第11話 ゲーム続行

 二日目の昼食は、みんなでテーブルに集まって食べることにした。これからの方針を決めなくてはいけないからだ。


「いったいいつまで、ここに閉じ込められてなきゃいけないの?」


 田城さんは、うんざりしたように愚痴をこぼした。


「夏休みは友達との予定とかあったのに、連絡も一切取れないし」


「状況的に俺たちは拉致監禁されている身だ。こんな風に快適に暮らせているだけで不気味だけどな」


 ついさっきまで殺人鬼になりかけていたのに、まともな事を言っている木戸に、俺はその太々ふてぶてしさに呆れながら尋ねた。


「木戸は何か知らないのか?」


「何で俺? 俺も何も知らないぜ?」


 木戸はあくまでも一般参加者として振る舞うようだ。そのとぼけ具合がいたって自然なのが、この男の底知れなさを俺にだけ感じさせた。


「ゲームマスターはこれをサバイバルゲームだと言った。だったら何かクリア条件があるんじゃない?」


 そう口にしたのは夏目だ。ゲームに関する事なら夏目の得意分野だから頼りになる。


「手掛かりは、ゲームマスターが言った『この七人の中に、殺人鬼が紛れております。その人物を見つけ出して始末してください』って言葉だけか」


 創賀はそう言いながら、天井をぼんやりと見上げる。


「創賀は何か思いつかないのか?」


 俺の問いに創賀は、わざとらしく両手を上げて首を振った。


「可能性だけならいくらでも考えられるが、どれも根拠や確証が無い」


 創賀でも分からないとなると、いよいよ手掛かりが無い。何かこのサバイバルゲームのルールについて分かればいいのだが、クリア条件の糸口すら掴めない状況では動きようが無い。


「ねぇ、そもそも何でこの七人が集められたの? 七人の共通点とか何か無いの?」


 田城さんの疑問に俺はハッとさせられた。直感的にこのゲームの目的に繋がる気がした。目的が分かれば、クリアにだってぐっと近づく。


(共通点か……)


「全員、俺の知り合いって事とか?」


 必死に頭を捻って俺が出した結論は、何とも自己中心的だった。しかし、他に思いつかないのだからしょうがない。


「それってただの偶然じゃ無いの?」


 田城さんの冷たい視線が痛い。しかし、話を真剣に聞いていた様子の夏目は真面目に自身の考えを述べた。


「こういう敵勢力を見つけ出す系のゲームなら、誰かが嘘をついているパターンが多い。つまり、この中に裏切り者がいる」


 皆の視線を一身に受けて、夏目は慌てたように言葉を付け足す。


「あくまでゲームならって事ね。僕は別に誰かを疑っている訳じゃないよ」


 しかし、夏目の言う事も一理ある。頭脳戦系のゲームなら、誰か裏切り者がいる可能性は高い。となると、やっぱり怪しい、というよりほぼ確実に敵勢力確定なのは木戸ということになる。俺が木戸に目をやると、机に並べられたおにぎりをマイペースに頬張っている。それを見て俺も昼食の最中だった事を思い出して、おにぎりに手を伸ばそうとした。


「あっ、それ、たらこ入ってるよ。そっちのお皿のには入ってないから」


「あっ、ありがとう」


 俺は水紀に言われて、隣の皿のおにぎりに手を伸ばした。俺が魚卵アレルギーなのを覚えていて、水紀はわざわざ気を遣ってくれたのだ。俺はその気遣いに感謝しながら、ワカメのおにぎりを口に運んだ。

 俺の好物に優しさという調味料が加わって格別に美味しい。俺がおにぎりを堪能していると、田城さんの視線を感じた。


「何? ひょっとしてこれ田城さんが握ってくれた奴だった?」


「違うわよ。それは水紀さんが握ったやつ。そんな事より、さっきの夏目君の話だけど、今ある情報から考えると一番怪しいのは樋口君じゃない?」


「え? 何でそうなる?」


「だって、ここにいる全員を知っているあなたが私達の情報をこのゲームの運営に売ったと考えるのが一番自然じゃない?」


 田城さん話を聞くと、確かに俺が怪しい事になる。しかし、俺は誓ってそんな事はしていない。


「俺がそんな事をするように見えるか?」


 俺は情に訴えかけるしか無かった。木戸が殺人鬼になるはずだったと話せれば、俺の疑いも晴れるだろうに、自分に課した制約が少し恨めしかった。

 

「確かに、それはそうなのよね。」


 田城さんは納得しきれない表情をしながらも、引き下がってくれたようだった。どうやらこれまでの大学生活に基づく俺の評価はそんなに悪く無かったようで、俺はひと安心する。


 それよりも、俺は気になっていたことがあった。木戸が運営の用意した殺人鬼役だったのだとしたら、木戸がその役を放棄した今、ゲームは進行しないのではないか、という問題だ。

 俺が疑問を浮かべながら木戸を見ると、木戸は気持ち悪そうに口を抑えている。

 体は痙攣していて、明らかに様子がおかしかった。


「おい、木戸、大丈夫か?」


 俺が木戸に聞くと、木戸はそのまま椅子から落ちて、地面に倒れた。


「ちょっとホントに大丈夫?」

「木戸君?」


 木戸の隣の席の田城さんと水紀は、倒れた木戸を本気で心配するように言った。


「おい、冗談はよせよ」


 俺が倒れた木戸に近づこうとすると、俺よりも先に木戸の元に駆け寄った創賀が呟いた。


「死んでる」


「は?」


 俺は状況が理解できなかった。木戸が殺人鬼役だったはずだ。だったらなぜ、木戸が死んでいる?


「おそらく毒だ。誰も何も口にするな!」


 創賀の言葉と同時に、ドサッと誰かが倒れる音がした。


「夏目君? 夏目君!?」


 隣の席にいた宮野さんが青ざめた顔で倒れた夏目を見ていた。


「起きない……」


 宮野さんは涙目になって呟く。すぐさま駆け寄った創賀は夏目の脈を計って言う。


「こっちもダメだ」


 創賀はすぐさま状況を把握するべく、食べ物の並んだテーブルや部屋を鋭い目つきで見回して観察していた。一方の俺は、ひたすらに混乱していた。


 木戸を止めたはずなのにどうして?


 また、殺された……。なぜ!?


 もしかして……、殺人鬼は木戸じゃ無かった? 木戸だけじゃ無かった?


 俺は視界に映った四人の友人達の姿がもう前と同じに見えなかった。得体の知れない化け物に取り憑かれたように、この空間が歪んだ恐ろしいものに感じた。




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