第6話 二人の犠牲者

 水紀の短い悲鳴と宮野さんの息を呑む声が聞こえた。俺は呆然として声すら出なかった。


「花凛!!」


 部屋に駆け込もうとする木戸を創賀が止めた。


「何するんだ!? 花凛が……」


「あの様子だと、もう死んでいるよ」


 創賀はゆっくりと項垂れている田城さんの所まで歩いて行き、首元で脈を測った。そして首を横に振った。それから、遺体を調べる。


「死後硬直の程度からして、死後数時間以上は経っているだろうな」


「何で分かるんだよ!」


 冷静でない木戸は声を荒げて言った。それに対して、創賀は冷たい視線を向けた。


「君も謎解きサークルに入っているんだろ? ミステリー好きなら、これ位できて当然じゃないか?」


「何言っているんだ? お前」


 死体を目の前にして冷静な創賀が、この状況では異質に見えた。


「灯也。この状況をどう見る?」


 創賀に名前を呼ばれて、呆然として立ち尽くしていた俺は我に返った。


「何で、創賀はそんなに冷静なんだ?」


「灯也、今一番大事なのは、状況を把握し、出来る限りの情報を得る事だ。あの、ゲームマスターとでも呼ぶか、ゲームマスターはこれをサバイバルゲームだと言った。もしこれがそのゲームの一環だとしたら、俺達は生き残る為に最善を尽くさないといけない。そうだろ?」


 サバイバルゲームという言葉が、実際に友人の死に直面した今、急に重量感を持って俺にのし掛かった。死に対する恐怖が、逆に俺を冷静にさせた。俺はパニックに陥りそうな感情を押し殺し、現場を観察した。


 拳銃を手にした田城さんは頭を撃ち抜かれて死亡している。見たままの印象で述べれば、自ら命を絶ったように見える。しかし、そもそも拳銃を金庫から取り出す為には、二つの鍵が必要のはずだ。そう考えて周囲を見渡すと、机の上に『5』と『7』の番号のシールの貼られている二つの鍵が置かれていた。


「田城さんと夏目の間で何かが起きた」


「そう考えるのが自然だな」


 そして、田城さんが自ら命を絶ったのだとしたら、考えられるシナリオが一つある。


「殺人鬼は夏目で、それに気がついたかは分からないが、夏目と田城さんの間で何かトラブルが生じた。その結果、どさくさで夏目を殺してしまった田城さんは、それを気に病んで自ら……」


 そこまで言って、俺は自分で思い直した。


「待て、夏目が殺人鬼だとは思えない」


 中学時代の夏目からは、殺人鬼にはとても思えない。


「夏目が殺人鬼かどうかはともかく、二人の間の何かがあったんだろうな。あるいは……。いずれにせよ、今頃夏目はもう……」


 創賀の言葉にハッとして、俺は夏目の部屋に向かおうとした。


「待て!」


 創賀に呼び止められて振り返ると、創賀は机の上の『7』番の鍵を手に取っていた。


「これが必要だろ?」


 ◇


 夏目の部屋に向かう途中、俺は創賀に聞いた。


「やっぱり外部の介入って可能性は考えられないか? それだったら、自殺の偽装も拳銃の謎もいくらでも可能性は考えられる」


「いい着眼点だ。だけど、可能性は低いだろうな」


「何でだ?」


「それは……」


 夏目の部屋の前には先に向かった木戸や宮野さん達がいて、扉を叩いていた。


「……いずれ分かる」


 創賀はそう言って、みんなに合流した。


 ◇


「おい、夏目!!」


 木戸がガンガンと扉を叩いているが、反応は一切無い。


「やっぱり、もう……」


 水紀が絶望的な声をこぼした。


「どいてくれ、木戸君」


「なんだ?」


 振り返った木戸に創賀は『7』番の鍵を見せる。


「田城さんの部屋にあった物だ」


 創賀は鍵を扉の鍵穴に差し込もうとした。しかし、上手く挿さらないようで、創賀が鍵の先端を見ると形が変形していた。


「ダメみたいだな」


「じゃあどうするんだよ!」


「ひょっとしてこのまま……」


 宮野さんは暗い顔をしている。鍵が壊れて使えそうにない事を知った創賀は、突然その場を去った。


「おい、有村。どこ行くんだ!?」


 木戸の声にも振り返らず淡々と去った創賀が戻ってきた時、その手には物置に置いてあった斧が握られていた。


「おい、お前まさか……」


 これにはさすがの木戸でさえ、引き気味に止めようとした。


「さすがにそれはやめた方がいいんじゃ……」


「危ないから退いてろ」


 創賀が止まる気配は無かった。

 創賀は木の扉に向かって、思いっきり斧を振り下ろした。すると大きな音を立てて斧が木の扉に刺さった。そしてそれを引き抜き、創賀は再び斧を振り下ろした。何度も何度も繰り返し振り下ろしていく内に、木の扉はボロボロになっていく。そして、やがてバキッという大きな音と共に、扉が壊れ部屋まで貫通する穴が空いた。


「思ったよりも、丈夫な扉だったな」


 創賀は一息ついて、満足げに言った。


「無茶苦茶だろ」


 木戸は呆れかえっているようだった。


「でも、これで扉は開く」


 創賀は穴から手を伸ばし、内側から鍵を開けた。


 夏目の『7』番に部屋に入った俺達が目にしたのは、またもや悲惨な光景だった。ベッドに寝ている状態の夏目は頭を撃ち抜かれて死亡していた。


「これは……」


 創賀は難しそうな顔をした。


「どうしたんだ?」


 俺が聞くと、創賀は鋭い視線で俺達が四人を見回して言った。


「どうやら俺たちの中に、二人を殺害した殺人鬼がいるようだ」





 




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