第4話 集められた七人

 ゲーム説明を受けた後の俺達は、黙ったまま席に着いていた。気まずい静寂を破ったのは、田城たしろ花凛かりんだった。彼女は立ち上がって、机に手をついた。


「まずは自己紹介しない? 知らない人もいるし」


「俺は賛成だな。異論がある奴は、……いないよな」


 ざっと見回して、木戸が言った。


「じゃあ、私から。私は田城花凛、東院大学の二年生です。趣味は旅行、音楽、映画、あとは楽しければ何でも。……よろしくです」


 田城さんは最初は長々と話しそうな勢いだったが、周囲の雰囲気を察して自己紹介を途中で切り上げた。合コンとかならいざ知らず、この不気味なゲームに強制的に集められたメンバー達に、個人のプライベートを深くまで知ろうとする余裕は無かった。唯一、創賀そうがだけは興味津々といった様子だったが、あいつは例外だ。


「次は俺だな。俺の名前は木戸きど鉄人てつと。花凛とそこの樋口と同じ東院大学の2年生で、一緒に謎解きサークルに入ってる。よろしく」


 空気を読んだ木戸は簡単に挨拶を済ました。順番的に田城さんから反時計回りに自己紹介する流れだ。となると、次はあの美人だ。彼女は丁寧に立ち上がって口を開いた。その一連の動作は優雅さを感じるほどに上品で洗練されて見えた。


「帝応大学の2年生、坂本さかもと水紀みずきです。よろしくお願いします」


 その名前を聞いて、俺は確信を持った。彼女も創賀と同じく俺の幼馴染だ。彼女と会うのは中学以来だが、大人びた雰囲気に美人という印象が先行して、すぐには気がつけなかった。


「ねぇ、ひょっとして坂本さん、芸能人? 何というか、オーラがさぁ。このゲームの芸能人枠みたいな感じ?」


 挨拶を終えて座った水紀に隣の木戸が話しかけた。その場の和を乱す木戸の振る舞いに俺は顔をしかめたが、水紀に夢中の木戸には見えていないだろう。


「ごめんなさい。私はただの一般人だし、このゲームについても他のみんなと同じで良く分からないの」


 水紀は困ったような愛想笑いで、やんわりと木戸のぶしつけな言動を受け流した。そして、次に立ったのは創賀だ。


「俺は有村ありむら創賀そうが。皆さんと一緒にこのゲームをクリアしたいので、是非、協力をよろしくお願いします」


 創賀は俳優のように仰々しい口調で軽くお辞儀をしてから、笑みを浮かべて着席した。楽しそうな創賀の余裕を羨ましく思いながら、俺は回って来た自分の順番に立ち上がった。


樋口ひぐち灯也とうやです。えーっと、今は田城さんと木戸と同じ東院大学の2年生です。……というか、たぶんここにいる全員と顔見知りです。何とかして、この謎のゲームから抜け出したいと思ってます。よろしく」


 今俺が言った事は事実だ。残る二人も置かれたネームプレートの名前を見て思い出した。どちらも俺の中学時代の同級生だ。


夏目なつめ英夢えいむです。よろしく」


 少し暗い雰囲気の夏目は、ゲームとかが好きな男子だった。親がゲーム会社の社長とからしくて、実は金持ちの御曹司だ。しかし、特にそれを笠に着るようなこともなく、普段も地味な格好をしていたから、俺も直接聞くまでは知らなかった。


宮野みやの沙霧さぎりです。よろしくお願いします」


 最後に挨拶した宮野さんは、大人しい子だった。振る舞いを見るに、それは今でも変わっていないようだ。

 宮野さんに関しては彼女自身というよりも、彼女がいつも仲良くしていた女の子の方が印象に残っている。確か、名前は冬月ふゆつき菜々子ななこ。この場にはいないようだが、彼女が今どうしているのか、思い出話ついでに後で聞いてみようと思った。

 しかし、それよりもまずは、このゲームをクリアしないといけない。その上で最も頼りになるのは創賀だ。


「まずはこれからどうするかだけど、その前に何か飲まないか? 俺は喉が渇いた。喜ばしいことに、ここにある物は何でも飲み放題みたいだしね。」


 当の創賀は呑気に食べ放題を満喫しようとしているようだ。しかし、俺も個人的に喉が渇いていた。変な緊張が続いたから、とりあえず何か飲みたい。


「殺人鬼が紛れているかもしれないってのに、食べ物に毒でも盛られたらどうするんだ?」


 木戸は慎重なようだが、本物の殺人鬼が紛れているとは俺には思えなかった。全員知った顔だし、ゲーム上の何かの役職なのだろうと勝手に解釈していた。


「私も行きます。互いに監視すれば問題ないでしょう。皆さんは何が飲みたいですか?」


 先に冷蔵庫を覗きに行った創賀の後を追うように、水紀も立ち上がった。


「あっ、ありがとう。私、紅茶が良い」


「はい」


 田城さんの注文に水紀は穏やかな笑顔で頷いた。


「花凛まで。少しは警戒したらどうなんだ?」


「いつまでも気を張っていても持たないだろ。俺も行くから安心しろ」


 警戒の強かった木戸も俺が立ち上がった事で、ようやく納得したように引き下がった。


「なんかのお茶で頼む」


「オーケー」


 夏目と宮野さんの希望も聞いてから、俺は二人の待つキッチンへと向かった。木戸を納得させる為の監視目的というのもあるが、それよりも俺がキッチンに向かった一番の理由は他にあった。


「灯也……君。久しぶり」


 水紀は俺に気がつくと、振り返ってはにかむような笑顔を見せた。


「おう、久しぶりだな」


 俺も久しぶりの再会に少しだけ緊張していた。実は中学時代の俺は水紀が好きだった。結局告白はできず、最後まで仲の良い友人だったけれど。


「灯也、他の人の注文は何だった?」


 冷蔵庫や棚をいろいろと見て回っていた創賀が、声をかけて来た。もう少し、水紀と話したかった俺は、創賀を少し恨めしく思った。こいつは昔からこうだ。俺が水紀のことが好きだった事には気がついている癖して、特別助けてくれるような事は無かった。遠慮や気遣いというものが無い。ムカつくが、揶揄からかわれたり変に気を遣われるよりはよっぽどマシで、俺はなんだかんだで創賀が気に入っていた。


 俺達は人数分の飲み物と軽くつまめるお菓子をいくつか持って席に戻った。


「インスタントだけど良かったか?」


「うん、ありがとう」


 俺は右隣の夏目に彼が注文したコーヒーを渡してから、自分の分の紅茶に口をつけた。


 ……微妙だな。


 口の中に紅茶の風味とアンバランスな苦味が広がる。確かこれを淹れてくれたのは、創賀だ。もう創賀に紅茶を淹れてもらうのはやめようと、俺は密かに思った。






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