第7話 真犯人
「どうやら俺たちの中に、二人を殺害した殺人鬼がいるようだ」
創賀の言葉に俺達は一瞬固まった。
「いったいどういう事だよ? 田城さんが夏目を
俺の疑問に対して、創賀はベッドの上の夏目の遺体を指差して言った。
「これは、どういう状況に見える?」
それに対して俺は見たままを述べる。
「どういうって、夏目が頭を撃たれて死んでいるように見えるけど」
「どんな風に?」
「どんな……」
俺はベッドで布団から頭だけ出ている夏目の様子を観察した。
「まるで寝ている最中に襲われたみたい……、ってまさか!?」
「その通り、夏目は寝ている最中に撃たれたんだ。犯人が部屋に入った事にも気がつかないでな」
「それだと、夏目と田城さんの間で何かあったってシナリオが崩れる」
「その通りだ。二人で金庫から拳銃を取り出した後、仮に田城さんが夏目の部屋に侵入しようとしても鍵が閉まっていて入れない。夏目が鍵を渡しておくとも考えられないしな。夏目は寝ていたのだから、自ら招き入れた可能性も消える」
「だとしたら、どうやって?」
創賀の話だと、夏目を殺すのは不可能に思える。俺は混乱していた。
「方法の見当は大体ついている。とりあえず、中央の部屋に戻ろうか。金庫の中がどうなっているのかも確認したいしな」
俺達は創賀に言われた通り、中央の部屋に戻った。
◇
金庫を開けると、拳銃の数は五つに減っていた。
「もう一つはこの田城さんの部屋にあった拳銃だ」
「お前、持ってきてたのか?」
「ああ、拳銃をそのままにしておくのも危ないと思ってな」
創賀は血のついた拳銃を金庫から取り出した五丁の拳銃に加えて、机の中央に置いた。創賀に促されるままに、俺達五人はそれを取り囲むように丸テーブルの席に着いた。二つの空席が、俺の心をぎゅっと締め付ける。
「残りの一つは?」
水紀が六丁の拳銃を見て、震えた声で聞いた。
「夏目の部屋にも無かったから、おそらく犯人がどこかに隠し持っているんだろうな」
「そんな……」
創賀は淡々と説明を続ける。
「犯人にとっても、夏目の部屋をこじ開けられるのは想定外だったんだろう。あの部屋の中を見なければ、最初に灯也が思いついたシナリオを想定して、もう一つの拳銃は開かない夏目の部屋の中にある思わせられるからな。それから実際には隠し持っていた拳銃で、夏目と田城さんの死で終わりだと油断している俺達をじっくり着実に殺して行く、というのが真の犯人の思惑だったんだろうな」
創賀の説明は一番重要な部分が欠けている。我慢の限界だった俺は待ちきれずに創賀に聞いた。
「いったいその真犯人は、どんなトリックを使って、拳銃を金庫から取り出して、夏目と田城さんを殺したんだ?」
創賀は俺の問いに楽しげな笑みを浮かべて言った。
「そんなに難しい事じゃない。いたってシンプルな話さ」
創賀は人差し指を一本だけ立てて言う。
「鍵はもう一本あったんだ。八本目の鍵がな」
「は?」
俺は思わず、間抜けそうな声を出してしまった。創賀はそんな俺に上から目線のむかつく視線を向けてきた。
「灯也君、ゲームマスターの言うこの会場に、個室はいくつあるかな?」
「それは七つだろ?」
創賀はゆっくりと首を横に振った。
「もう一つあるだろう? 鍵のついた部屋が一つだけ。」
(もう一つの部屋?)
