第2話 友人とは

 今年の春は桜が綺麗。通学路にある用水路沿いの桜並木は数年後には消えて無くなる。道路の拡張工事らしい。こんな綺麗なものが無くなるのは悲しいけども、これも時代の流れというものなのかも知れない。

 私は登校していつものように廊下側、真ん中辺りの席に腰を下ろす。そして投稿小説サイトを開いて『イッキ』さんの小説の続きを読む。まだこの『イッキ』さんの小説を見つけてから日が浅い。二十本くらい投稿されているのでなかなか読み終わらない。

「桜さん、桜さんってば」

「ん?」

「今日日直。これから先生のところに行くから一緒に来て」

 この人の名前は何だっけ?黒板の日直を確認すると藤堂と書いてある。そういえばそんな名前の人も居たっけな。独りに慣れてしまって、クラスの人間の名前も忘れてしまっている。そんな風だから友達が出来ないのは分かってるんだけど……。リアルの友達は嫌われたら嫌だし。匿名の世界なら切れたらそれでお仕舞い。後腐れがない。お昼休みにツブヤッキを開くとみんなの会話が広がっていた。私もいつものようにその輪に加わる。とても自然で心地よい。

「桜さんってさ、なんで友達作らないの?」

 職員室に向かっているときに藤堂さんに聞かれた。この人は私の名前を覚えてくれているんだ。

「なんというかきっかけがなくて」

「きっかけなんていくらでもあるじゃん。今こうして私と話してるし。桜さんが良ければ友達にならない?」

「え?」

「あ、なんか困ることがあったらいいんだけど……」

「な、ないです……!ぜんぜん」

「だったら私たち、今から友達ね」

 友達ってこんなに簡単にできるものなのだろうか。まるでフォローボタンをタップするだけど変わらない。しかし。この友達というのは形ばかりのものだった。

「桜さん。ちょっと悪いんだけど、放課後の掃除、変わってくれない?部活に間に合わなくて」

「桜さん。購買に行くなら私のジュースも一緒に買ってきて」

 まるで使いっ走りだ。こんなの友達じゃない。でもリアルの友達は切れたら嫌われる。私はツブヤッキの世界にどんどんのめり込んでいった。

 

「『イッキ』さんはどう思いますか?」

 ダイレクトメールで『イッキ』さんに相談する。

「それは友達とは言いにくいね。確かに。でも確かに断りづらいよね」

「『イッキ』さんならどうしますか?」

 投稿小説の著者の『イッキ』さんはネタ的にこういうのも書いている。何らかの参考になる答えを出してくれるかも知れない。そう思ったのだ。

「僕の小説の中だと、切れるものは仕方が無い、というような感じで書くことが多いけど、幸いにして実際にそういう場面に遭遇したことがないからなぁ。無責任なことは言えないかな。でも嫌なことは嫌って言わないといつまでもそういう関係になってしまうと思う」

 僕は『ヘラルド』さんからのダイレクトメールに返信をしながら例の涼花さんの事を思い出していた。嫌なことは嫌という。それであんな事件に繋がったのだから、今のは無責任なことを言ったかも知れない。嫌だと言って『ヘラルド』さんがいじめに遭ったら大変だ。

 今回の相談で『ヘラルド』さんが高校生であることは想像が出来た。日直があるのは大学生以下だろう。それに今までの投稿内容というかリテラシー的に考えると高校生であるというのが妥当な線だろう。香織さんにも相談しようかと思ったけど、ダイレクトメールの内容を他の人に相談するのはルール違反だ。

 

「うーん。僕ならどうするかな……」

 『ヘラルド』さんに相談を受けたことを小説のネタにして解決策を作品で伝える事を考えた僕は頭をひねった。出て来た答えは『ヘラルド』さんからも相手に何か相談事とかお願いをするというものだった。

 

 『イッキ』さんの最新小説。私の相談した内容がネタになっている。解決策を伝えようとしてくれているのか、ネタ程度にしか私の事を見ていないのか。なんにしてもこのままじゃ友達なんて呼べない。私は勇気を振り絞って頼み事を断ってみた。

「ちょっとごめん。私も用事があって……」

「えー。陽葵ノリが悪ーい」

 頼み事にノリなんてあるのだろうか。それにいつの間にか桜さんから私の名前を呼び捨てにするようになってるし。

「ホントごめんなさい」

 断った。断ってみた。

 しかし。次の日から藤堂さんから声を掛けられることはなかった。私から声を掛けるにしても昨日のことがあって掛けにくい。「昨日はごめんなさい」そう一言声を掛ければいいのに。色々と考えて謝りに行こうと席を立ったときだった。藤堂さんの仲良くしてるひとりから声を掛けられた。名前は何だったかな。この人も思い出せない。

「きのうさ、まひるのお願い断ったでしょ。あれ、私のところに来てさ。彼氏との約束に遅れちゃったのよ。どうしてくれるの」

「え?」

「まぁいいわ。どうせあなた、私の名前なんて覚えてないんでしょ?」

 図星だった。私はしばらく呆然としていたが、冷静になってみると友達が出来ないのは自分から積極的に行動してないから。だって名前だって覚えようとしてないから。そう思って沈んだ気分になってしまった。

 

「おかしいな」

「なにがだ?」

「いつも小説を投稿するとすぐに感想を『ヘラルド』さんが書いてくれるんだけど、今回はなかなか感想がつかなくてさ」

「飽きられたんじゃねぇの」

 ちょっとショックだ。今回の小説はちょっとうまく書けたと思っていたからだ。もしかしてあの件について書いた事が裏目に出たのかな。僕の小説の中では、その件がきっかけで話をするようになった、という展開を書いたのだが……。あまりに気になったので『ヘラルド』さんにダイレクトメールを送って、先日の件について聞いてみた

「ダメでした。断ったらそのままフェードアウトしちゃいました。私もいけないんです。クラスのみんなの名前すら覚えていませんし……」

 失敗したのか。それにしても名前すら覚えてないって……。僕も独り時間が少なからずあったけども、名前くらいはなんとなくは覚えていた。『ヘラルド』さんは僕の想像を超える位置に居るのかも知れない。小説の中では一人きりの主人公にいきなり友達が出来る表現は描いたことが無い。自分がそういう境遇になったことがなくて表現が出来なかったからだ。

 

「香織さんは高校時代、友人は多かった方?」

「私?居なかったわよ。友達」

「なんで?」

「作ろうとしなかった」

「なんで?」

「いやに詮索してくるわね。まぁいいわ。隠すようなことじゃないし。男子から異様に人気があったからよ。女の子世界って嫉妬の嵐なのよ。そんな中に入ったらろくな事にならないわ。例の一件で一緒に居た友人っぽい子達とも疎遠になったし」

「でも、出来てるじゃん。僕とか」

「あなたは特別でしょ?」

「まぁ、確かに。後藤は?」

「あなたと友達になったらセットみたいなものでしょ?」

 後藤……。お前はセット商品扱いになってるぞ。

「そうかぁ」

 僕の中で『ヘラルド』さんのイメージが勝手に出来上がってくる。小説を読むのが好き。イコール文学少女。周りの人たちには興味が無くて放課後は図書館に籠もっている感じ。なんかミステリアスで惹かれる男子が居てもおかしくないのにな。

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