第3話 ゲーム開始

 銃声が聞こえた後、俺は部屋を出るべきか迷った。しかし、このままこの部屋に内側から施錠して籠ったとしても、未知の危険は依然として付き纏ったままだ。俺は決意を固めて、そっと扉を開けた。

 扉の先は廊下になっていて、廊下を挟んだ反対側には別の部屋に繋がっていそうな扉がある。右手は行き止まりだが、左手に大きな部屋が見えて、俺はそちらに歩みを進めた。

 すると、目の前に広がった大きな部屋の中央には、拳銃を手にした男が立っていた。その男の顔を見て、驚いた俺はつい声をこぼしていた。


創賀そうが!?」


「よう、灯也とうや、久しぶりだな」


 彼の名前は有村ありむら創賀そうが。俺、樋口ひぐち灯也とうやとは幼稚園から中学までずっと同じ学校だった幼馴染だ。一言で表せば、彼は天才だった。勉強が出来ただけでは無い。創賀の言動の端々から、頭の出来が違うのだと幼い俺は感じ取った。彼だけが特別なのだと分かるほどに突出していたから、俺は変に自分を卑下してひねくれる事も無かった。そんな創賀が今、拳銃を持った手を俺に向かって振っていた。


「樋口? お前はそいつと知り合いなのか?」


 もう一丁の拳銃を創賀に向けながらそう言ったのは、木戸きど鉄人てつとだった。


「は? 木戸!? お前もここに?」


 木戸は俺の現在の友人だ。大学で同じ謎解きサークルに入っている同期だ。謎解きとは名ばかりのお遊びイベントサークルだが、俺も気が向いた時には参加していた。そこで知り合って以降、何かと仲良くしている。一見荒っぽいが、根はいい奴だ。


「灯也の知り合いか? ちょうどよかった。拳銃を下ろすように言ってくれないか」


 木戸に銃口を向けられた創賀は両手をわざとらしく挙げながら、敵意は無いと見せつけるかのように間抜けそうな顔を作っていた。俺は創賀の余裕の態度に少し苛ついたが、溜息をついて心を静めた。こいつは昔からこういう奴だった。表面的な振る舞いはおどけていても、内心では俺以上に色々と考えている。


「その前に、創賀は何で拳銃を撃ったんだ?」


 俺は創賀の真上の天井にある弾痕を見ながら、聞いた。


「もちろん、これが本物か確かめるためさ。どうやら、本物で間違いないようだがな」


「そもそも、拳銃なんてどこにあったんだ?」


「気が付かなかったとは、まだまだだな。灯也君」


 創賀はそう俺を苛つかせながら、説明を促すように同じく拳銃を持っている木戸の方を見た。


「部屋の机の裏に貼り付けてあった」


 そう答えた木戸は、創賀に説明を指図されたのが気に食わないようで、不満げだった。


「それで、樋口、こいつは誰なんだ?」


 木戸のイライラがピークに達する前に、俺は急いで紹介した。


「こいつは有村創賀。俺の幼馴染で中学まで一緒だった。むかつくけど天才だ。頭の良さは俺が保証する」


 それから、俺は創賀に木戸を紹介した。


「こっちは木戸鉄人。俺の大学の同期だ。いい奴だよ」


「それだけ? まあいいや、よろしく」


 創賀の軽薄な挨拶に木戸は怪訝そうな顔をしながらも、ようやく拳銃を下ろした。


「それにしても、まさかここで知り合いに会うとはな」


「そうね。私も驚いてるわ」


 俺の呟きに聞き覚えのある声が反応した。目をやると、ピンクのメッシュの入った暗めの茶髪をした、見るからにオシャレな女が立っていた。彼女の名前は田城たしろ花凛かりん。木戸と同じく、大学サークルの同期だ。


 田城さんは自身の部屋から出てきたばかりのようだった。一方で、彼女が現れるとほぼ同時に、他の部屋からも様子を見ていたであろう人物達が出て来ていた。暗い雰囲気の男と大人しそうな女、それから美人の女の三人だ。その三人の顔にも見覚えがある気がして、俺は記憶を探ろうとしたが、そんな暇は無かった。


 七人が中央の広い部屋に集まったのを合図に、部屋に置かれた大きなモニター横のスピーカーから校内放送のチャイムの音が流れ出したのだ。

 

『ピーンポーンパーンポーン』


『皆様、ようこそお集まり下さいました』


 スピーカーからはボイスチェンジャーで声を変えた低い声が聞こえてきた。


『皆様、どうぞ席にお着き下さい』


 部屋の真ん中付近には、大きな丸いテーブルが置かれていて、椅子が七つ用意してあった。椅子の前には丁寧にネームプレートが置かれている。俺達が不気味な声に従って各々の席に座ると、声は説明を始めた。


『皆様、当社の提供する体験型新感覚サバイバルゲームへご参加下さり、誠にありがとうございます。それではまず、今回のゲーム会場の説明から始めます』


 無理やり連れて来られた俺としては、幾らでも文句を言いたかったが、今は少しでも情報を得ようと真剣に耳を傾けた。


『この部屋からは四本の廊下が伸びており、それぞれの廊下が二つの部屋に面しています。八つの部屋のうち一つは、化粧室・浴室となっております』


 モニターがつき、親切にも図や画像付きで分かりやすく解説してくれる。


『それぞれの部屋の鍵はそちらの棚の中に置かれています。その他、食器や調理器具、冷蔵庫内の飲食物など、この会場内の物は全てご自由にお使い下さい』


 説明の通り、この中央の部屋には棚やキッチンが備え付けられており、奥には様々な食材も置かれているようだった。


『会場の施設説明は以上になります。続いて、ゲームのルール説明に入ります』


 俺を含めたその場の全員が声に集中した。


『この七人の中に、殺人鬼が紛れております。その人物を見つけ出して始末してください』


 俺達は息を呑んで、続く言葉を待った。


『説明は以上になります』


「ちょっと待てよ。それだけかよ!!」


 木戸は声に疑問をぶつけたが、声は答えず淡々と最後の文章を読み上げた。


『それでは皆様、頑張って生き残ってくださいね』


『ピーンポーンパーンポーン』


 懐かしい放送終わりのチャイムが鳴り、それ以降スピーカーの音が鳴る事は無かった。俺はモニターの黒い画面を見つめた。

 あまりに情報量の少ないゲーム説明に、俺は困惑していた。しかし、こちらの事情などお構い無しに、残酷なデスゲームはこうして幕を開けた。




 

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