第4話 ブッキング

 ああああ‼最悪だ!

「一樹にーちゃん。その人誰?」

「お、お、お、お友達?ちょっと知り合って。ゲーム強いって言うからちょっと……」

 香織さんの目線が痛い。目線でこれは事故、と訴えてみたが伝わっているのかどうか。

「まひるちゃん、こんな時間間だけどいいの?」

 あくまで冷静な声で香織はまひるちゃんに声を掛けた。なんかちょっと怖い。

「あ、そろそろ帰るじかんです‼一ノ瀬先輩、送ってくれますよね?」

 こんな時間だし、送っていくのは良いんだけども……。

「そうね。こんな時間だし送ってあげて。私は悠仁とゲームやってるから」

 

 そして地獄の詰問タイム。

「香織先輩ってぇ、彼女さんじゃないんですよね?」

「ああ、違うかな」

 ちょっと声が不自然だったかも知れない。

「じゃあなんであんな時間に家に来るんですか?」

「ちょっと家が近くて。悠仁君が遊びたいって時は来るかな」

 そう。あくまで悠仁君と遊ぶため。

「じゃあー……なんで一ノ瀬先輩の家の鍵、香織先輩が持ってるんですか?」

「あ、いや、それは」

 詰んだ。説明のしようがない。涼花さんの一件から話すか?でもアレは……。

「じー……」

 まひるちゃんがジト目で僕を見ている。

「香織とは何もないから本当に」

 まひるさんは少し僕の前に出てからこう言った。

「なんでそんなに否定するんですか?何もないなら事情、話してくれてもいいじゃないですか」

 どうしよう。香織の家の事情なんて話せないし。

「とにかく‼本当に何もないから。親の繋がりもあってあんな感じだけど!」

 香織に親は居ない。だけど今回はそういうことに……。

「分かりました。今回はそういうことにしてあげます。今度から私も部屋に入れて下さいね」

「塾をサボったりしなかったらな」

「はい‼」

 まひるちゃんは嬉しそうに歩き出す。僕の部屋に入る許可が取れたからか。にしてもどんどん外堀を埋められてるなぁ。

 

 家に帰ると、まだ香織は僕の部屋に居た。悠仁君の姿は見当たらないから先に帰ったようだ。

「そこに座って」

「はい……」

「どういうことなのか説明して。こんな時間に女子高生を部屋に連れ込むなんて。何考えてるの」

「あ、いや。こっちが呼んだわけじゃなくて向こうからさ……」

「なんで家を知ってるわけ?教えたの?」

 そういえばそうだ。教えてない。

「教えてないな」

「じゃあ、勝手に来たの?まぁ、それはそれとして。なんで部屋に上げたの?」

「まひるちゃんが勝手に入って来ちゃって」

「はぁ……呆れた。それで許しちゃってゲームで遊んでたって訳?何時だと思ってるのよ」

「なんか塾をサボって来たらしくてさ。それはさっき送っていったときに強く叱った」

「まぁ、私が一樹の色恋沙汰に口出しするつもりはないんだけど、節操は持ちなさいよね」

「分かってるって。そもそもまだ付き合うって言ってないし」

「でもまひるちゃんは一樹のこと仮の彼氏にするって言ってたじゃない」

「一方的にな。だから僕はまだそんなんじゃなくて」

「分かったわ。私はもう帰るから。あと、これ」

 合鍵を渡された。

「また同じようなことが有ったら困るでしょ?それにここに来る前にメッセージ送るから」

「分かった」

 僕に合鍵を握らされて香織は帰って行った。

 

 もう……なんなのよ。調子狂うな……。

 湯船に顔を半分埋めながらそんなことを考える。

 一樹にとっての私って何なんだろ?私にとっての一樹って何なんだろ?

