第11話 決戦のクリスマス(その一)
今週末はいよいよクリスマスだ。クリスマスプレゼントも無事に用意出来たし、万全の体制で行くぞ。
私は当日に着ていく服をとっかひっかえ部屋で試していた。そして上着を取り出したときに先輩の上着に香織先輩の匂いが付いていることも思い出してしまった。
「あれ、本当になんだったんだろ……。ううん‼いけない‼そんなことを考えてる暇はない。先輩に可愛いって言ってもらうんだから!」
「いよいよ明日かぁ」
「良いよな。彼女持ちはさ。どうせクリスマスプレゼント交換とかしちゃうんだろ?女子高生と!」
「女子高生にこだわるなお前……」
「そりゃそうでしょ。俺もしたかったなぁ制服デート。もう血の涙が出そうだよ‼」
後藤は今年のクリスマスも一人らしい。なんとなくセンシャイン水族館で井上さんに彼氏は居るのか聞いてみたけども、僕みたいな大学生は流石に考えていないと言っていた。残念だったな後藤……。
「あれ?母さん、今日は香織バイトじゃないの?」
「なんか買い物があるって臨時休業。クリスマスだしなんかあるんじゃないの?あんなに美人さんなんだから彼氏くらいいるでしょ?なんか聞いてないの?」
「いや、別に」
そうだ。僕は考えもしてなかった。香織に彼氏が出来るなんて。でも今週末はクリスマス。流石の何もない訳は……いや。悠仁君へのクリスマスプレゼントを買いに行ったって言うセンもあるか。いつもバイトしてるし家にもよく居るし。彼氏が出来たのなら報告もしてくるだろうし。何故か僕は自分にそう言い聞かせていた。
「明日何を着ていけばいいと思う?」
「だからなんでそういうのを私に聞くのよ。自分で考えなさいよ」
夕食が終わって皿洗いをしている香織に聞いてみた。目線を僕に寄越すこともなく予想通りの回答。
「でもヒントくらいは出してあげるわよ」
「なんだ?」
「あのペールスミスの上着はやめておきなさい」
「なんでだ?」
「なんでも。絶対にやめておいた方が良いと思う」
「そうか?あれ、結構お気に入りなんだけどな」
「だからよ。いつも着てるでしょ?だからクリスマス位は違う格好で意外感出しなさいよ」
「そうだな。結構ヒントくれるじゃん。サンキュー」
といっても衣装選びをするほどの衣装持ちではないので、いつもは組み合わせない様なものに……位にしか出来ないけども。
そして土曜日。今日はクリスマス・イヴ。今日は東京メッドタウンのスケートリンクに行く約束だ。
ピンポーン
「ん?」
九時半にインターホンが鳴る。この時間にならしてくるなんて香織くらいしか思い浮かばない。
「なんだこんな時間に」
「一ノ瀬先輩!迎えに来ちゃいました」
「なんだまひるちゃんか」
「なんだって何ですか。かわいい彼女が迎えにきたんですよ?褒めて下さい」
「そうだな」
僕はそう言って差し出された頭を撫でてあげた。
「ちょっと待ってて。まだ着替え終わってないから」
今日は十時に駅前で約束って言ってたのに。三十分も早いからまだ着替えが終わっていない。急いで支度を済ませて玄関に向かう。おおっと。クリスマスプレゼントを忘れるところだった。
「お待たせ」
「待ちくたびれました。一ノ瀬先輩、おんぶして下さい」
「冗談でしょ?」
「そんな真面目な顔で言われるとちょっとリアクションに困ります……」
「だよね。ごめんごめん。さ。行こうか」
一ノ瀬先輩、私の格好見てくれてるのかな。スペシャルなのに。髪型だってこんなに頑張ってるのに。男の人ってそういうの気が付かないよね。じゃあ、こっちから言えば……。
「一ノ瀬先輩。今日の私。どうですか?」
「うん、すごく可愛いよ」
「どの辺がですか?」
ちょっと意地悪。
「ええっと。そのコートとか可愛いかな。初めてじゃない?それ着てくるの」
「あ、分かります?今日のために買ったんですよ!気が付いてくれなかったらお仕置きするところでした」
「危ない危ない。それにしてもそのスカート寒くないの?」
「女子高生なめないでください。可愛いを手に入れるにはなんだってするんです。というよりいつも制服で慣れてますから。大丈夫です」
「そっか。なるほど」
「先輩はいつものコートじゃないんですね」
「ああ、アレはー……っと。ほら。いつもと同じじゃクリスマスデートらしくないだろ?」
「そうですよね!」
危ない。思わず香織の名前を出すところだった。
「おお。本当に都会のど真ん中にスケートリンクが。すごいなこれ。まひるちゃんはスケート出来る人?」
「全く。一ノ瀬先輩はどうなんですか?」
「中学の時に後藤と行ったっきりだな。滑れる自信は無い」
チケットを買ってシューズを借りて。いざ‼氷のステージへ‼
「うっそ。これ、めっちゃ滑る」
当たり前だけど、スケートリンクはめちゃくちゃ滑る。先にリンクに入ったのは良いけども、これ、まひるちゃんのこと支えられるかな。
「い、一ノ瀬先輩、私も行きますよ。支えて下さいよ!」
「まずは壁沿いにね」
お互いへっぴり腰でスケートリンクの上を歩く。滑るどころではない。でもしばらくしているとなんとなく感覚が分かってきた。
「うん。なんとかなりそう。まひるちゃん、こっちに来てみて」
リンクに出た僕の方にまひるちゃんを誘う。ヨチヨチと僕の方へ進んでくるまひるちゃん。まぁ当然というか何というか。僕の腕にしがみつくまひるちゃん。フィギュアスケートをやる人たちって本当にすごいんだな……。なんて思いながら、しがみつくまひるちゃんとスケートをしばらく楽しんだ。
「もう……無理です」
「そうだな。そろそろ上がろうか」
ランチを取って美術館なんかに行ったりして。いよいよクリスマスがやってくる!
