良く毒の入ったおにぎりを選ぶとは限らないんじゃないか? 木戸と夏目を殺す手段としては確実性に欠ける」


 俺も水紀に同意して、言葉を付け足した。しかし、創賀は大きなため息をつくと、俺に対して優しい笑みを浮かべた。馬鹿にされた気がして、俺は少しムッとしたが、創賀は平然として答えた。


「その通りだ」


「え?」


 てっきり否定されると思っていた俺は、予想外の創賀の答えに拍子抜けした。だが、創賀の嫌味ったらしい言葉はその後に続いた。


「君はこれがデスゲームだということを失念していないか? 犯人は殺人鬼だ、ミステリー小説の犯人じゃない。」


「どういうことだ?」


「つまり、犯人は誰でも良かったんだよ。二人くらい死んでくれさえすればな」


 創賀の言葉に殺人鬼の狂気性を感じた俺は、寒気を覚えながらも納得した。殺人鬼の目的が無差別殺人なら、誰かが毒の入ったおにぎりを食べてさえくれれば、何でも良かったのだ。


「ちょっと待って。だったら私が死んでいたかも知れなかったって事?」


「その通りだ」


 田城さんは隣で動かなくなっている木戸にゆっくりと視線を移すと、恐怖を顔に浮かべながら震える手を口に当てた。そう、あのように動かなくなっていたのは別の誰かだったかも知れないのだ。みな、死を途端に自分事に感じたような、暗く緊迫感のある表情をしていた。俺の場合、一度殺されているから余計に死をリアルに感じた。

 そんな中で、創賀は話を続けながら淡々と木戸の死体の側まで歩いて行く。


「犯人は毒を入れたおにぎりを覚えておいて食べなければ良いだけの事だ」


 創賀は木戸の亡骸を感情の読めない表情で見ながら俺を呼んだ。


「灯也、手伝ってくれ」


「どうするつもりだ?」


「部屋のベッドに寝かせる。このままって訳にもいかないだろ?」


 創賀は他の三人の様子を見渡しながら言った。


「食べ物はそっちで片付けておいてくれ」


 ◇


 俺と創賀は木戸と夏目の遺体をそれぞれの部屋に移動させた。俺の両手にかかる重みの源が、さっきまで動いていた人間であった事は考えないようにした。それを考えれば、気分が悪くなり、立っていられなくなりそうだったから。

 夏目を『7』番の部屋のベッドに寝かせた後、気分の悪い俺に創賀は話しかけてきた。


「灯也はどう思う?」


「何が?」


「犯人だよ。あの三人のうち、誰が殺人鬼だと思う?」


 俺がずっと考えないようにしていた事だ。俺と創賀を除けば、水紀、田城さん、宮野さんのいずれかが犯人だ。俺にはあの中に殺人鬼がいるとは思えなかった。思いたくなかった。


「分からないよ。知りたくもない……」


 俺の重苦しい声に、創賀はそれ以上何も聞かなかった。


「そうか」


 そう静かに呟いて先に行こうとした創賀は、去り際に思い出したように振り返った。


「くれぐれも気をつけろよ。それから、思考を止めるな。俺達が生きてここを出るためにな」


(思考を止めるな……、か)


 本当は今にでも全て投げ出してしまいたかった。木戸の抱えていた問題だって俺は知らなかったのだ。あの容疑者三人だって、俺の知らない一面があって、実は殺人鬼だったという事は十分にあり得る事だ。


 いったい誰が……?


 俺は最悪の気分のまま、認め難い現実に痛みという形で悲鳴を上げる頭を抱え、重たい体を引き摺るようにして中央の部屋までの廊下を歩いた。


 


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