第8話 桜陽葵

「へっくしょん‼」

 あー。なんだか熱っぽいな。明け方になってくると同時に眠さとだるさが身体を襲う。

 時刻は朝の五時。もうこの時間からまひるちゃんがなにか仕掛けてくることは無いだろうと考え始めたらうとうととしてそのまま眠ってしまった。

 

「ちょっと。一樹。起きなさい」

「んん……朝か。今何時?」

「もう十時。まひるちゃんはもう帰ったわよ。あまりにも気持ち良さそうに寝てるからって」

「そうか。でも母さん、布団の準備とかしておいてよ」

「あら、ごめんなさい」

 完全に確信犯だ。まぁ、何もなかったとは言わないけれど。

 

「へっくしょん‼」

「母さん。体温計取ってくれる?」

「なに?熱でもあるの?」

 体温を測ったら三十八度。立派な発熱だ。そう伝えたら、まひるちゃんに移してないか、と僕の心配よりもまひるちゃんの心配ばかりしている。まぁ、心当たりはある。昨日、香織に上着を貸してあげたからかな。まぁ、貸してなかったら香織が風邪を引いていたかも知れないし。

 

 日曜日は一日中寝ていた。おかげでまひるちゃんからのメッセージにも気が付くことも無く。

 で、今はまひるちゃんが作ったおかゆを食べている。既読も付かないから心配して来てくれた様だ。

「一ノ瀬先輩、ソファなんかで寝るから風邪を引くんですよ?私と一緒に寝ていれば、こんなことにはならなかったのに」

「だからそれは……」

「分かってますよ。でも。こうして看病していると彼女って感じがします。美味しいですか?」

「うん。ありがとう」

「良かったです」

「先輩に何かあったら私……」

「お、おい」

「冗談ですー。でも、ホント心配したんですよ。既読も付かないから」

「悪かったよ」

「別にいいんですけど。こうして彼女らしいこと出来ましたし。さ!ご飯食べたら寝る!早く治してまひると遊ぶんです!」

「ああ」

 

 ピンポーン

「はーい」

 家の中から声がする。香織さんは在宅のようだ。居なかったらそのまま帰ろうと思ったけども。

「あれ?まひるちゃん?どうしたの?」

「えっと。一ノ瀬先輩が風邪引いちゃったみたいでおかゆを作りに」

「そう。風邪ね。私も後でお見舞いに行こうかしら。いい?まひるちゃん」

「なんで私の許可を取るんですか?」

「だって。一樹、まひるちゃんの彼氏でしょ?また一樹の部屋で二人きりになるのはマズいと思って。先持って報告した方がいいでしょ?」

「それは、まぁ。良いですよ別に。こうして報告してくれてるわけですし」

 まひるは昨日の夜に……。香織先輩には負けないんですから。これからも一ノ瀬先輩は私のものです!

 それにこれで確信した。先輩の上着の匂い、やっぱり香織先輩と同じだ。二人で何をしていたの?万年筆買うだけで上着に匂いが付く?そんなわけ無い。

 

「風邪、引いたんだって?」

「見れば分かるだろ」

 まひるちゃんから聞いて一樹のお見舞い。一樹の好きなケーキ屋のチーズケーキを持って。

「昨日、格好つけて私に上着なんて貸すからこうなるのよ」

「って事は、僕が貸さなかったら香織が風邪を引いてたんだろ?別にいいよ。気にするな」

「そうは言ってもねぇ。無理言って借りた彼氏に風邪を引かせるなんて」

「なんか香織とはそういう関係ばかりだな」

「そうね」

 仮の彼氏。香織がいきなりこの人が私の彼氏、なんて言ってきた時が懐かしい。あの頃は女っ気一つ無かったのに。今はこうやって二人も女の子がお見舞いに来てくれている。当時からしたら信じられない。後藤に報告したらまたなんか言われるんだろうな。