「まひるちゃん。クリスマスの期間って知ってる?」
「え?今日がイヴ、前夜祭みたいなもので。明日がクリスマスですよね?」
「違うんだなー、これが。二十四日の日没後から、二十五日の日没後までが、正式なクリスマス何だよなー」
「じゃあ、そろそろクリスマスが始まるんですね‼でもその知識、さっき仕入れてましたよね?なんかスマホ触ってました」
「あ。バレた?」
本当は香織からのメッセージだった。「悠仁君へのクリスマスプレゼントは今夜に枕元に置く予定だけど、今日は帰ってくるの?」というものだ。「分からんがクリスマスプレゼントは僕の部屋にあるから、二十二時までに帰らなかったら取りに来て」と返信した。
「なんにしても、もう日没だからクリスマスだな。あっちのイルミネーションが綺麗みたいだから行ってみようよ」
イルミネーションを堪能した僕たちは予約したレストランでいよいよクリスマスプレゼント交換。ティオールのカラーリップ、喜んでくれるのだろうか。
「じゃあ、いよいよクリスマスプレゼント交換だよ。まずは僕からでいい?はいこれ」
「何ですか?開けて見ても良いですか?」
定番の受け答えでちょっと笑ってしまった。そんな僕よりプレゼントに夢中のまひるちゃん。
「あー!これ。欲しかったやつです‼なんで分かったんですか?あ、もしかして詩から聞いたとか?」
「井上さんにはプレゼント買ってから会ったよ。今回はちゃんと自分で選んだよ」
去年のクリスマスは凛ちゃんの事もあって彼女なんて作る気にもならず。香織と一緒に買い物に行ってお互いに欲しいものを交換し合っていただけだったのが、今年はこんなにも喜んでくれる人が居る。
「喜んでくれて良かったよ。で?まひるちゃんからのクリスマスプレゼントは?」
「私です♡」
「また。大人をからかって」
「一ノ瀬先輩ノリ悪いー。じゃ、これ。はい、どうぞ」
「ありがとう」
何だろうな。正直ワクワクしている。なんていってもちゃんとした彼女からのクリスマスプレゼントなんて初めてだから。
「おー」
プレゼントは僕がいつも着ている上着と同じメーカー、ペールスミスの手袋だった。
「これ。高かったんじゃない?」
「プレゼントで値段を聞くのはルール違反です。おとなしく受け取って下さい」
「ああ、ありがとう」
その日の夜は、親の許可は取ってあると言って、まひるちゃんの家に泊まっていって欲しいとごねられたけど、前回の件もあったので丁重にお断りした。代わりに家まで送って欲しいと言われたのだった。
「一ノ瀬先輩、今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「いやいや。こっちも楽しかったよ。彼女のいるクリスマスって初めてだから」
「そうなんですか⁉一ノ瀬先輩の初めてを貰っちゃいました。まひるの初めても奪われちゃいました」
そう言って抱きついてきた。凛ちゃんの時には棒立ちだったけども、今回はちゃんと僕の腕の中にはまひるちゃんがいる。
「一ノ瀬先輩、だぁい好き」
「ああ。僕もだよ」
そろそろ時間も二十二時になる。泊まりの話があるにしても女子高生をこんな時間まで拘束していたのはちょっと問題だ。念のためまひるちゃんのご両親にも挨拶してから帰路についた。
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