第2話 スタートライン

 お芝居の話、いつすれば良いかな。文化祭なんて春に終わってる。台本は私の手製。本当はあんなのない。私が一ノ瀬一樹という人を知ったのは陽葵の件で話をしたのがきっかけ。

 私はずるい女だ。陽葵があんなことになって一ノ瀬先輩がどんな思いになっているのか分かっているのに。それに凛先輩の事もある。凛先輩は演劇部の先輩で憧れの人だった。なのにあんな台本を作って。こんなこと一ノ瀬先輩に知られたらきっと怒るんだろうな。いや、呆れられるかな。でも私はそうでもしないと一ノ瀬先輩の興味を引くなんて出来ない。

 あの二人は何でもないなんて言ってるけど、そんな距離感に見えない。だから私はこんなことをしているのだ。

 

 越川神社には結局三人で行った。本当は一ノ瀬先輩と二人で行って願掛けしたかったんだけども。一ノ瀬先輩はどちらに願掛けしたのかな。そんなことも聞けずに夏はどんどん過ぎて行く。高校三年生の夏休み。私は推薦を狙っているからみんなみたいに受験勉強に励むような感じにはならないけども、万が一を考えて勉強しないわけにはいかない。

 そうしてる間にも一ノ瀬先輩と香織先輩がどんどん近づいて行くと考えるといても立ってもいられない。十一月に文化祭なんて言ってしまったから、それまでに決着をつける必要がある。

 八月は距離を縮める絶好の機会だ。水着で籠絡させることなんて出来ないと思うけど、何らかのきっかけくらいは作れるはず。

 でもそんなにうまく事は運ばなかった。確かに私の水着のことは似合ってるとは言ってくれたけどもそれは台本通りの台詞に思えた。友人と言っていた後藤さんは……ちょっと目線がいやらしくてちょっと苦手になっちゃった。そうして八月はあっという間に過ぎ去ってしまった。

「そうだ」

 

「後藤さんは彼女さんとかいるんですか?」

 大学前で後藤さんを捕まえてお茶に誘った。

「いないけど、どうして?」

「じゃあ、私なんてどうですか?」

「え?」

 流石の後藤さんもこの流れは怪しく感じるか。そう思って冗談ですと言おうと思ったのに、後藤さんは即答だった。

「マジで⁉大丈夫!俺なんかで良ければいくらでも!いやー。でもまさかなーまひるちゃんがなぁ。あ、これからよろしくお願いします」

 この状況で冗談でした、なんて言えなくなっちゃった。まぁ、でも私の計画通りならこれで……。

 

「一樹」

「なんだ後藤。真面目な顔して。とうとう犯罪に手を染めたのか?」

「おう。一種の犯罪かも知れん。お前の仮でやってる恋人ごっこあるだろ?あの相手のまひるちゃんから告白を受けた。海での一件で距離が縮まったのかなー。というわけで彼女貰います」

「マジで言ってる?」

「マジで。でも女子高生との交際って犯罪なんだっけ?」

「手を出したら犯罪じゃなかったっけか。成人男子が未成年に手を出すとか」

「成人って十八歳になったんだろ?大丈夫じゃねぇの?」

「手を出す気満々なのかよ……。ま、嫌われないように精進すると良いよ。あ、そうだ。それなら例の仮でやってる彼氏、後藤に譲るよ。本物の彼氏の方が良いだろうし」

 そう思ってまひるちゃんに言ったのだが、彼氏役は僕に継続してやって欲しいと言われてしまった。後藤にはなんて言えば良いんだ……。

 

「次はお弁当を作って来る、です!」

 手製の弁当を作るので自宅まで取りに来て欲しいとのことだった。まぁ、高校の登校時間を考えたらそうでもしないと間に合わないからな。僕は後藤が悲しむから出来れば後藤の分もお願いした。

「おお……。これが手作り弁当……‼」

「感動したか?」

「そりゃそうだろ。お前はそうじゃないのか?」

 僕はどうしても凛ちゃんのことを思い出してしまって、後藤のような気分にはなれなかった。折角の女子高生からの手作り弁当だというのに。それにしてもなんで後藤じゃダメなんだろうか。今度ちゃんと聞いておくか。

「そういえば後藤は何かまひるちゃんと何か恋人らしいことはしたのか?」

「それがさー。まひるちゃん、見た目に反して奥手でさー。まだ手も繋いでないんだよな」

「え?そうなのか?僕とは台本上手を繋ぐなんてかなり最初の方で済ませたぞ」

「マジか……‼なんで毎回一樹だけ……‼」

 

「なぁ、まひる。こうやって僕といる時間が長いけど、後藤はいいのか?放っておいて」

「後藤さんとはちゃんとお付き合いしてますよ。こうやって台本の打ち合わせが忙しくて、直接会って何かっていうのは少ないですけど。夜に電話したりメッセージ送り合ったり」

「そうなのか。それにしてもなんで後藤じゃダメなんだ?」

「実際の恋人だとお芝居にならないからです」

「じゃあ、今のまひるはお芝居モードなのか?確かに後藤はまひるのこと奥手って言ってたし」

「そう……ですね。奥手な設定の方が良かったですか?」

「いや。台本は決まってるんだろ?」

「そうですけど……」

 なにやら煮え切らない。これはやっぱり僕の考えている通りなのかも知れないな。この辺ではっきりさせた方が良いかも知れない。

「まひる」

「何ですか?」

「この仮の彼氏ってやつ。本当は嘘なんじゃないか?」

「な、なにを言ってるんですか。こうやって台本もあるじゃないですか」

「最近はその台本から外れたことも多い気がするし」

「それは……そのより実際の交際相手見たいになればリアリティが増すかと思いまして……」

 やっぱりそうか。

「まひるちゃんはさ、僕のこと好き?」

「どうしちゃったんですか一樹、まひるちゃんなんて」

「いや、ちょっとお芝居の話は中断。これはまひるちゃんと僕との会話ね」

「はい……分かりました……」

「で。どうなの?」

「それって告白ですか?私の方も好きなら付き合ってくれるんですか?」

 もう嘘は通用しない。

「後藤はどうなんだ?」

「後藤さんは……いい人だと思います。でも私は……本当の私は一ノ瀬先輩のこと好きです!この際だから、言っちゃいます‼私とお付き合いして下さい‼」

 やっぱりそうか。かわいそうだけども後藤は噛ませ犬。僕にやきもちを焼かせて自分の方を向いて貰おうとしてたのか。

「うーん……」

 僕は頭を掻きながら返答した。

「出来ないかな。申し訳ないけど。まひるちゃん、これはちょっとずるいかな。嘘で嘘を固めることこういうことになるんだよ。そりゃ、僕のことを好いてくれてるのは嬉しいけどもさ。男として」

「そう……ですよね。やっぱり。でも私は一ノ瀬先輩のこと好きなんです!どうすればスタートラインに立てますか?」

「そうだなぁ」

 正直迷う。そもそものスタートラインに立てないとキッパリと断るのかどうか。そうするのがベストだとは思うけど彼女の気持ちを考えたらチャレンジする機会を、ってなんで上から目線なんだ僕は。

「私、もうスタートラインにも立てませんか?」

「そんなことないけど……」

 反射的に答えてしまった。でも具体的にスタートラインってなんだ?

「まひるちゃんのスタートラインってどこを指すの?」

「出会った頃まで遡る感じです。今日、私、本物の藤堂まひるは一ノ瀬先輩に出会ったんです。本当のことを言いました。だから今日からスタートです」

 うーん。それなら良いけど、後藤はどうなるんだ……。

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