 それはそうと。昨日の香織、なんで僕をあんなところに連れて行ったのかな。まひるちゃんには買い物に付き合ってお貰うって伝えていたようだけども。

「なあ、一つ確認なんだけど、昨日の買い物って自分のものを買う予定に付き合わせた事になってるのか?」

「そうだけど?なんで?」

「あ、いや。まひるちゃんから聞かれたときに二人の言うことが違ってたら怪しまれるでしょ」

「怪しまれた困る?」

「そりゃ困るでしょ。なんで嘘ついたんですか?って」

「そのときは私が嘘をついたってことにしておきなさい」

「付いたのか?嘘」

「さあね。内緒」

「またその内緒、かよ」

「それじゃ、私は花屋のお仕事があるからこれで。ちゃんと寝てるのよ。そして今日中に治すこと」

「今日中は無理かも知れないけど、しっかり寝て治すよ」

「よろしい。それじゃ行ってくるわね」

「ああ」

 しまったな。買い物に付き合ったって言っても、何を買った事になってるのか聞くのを忘れた。突っ込まれたらどうしようかな。

 

 

 昨日、あの後、二人がどこに行ったのか。ツブヤッキはやめてしまったのか、なにも投稿が無い。何かあれば手がかりになるのに。何気なくツブヤッキを開くとそこには予想外のものがあった。

 

「まひるちゃん。一ノ瀬先輩と最近何をしてるんですか?」

 

「え?」

 陽葵ちゃんの書き込み。例の一件があって警察の人からアカウントを教えて貰って私も捜査協力とかいうのでフォローしてたんだった。でもなんでこのアカウントが私だって分かったの?「ツブヤッキ始めました」の一言しか投稿してないのに。それよりも、なんで彼女が一ノ瀬先輩と私の関係を知ってるの?見てる?

 例の一件があってから陽葵ちゃんは失踪したと聞いている。この投稿を見るかぎるは近くに居てもおかしくない。私はすぐに警察署に報告に行った。

 刑事の人からお礼を言われたけども、これだけでは足取りを掴むのは困難とのことだった。それよりも私に身の回りに注意するようにと言われた。確かに私が標的にされてもおかしくない。私は登下校はクラスの友達と一緒に帰ることにした。流石に集団下校しているところに現れることは無いだろう。

 そう思った私が甘かった。

 

「あー。まひる、ひさしぶりぃー」

 陽葵が私の家の前で待っていた。警察!そう思ってスマホを取り出した右手の手首を陽葵が掴んでくる。

「警察?別に良いけど、そ・の・ま・え・に。良いこと教えてあげる。香織先輩と一ノ瀬先輩、付き合ってるわよ?私、土曜日に見ちゃったんだぁ」

「買い物でしょ?香織先輩がクリスマスに誰かにプレゼントを渡すからって。その買い物。知ってるわよ」

「ふーん。そうなんだ。買い物なんだ。あれ」

「なに?」

「いいやー。べつにぃ。それよりほら、警察に電話しないと。私、また逃げちゃうよ?」

 そう言って陽葵は私の手首を離した。思わず身構える。

「大丈夫だって。何も持ってないから。それにしても残念だったなぁ。一ノ瀬先輩。一緒に死のうと思ったのに。助かっちゃって」

「ねぇ、陽葵、あなた何があったの?」

「まひるには分からないわよ。私の苦しみなんて」

「クラスのみんなは、陽葵のこと無視とかしてなかったでしょ?」

「はいはい。被害妄想でしたー。で?警察はいつ来るって?」

 そう言って私を挑発している時に刑事さんがやってきて陽葵はその場で逮捕された。

「あーそうそう。一ノ瀬先輩に井ノ島で何してたんですか?って聞いてごらん?面白いから。じゃーねー」

 そう言って彼女はパトカーに乗せられて去って行った。

「何もされてないですか?」

「はい。大丈夫です」

 残った刑事さんから事情を聞かれて起きたことを、そのまま伝えた。

 井ノ島?何のこと?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る