第1話 仮面裏の悪 追究編3

 別行動をとっていたマリアと芝野が事務所へ戻ったのは同時刻だった。

 マンションのエントランスで合流した二人は、会話をしないまま、事務所のある13階までエレベータで昇る。そして――


「ねえ芝野、あなたの意見を聞きたいことが――」

「わかりましたよ、謎パーツの正体!」


 玄関の扉をくぐるなり、芝野は待ちきれないとばかり得意げに切り出した。同じく芝野に美依の動機を訊ねようとしていたマリアは言葉を遮られ、鼻白む。

 しかし芝野はそんなマリアの様子に気づかずとうとうと語る。


「玩具、家電、家具あたりの部品かと推理しましてね。街で一番大きな家電量販店で聞き込みしてきたんです。そしたらビンゴでした!」


 声を弾ませる芝野に、マリアは尻尾を振っている大型犬の姿を幻視する。

 

「……はあ。それで、何だったのかしら?」

「スマートカーテンモーターのパーツです」

「スマートカーテンモーター?」


 聞き慣れない単語に、マリアは首を傾げる。


「ええ。実物も買ってきたので、まあ見てください。最近の家電はすごいんですよ」


 箱から取り出されたのは、丸みを帯びた円筒形のガジェットだ。サイズは握りこぶし大。全体が白いプラスチック素材で作られている。

 アパート裏手で見つけたタイヤのようなパーツは、円筒の片面に二つ、外に突き出る形で一体化している。


「スマホのアプリと連動して、カーテンを開け閉めさせるスマート家電です。BluetoothやWiFiに対応していて、外出先からカーテンを閉めたり、朝決まった時刻にカーテンが自動で開くようにしたりするのに使うらしいです。こうやって、カーテンレールに嵌めてやると……」


 芝野は説明しながら、スマートカーテンモーターを事務所のカーテンに取り付ける。取り付けられたモーターはレールにぶら下る格好になった。タイヤのパーツはレールの凹部分にローラーとしてピッタリ嵌っている。

 芝野がアプリで「開」のコマンドをタップすると、連動してモーターがレールを滑り、閉じていたカーテンを押し込む形で開けていった。


「ふうん、面白いじゃない」

「マリアさまも普段使いできるんじゃないですか?」

「わたくしが? なぜ?」

「だって朝に弱いじゃないですか。カーテンが自動で開くようにすれば、日光を浴びて自然に起きられるようになりますよ」

「わたくしを起こすのはあなたの役目でしょう。機械に仕事を明け渡す気?」


 芝野は目をしばたかせ、「とんでもない!」と否定した。ばつが悪そうにカーテンモーターを取り外す。


「そんなことより、これで自動発砲の仕掛けもだいたい判明しましたわ」

「えっ、もうわかったんですか?」

「多田の部屋の間取りを見てみましょう」


 ネットを検索し、メゾン戸亜留の間取り図を表示する。一般的な長方形構造の1Kの間取りだ。


「部屋に入ってすぐ右手で多田は死んでいたと、つかさは言っていました。そして、凶器の拳銃はクローゼット近くの彼の足元に落ちていた、と……。ほら、見てごらんなさい。確かにクローゼットが部屋入口の隣にありますわ」

「クローゼットが重要なんですか? カーテンではなく?」


 マリアはモーターを事務所のクローゼットの方へ持っていく。


「カーテンもクローゼットも、ローラーをレール上で滑らせて開閉するという原理は同じ。つまりスマートカーテンモーターのしくみなら、クローゼットにも取り付けられるはず。仕掛けによって発砲した拳銃は、反動でその近くに落ちたと考えられます」


 マリアは実際にモーターをクローゼットに取り付けようとする。しかしレールの位置が高く、背の低いマリアでは伸びをしても届かない。

 見かねた芝野はひょいとモーターを取り上げ、難なく取り付けた。


「ホントだ、クローゼットも行けるんですね」

「……余計なお世話ですわ」


 マリアは珍しく不機嫌な感情を露わに、腕組みをした。


「とにかく、これで仕掛けの動力を用意できたわけです。あとは拳銃をクローゼットの扉内側に固定し、糸を拳銃の引き金に括りつけ、その糸の反対側をカーテンモーターで引っ張れるようにしておく。そうすれば、美依のスマホから任意のタイミングで遠隔操作で発砲できるギミックの完成です」