 

 それからというもの、まひるちゃんは事あるごとに僕の家に来るようになった。「勉強を教えて下さい!ゲーム一緒にやりましょう!」僕が家に居るのが分かっているかのように。

 

「一ノ瀬先輩」

「なんだ?」

「こんなことを聞くのはルール違反だって分かってるんですけど、凛先輩とはどんな関係だったんですか?」

 確かにルール違反だ。でも僕はその質問に答えてあげた。

「大事の人だったよ。とっても。最初はまひるちゃんと似たように、いきなりデートに行きましょう!って言われてさ。初対面で」

「行ったんですか?そのデート」

「ああ。凛ちゃん、すごくグイグイ来てさ。勢いに負けて付き合うことになった」

 まひるちゃんは黙って次の話を待っている。

「まひるちゃんは凛ちゃんの身体のこと知ってた?」

「はい。高校も休みがちって聞いてましたし」

「そうか。それじゃその後の経緯も知ってると思うけど、あんなことになっちゃって。遺言みたいなものでさ、私の事は忘れること、なんて言われてるんだけど、なかなかそうも行かなくてさ」

「だから私とお付き合い、出来ないんですか?」

「半分はね。もう半分は僕はまひるちゃんのこと、まだよく分かってないから。じゃ、この話はお仕舞いね」

「はい。ありがとうございました」

 凛ちゃんのこと、こうやって誰かに話をするのは初めてかも知れない。香織も凛ちゃんのことについては最初のお墓参りの時に言ってきただけで、その後は何も言ってこないし。でもなんか少し肩の荷が下りた気がする。誰かに話すのって大事なことかも知れないな。

 

「ところでまひるちゃんは大学、どこに行くの?もう決めてあるの?」

「先輩の大学に行きますよ?」

「まさか僕がいるから?そんなので人生考えちゃ……」

「違いますよ流石に。指定校推薦枠があるんです。今の私の内申点ならいけると思いますので」

「そういうことか。少し安心した」

「安心して待っていて下さい!」

 

 九月。そう。二十八日は凛ちゃんの命日。近親者が集まって法要を済ませた。まひるちゃんもどうしても行きたいと言うので凛ちゃんのご両親には高校時代の後輩と紹介して参加して貰った。少しは賑やかな方がいいだろう?凛ちゃん。

 

 十月。凛ちゃんの誕生日がある月だ。相変わらずまひるちゃんは時間があれば僕のところにやってきている。

「まひるちゃん。今月の二十二日はちょっと遠慮して貰えるかな」

「何かあるんですか?あ‼香織さんとどこか出かけるとか?」

「まぁ、そんな感じだ。大事な用事なんだ」

 最初は何の用事なのかしつこく聞いてきたけど、凛ちゃんの誕生日、やりたいことリストに書いてあったお墓参りには、まひるちゃんを連れて行く気にはなれなかった。

 

「それじゃ、行こうか」

 香織は凛ちゃん用の花を選んで紙に包んで霊園に向かった。途中、後藤も合流して三人で。凛ちゃんのご両親にも声を掛けたけど、今日は友達だけで来て欲しいだろうから、と丁寧に言われた。

 

「もう一年か」

「そうね」

「早いな」

「そうね」

 香織は持ってきた花をお墓に供えて僕の言葉に短い返事を寄越していた。

「湿っぽいのは無しにしようぜ‼」

 後藤がそう言って僕の背中を叩く。確かに凛ちゃんも湿っぽいことを望んでる気はしないな。

「凛ちゃん、聞いてくれよ、こいつ、今度は凛ちゃんの後輩から告白受けてるんだぜ⁉」

「おい後藤、それは言わない方がいいだろ」

「なんでだよ。隠すようなことか?むしろ知りたがると思うぞ」

「そうね。そういうの凛ちゃん、反応しそうね。でもやりたいことリストにライバルは蹴落とすって言うのがあったから、どうかしら?」

 そうだ。遊園地の観覧車でそんなことがあったな。懐かしいなぁ。全てが懐かしい。私の事を忘れること!なんてリストには書いてあったけど、誕生日くらいは思い出してもいいだろ?凛ちゃん。

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