第6話 彼氏、お借りします

「一樹のこと、ちょっと借りていい?」

 いつものように学校が終わって一ノ瀬先輩の家に行ったらお花屋さんの店先で香織先輩からそう言われた。

「え?」

「えっとね?一樹のこと、ちょっと借りたいんだけども、いいかなって。一応、まひるちゃん、一樹の彼氏だから。ちゃんと許可取っておかないとって思って」

「一応って何ですか」

 私はその言葉に噛みついた。

「ああ、ごめんなさい。そんなつもりじゃないの。ちょっと買い物に付き合って貰いたくて。ちょっとね、クリスマスにプレゼントを渡したい相手が居るんだけど、男の人ってどんなものが欲しいのか検討がつかなくて」

「香織先輩にも彼氏、出来たんですか?」

「まだ……なんだけど、それをきっかけに。って思って」

「そうですか。それなら私も一緒に行っちゃダメなんですか?」

「ダメでは無いんだけど……。ちょっとプライベートなことも話したくて。ほら。最近は私、一樹の部屋に行ってないから。そういう話、する機会が無くて」

 確かに一ノ瀬先輩は時間があれば私のところに来てくれる。香織先輩に少しくらいなら……。「分かりました。一日だけですよ?一日だけですからね?」

「わかったわよ。それじゃ、今週の土曜日、ここ臨時定休日だから借りるわね」


 一ノ瀬先輩は私の事だけ見てくれている。だから大丈夫。

 

「あれー。奇遇ですねー」

「あれ?まひるちゃん。まひるちゃんもお出かけ?」

「そうなんです。今日は一日。香織先輩と一緒にお出かけなんですよね?」

「ん?そうだけど、なんで知ってるの?」

「私が貸してってお願いしたのよ。だから安心して。まひるちゃんにバレて大変なことになったりしないから」

 そういうことか。香織から今日は一緒に出掛けましょう、なんて言われて何も考えずについてきたけども。そうだよな。まひるちゃんに一言声を掛けておけば良かったな。

「あ、私。この駅なんで」

「あ、うん。それじゃ」

 

「ここどこ」

 私は見覚えの無い駅に降り立ってしまった。一日だけ。一日だけなのに。

 

「まひるちゃん、心配してたんじゃないの?ちゃんと説明しておいたの?」

「いや、なにも。しておくべきだったよな。確かに」

「はぁ、呆れた。彼女なんでしょ?そのくらいちゃんとやりなさいよ」

「面目ない。で?今日はどこに行くんだ?」

「水族館」

「え?」

 てっきり池所のセンシャイン水族館に行くと思ったら乗り換えに乗り換えを重ねて海沿いの水族館にやってきた。

「なんでこんなところまで?」

「センシャインは凛ちゃんと一緒に行ったところでしょ。そんなところに私と一緒に行きたかった?」

「いや」

「でしょ。それに……」


 なんでもダークアクアリウムというランタンの光だけで楽しむイベントがあってチケットが当たったとのことだった。イベントは夕方からとのことで僕たちは井ノ島弁財天へお参りに行ったり展望台に登ったり。完全にデートと呼べる井ノ島王道のコースを堪能した。

 

「まひるちゃんとはどうなの?」

 海岸沿いの堤防に座って僕たちは水族館のイベントまでの時間を過ごす。十一月の海の風は少し寒い。

「どうって?」

「なんか進展あった?」

「だって相手は高校生だぞ」

「何言ってるのよ。手を繋いだー、とかあるでしょ。あ、でも高校生でもキスくらいはしてもいいんじゃないかしら」

「普通だよ。手を繋いでウィンドウショッピングとか、夕方にパンケーキ屋に一緒に行ったりとか」

「まさか制服デート?」

「そんな時もあるかな」

「この犯罪者め。ロリコンめ」

「女子高生はロリコンじゃないでしょ。犯罪者ってのはちょっと感じる事はあるけど。役得だ役得」

「ふぅーん。そうなんだ。キスもまだしてないの?」

「まだだなぁ。ってかまひるちゃん、ああ見えて奥手でさ。そういう雰囲気になると逃げちゃうんだよね」

「一樹ががっついてるんじゃないの?」

「そんなこと無いと思うけど」

 珍しい。香織が僕のことをこんなに聞いてくるのは珍しい事だ。

「香織。何かあったのか?」

「ん?なんでも」

「そうか。ならいいんだけど」 

 香織がちょっと寒そうにしていたので、僕は上着を脱いで香織に掛けたあげた。

「優しいのね。もしかしてこれも人助けだったりする?」

「そんなことないさ。寒がってる相手が居たら誰だってこうするだろ」

「知らない人でも?」

「流石にそれはないかな。見知った人だけだよ」

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

「あのさ」

「一樹はさ」

 

「お先にどうぞ」

 僕は香織に先を譲った。

「それじゃ。一樹はさ、私の事、どう思ってるの?」

「どう、って。花屋の雇い主とその店員、だろ?」

「そうね。そっちの話は?」

 全く同じ事を聞こうと思ってたから言葉に窮する。僕も同じ事を聞くのか?それってまるで……。

「あのさ」

「なに?」

「やっぱなんでもないや」

「なにそれ」

 僕たちは海に沈む太陽を眺めながら時間をともに過ごした。

 

「そろそろ時間じゃない?」

「ああ、本当だ。十八時からだっけ。ダークアクアリウム」

「そ。行こうか。あ、これ」

 香織が上着を返してきたので、そのまま羽織ってていいよ、と言ったら、それじゃ遠慮無く、と返事が帰ってきた。

 

 帰りの電車で上着を返して貰おうとしたのだが、香織は僕の上着を着たまま寝てしまったのか返事が無い。そして僕の方に寄りかかって寝息を立ててしまっていた。

 昔こんなことあったな。あのときは確か……そうだ。仮の彼氏を演じたお礼のショッピングパークからの帰り道だ。

 今日の僕は香織にとっての何だったのかな。

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