物置の扉は鍵なんてかけられないし、そもそも部屋なんて言えるほどの広さは無い。
「ゲームマスターはなんて言ってたか覚えているか?」
俺は記憶を辿り、そしてハッとした。
“八つの部屋のうち一つは、化粧室・浴室となっております”
「俺の向かいの部屋か!!」
「その通りだ。見てくれば、あの部屋の扉の外側にも、『1』から『7』番の部屋と同じで、鍵穴がついているはずだぜ」
あの部屋の扉は、部屋番号の書かれたカードの有無以外は他の部屋と全く同じ外見だった。だとしたら、あの部屋の分の鍵も無くてはおかしい。
「創賀は、いつからあの部屋の鍵があるだろう事に気がついていたんだ?」
「初めから可能性は考えていた。だが、鍵が七つだったから、そういう仕様かと思ったんだ。今思えば、恐らく犯人は俺達が夕食を用意しているゴタゴタの間に、八本目の鍵をくすねたんだろうな」
「八本目の鍵を隠し持っていたのなら、自分の部屋の鍵と合わせて、金庫は一人でも開けられるって事ね」
水紀は腑に落ちたように言った。
「そういう事だ」
「ちょっと待てよ。犯人が金庫から拳銃を取り出した謎はそれで解決するとして、夏目の部屋に入れたのはどういうわけだ?」
そう口にしたのは木戸だった。
「鍵が閉まった夏目の部屋に入るためには、中から開けてもらうしかねぇが、夏目は寝ていたんだろ? まさか、夏目の部屋にずっと隠れていたとでも? そんなスペースあの部屋には無いぜ。」
その点は木戸の言う通りだ。ベッドの下に隠れると言うのも、非現実的だ。
「それもシンプルな話だ」
創賀は簡単な事だとでも言うように、いたって普通の表情で言った。
「犯人は『7』番の部屋の鍵を持っていたんだ」
「は?」
俺はさっきと同じように、またしても声が口をついて出た。
「意味が分からない。犯人が『7』番の鍵なんて持っている訳ないだろ? だって、夏目がわざわざ鍵を誰かに渡す理由なんてない。まさか、『7』番の鍵が二つあったとでも言うつもりか?」
「さすがにそんなことを言うつもりは無いさ。犯人がやった事はシンプルだ。見てろ」
創賀はそう言うと、自分の『2』番の鍵と田城さんの部屋で見つけた先端が曲がって壊れた『7』番の鍵の二つを机の上に並べた。それから二つの鍵から番号の書かれたシールを剥がすと、番号のシールを入れ替えて再び鍵に貼り付けた。
創賀の行った行為に俺は呆気にとられていた。今、『7』番のシールが貼ってある鍵は普通の鍵で、逆に『2』番のシールの貼られた鍵の先端は曲がっている。
「八本目の鍵をくすねた時、犯人はこれと同じ要領で鍵のシールを付け替えたんだ。そして、夏目は自分の部屋でない鍵を『7』番の鍵だと思って受け取った。一方の犯人の手の中には本当の『7』番の部屋の鍵があるというわけだ」
「でも、その
「確かにリスクはある。だが、灯也は昨日、鍵を使って部屋を閉めようとした事あるか?」
俺が思い返すと、内側から施錠した事はあっても、わざわざ部屋を出る時に外から施錠した記憶は無かった。
「この無理矢理連れてこられた場所で、少なくとも初日には、それぞれ部屋には思い入れも、見られて困る物もない。加えて、もともと部屋の鍵は外の棚に置いてあって、鍵を受け取るまでは部屋は開放された状態が通常だった。わざわざ鍵を使う機会も可能性も少ないんだ。とはいえ、リスクは高いから、バレた時は適当に誤魔化すか、可能ならその場で殺すつもりだったのかもしれないがな」
知ってしまえば、小学生でも出来てしまいそうな簡単な事だ。俺は、犯人にすっかり出し抜かれた事がもどかしかった。
「つまりシナリオはこうだ」
創賀は一連の推理をまとめる。
「夕食の準備の間に、おそらく犯人は八本目の鍵に『7』番のシールを貼り付けて、真の『7』番の鍵を取った。その後夜になり、自分の部屋の鍵と合わせた二本の鍵を使って金庫から拳銃を取り出し、『7』番の鍵を使ってすやすやと眠っている夏目の部屋に侵入、殺害した。その後、部屋を出て鍵を閉めたらシールを元に戻して『7』番の鍵を壊し、夏目の部屋を開けられなくした。次に、田城さんの部屋に入った。この時、同様のトリックで勝手に侵入したのか、田城さんに部屋に入れてもらったのかは不明だが、そこで田城さんを自殺に見せかけて殺害した。細かいところは違うかもしれないが、大筋はこんなものだろうな」
「それで、その犯人はいったい誰なんだ?」
俺が聞くと、創賀は真っ直ぐに俺を見つめてきた。俺は息を呑んで、次の言葉を待つ。
「分からない」
開き直った創賀のあっけらかんとした答えに、俺はがっくりと肩を落とした。
「だが、これだけは確かだ」
創賀は声を落として、みんなの注意を集めた。
「この五人の中に二人を殺した犯人がいる」
◇
推理した創賀と俺自身を除けば、残りは水紀と木戸、宮野さんの三人。
(この中に殺人鬼がいる?)