「任意のタイミングということは、きっと盗撮用カメラも一緒に仕掛けていたんでしょうね。銃口の前に多田が立った瞬間に発砲できるように」

「ええ。犯行当日の美依は、ひどいスマホ中毒に見えたはずですわ」


 マリアはクスリと嗤った。


「だけどマリアさま、外にローラーのパーツだけ落ちていた経緯がわかりません。モーター本体と一緒に使うものなのに」

「それなら簡単ですわ。取り付け先のレールの形状に合わせてローラーを換えられるよう、予備パーツが付属しているでしょう?」


 マリアが箱をひっくり返してみせると、色々な形や大きさのローラーパーツがデスクの上に転がった。


「さすがにクローゼットのレールの形状は、部屋に侵入してからでないと確かめられない。だから美依は予備のパーツも全て現場に持ち込んだはず。落ちていたのは使わなかったパーツですわ」

「なるほど、納得です!」

「これで手段ハウダニットは明らかにしたと言ってもよいでしょう」


 マリアはまた一つ謎を解いたことを宣言する。しかしすぐに、表情に影を落とした。


「最後の謎は動機ホワイダニットですわ。ところが……これがなかなか強敵でしてね。データベースを読み返しても仮説を立てられなかったの」

「珍しいですね、マリアさまが悩むなんて」


 猫俣美依の経歴を、マリアは芝野にも説明した。


「猫ちゃんが殺人に走る動機は、独占欲が有力のはず。だけどそれ以前の問題として、そもそも美依と多田に繋がりはない……。ねえ芝野、あなたなら何か思いつかない?」

「僕ですか?」


 まさかマリアに訊ねられるとは思っていなかった芝野は目を丸くする。

 

「マリアさまに解けない謎を、僕がわかるとは思えませんが」


 マリアは真面目な表情だった。嫌味や冗談を言うときの嗜虐心は見えない。


「独占欲、嫉妬心。そういう他者へ向ける感情が希薄であることを、わたくしは自覚しています。それでももちろん論理的に動機を推理することはできますが、今回は何故かピントが外れているようですの。だから、一般人の感性に近いあなたの意見を聞きたいのですわ」

「そう、ですね……」


 芝野は自信を持てないまま、しかし期待されているからには、せめて格好だけでもと考えを巡らせる。

 ――そして意外にも、ある発想に辿り着くのに、時間はかからなかった。


「マリアさま、ありますよ。猫俣美依と多田恭太郎の繋がり」

「本当? でも経歴を見ても接点は一つも……」

「いいえ、二人を結ぶ共通の知人がいます」


 芝野はマリアの真似をして、人差し指を立てた。


「マリアさま、あなた自身です」

「……わたくし?」


 マリアは虚を突かれたように動きを止めた。

 芝野は力強く頷く。自分の推理に自信があった。


「そうです。マリアさまが猫俣美依の独占欲の対象です。だいたい彼女はあなたの厄介ファンじゃないですか。元ヤクザの多田が推しと近しいことを許せなくて、殺しの対象になったと考えられませんか?」


 しばし唖然としていたマリアだったが、くっくっと笑いを漏らし始め、やがてそれは高笑いに変わった。


「アッハハ……ハハハハハハ! そう、確かに見落としておりました! わたくし自身! まさに灯台下暗しですわね! アハハ……!」

「ま、マリアさま……」

「ふふ……失礼……こんなに簡単な話、どうして気づけなかったんでしょう」


 ひとしきり笑い終えたマリアは、目元を拭った。


「であるならば。次の殺しのターゲットも明白ですわね」

「えっ、誰ですか?」

「あなたよ、芝野」


 マリアは芝野の胸を指で小突く。今度は芝野が目を丸くする番だった。


「わたくしたちが温泉旅行に行ったと聞いて、猫ちゃん、嫉妬の炎を燃やしていたじゃありませんの。あんなにわかりやすいサインがありますか?」

「確かに……。――あ、ああっ!!」


 突然大声を上げた芝野に驚いて、マリアは身を縮める。


「な、何かしら?」

「さっきパーツの調査をしていたとき、僕、猫俣美依に話しかけられたんですよ!」

「……ちょっと! そういうことはもっと早く言ってくださる!?」

「すみません。言いそびれてました……」


 マリアの叱責に、芝野は頭を掻いて誤魔化した。


「『鬼灯ほおずきおぼろ復活の噂について知っている同僚がいるから、特別に会わせてやる』って、付いて来るよう誘われたんです。もう犯人だってわかっていたので、警戒して断ったんですけど、今考えたら狙われてたんですね、僕」


 マリアは呆れて嘆息する。しかし徐々に、面白い玩具を見つけた子供のような、悪戯っぽい笑みが広がっていった。


「……芝野がターゲットなら、ええ、実に都合が良いですわね」

「マリアさま?」


 嫌な予感を覚える芝野。

 マリアは顔を上げると、聖母のような微笑を浮かべた。


「ねえ芝野? あなた――殺されに行ってくれませんこと?」



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