信じがたい結論に俺は苦悩した。矛盾する信頼と疑心が渦巻き、吐き気を催しそうになるほどの気まずい雰囲気の中で、重たい口を開いたのは木戸だった。
「この拳銃、どうする?」
机の上には六丁の拳銃が重々しく置かれていた。
「犯人が拳銃を持っている以上、俺たちもそれぞれ持つのが最適か」
「銃をわざわざ配らなくても、この時点で身体検査をして拳銃かもう一つの鍵を持っている奴が犯人なんじゃないか?」
俺の提案に創賀は残念そうに首を横に振った。
「身体検査をしてみてもいいが、犯人も今は手元に置いていない可能性が高いだろうな。拳銃はともかく、鍵を隠す程度なら方法はいくらでもある。金庫はもう役割を果たさないから、それぞれ拳銃を持つのが犯人に対する一番の抑止になるはずだ」
創賀の予測した通り、簡単な身体検査ではその場に拳銃を所持している人は見つからず、俺たちはそれぞれ拳銃を持つ事になった。血のついた残り一つの拳銃は、一応金庫に閉まった。
それからは気の休まらない時間が続いた。誰が突然襲ってくるかも分からない。友人を相手に警戒を続けるのは、心理的にも体力的にも消耗が激しかった。結局、その日は何も起こらず、犯人を決定づける手掛かりも見つからないまま夜になり、俺は疲れ切った状態で自室に戻った。
ベッドに横になろうとしたが、全く寝付けない。起き上がった俺が明かりを点けると、時刻はもう深夜1時を回っていた。する事が無くて机に向かうと、ふと黒い表紙のメモ帳が目に入り、俺はそれを開いた。挟まったメモの切れ端に書かれた文字が目を引く。
『いいか、絶対に諦めるな』
いったい何を諦めるなというのか。既に二人も友人を殺されている。この状態で友人達を疑って犯人を見つけろと、生き残れというのか。あまりにも酷なサバイバルゲームだ。
(まさにデスゲームだな)
俺は重いため息をつき、頭の整理の為にメモ帳に今の状況を書き殴った。しかし、冷静に考えようとしても、友人を疑う不快感が邪魔をした。俺が諦めてペンを置いた時、扉をノックする音が聞こえた。
俺が拳銃を持って扉に近づくと、木戸の声が聞こえてきた。
「樋口、開けてくれ」
こんな時間に一人で訪ねて来るとは、少し怪しい。俺は疑心暗鬼になっている自分に嫌気を覚えながらも、扉越しに木戸に聞いた。
「どうした?」
「犯人が分かったんだ。早く開けてくれ!」
木戸は声を
「助かった、サンキュー、樋口」
「それで犯人は誰だったんだ?」
俺が前のめりに聞くと、木戸は気まずそうな顔をした。
「ああ、それか。本当に樋口には悪いと思っているんだ」
「え?」
俺は胸騒ぎを覚えたが、既に手遅れだった。木戸は手に持った拳銃を俺に突きつけていた。俺は目を疑った。思考がまとまらない俺に、木戸が申し訳なさそうに言う。
「許してくれ、樋口」
木戸は引き金を引き、銃声が鳴った。しかし、部屋に広がる残響を俺が聞く事は無かった。
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