ツブヤッキと小説家編

第1話 ツブヤッキ

 凛ちゃんの一件があってから半年。僕は二周した二年生をようやく終えて三年生になった。香織さんは一歩進んで四年生。

 香織さんは就職活動をしていなかったので、どうするのか聞いてみたら「そのままお世話になるわ」とさらりとした返事が返ってきた。

「は?」

「だからお花屋さんの店員、続けさせて貰うって言ってるの。一ノ瀬君のご両親からの了解はもう得ているわよ?」

「うっわ聞いてねぇ……」

「一ノ瀬君はどうするの?」

「まだ考えてない」

「まだ考えてないって……。もう一年無いわよ大学三年の三月には諸々始まるんだから」

「え?就活って四年生からじゃないの?」

「そんなんでよく大学生をやってるわね」

 花屋の開店準備をしながらそんな話をする。

 正直なところ、僕にはやってみたいことはあった。小説家だ。まぁ、といっても実際どうしたらよいのか分からないんだけどね。趣味で少し書いてるだけだし。

 

「後藤はどうするんだ?」

「俺か?俺は実家の酒屋を継ぐ感じだな。だから田舎に帰る。一樹はどうするんだ?」 

 ええと……これはなんて答えるのが正解だ?実家を継ぐと言いたいところだけど、そうなると香織さんと一緒に働くって言うことになるし、小説家になりたいって言ったら笑われる様な気がする。

「実家のアパート経営かな。だから経営学科に進学してるし」

「なるほどなー。実家が太いやつは羨ましいなぁ」

 小説家。まずは書かないと始まらない。今まで短編小説を書いては投稿サイトに載せたりしたけども全体閲覧件数は数百だ。トップレベルと比較しても仕方が無いけども流石にこの件数で食っていくなんて夢のまた夢だ。そんな時、投稿した小説に一件の感想がついた。感想がつくなんて初めてだったので非常に嬉しく思ったものだった。

 

「もう少し改行を積極的に入れてもらえると読みやすくなると思います。

 人の視点が変わる際には改行しつつ記号を入れていただけるとありがたいです。

 読んでいて気がついたら人が変わっていて軽く混乱しました」

 

 きちんと読んでくれてる。それに指摘もしてくれている。自分の小説を一人でも読んでくれた事に感動を覚えた。これだけで次の作品を書こうとも思った。

 

「何してるの?一樹おにーちゃん」

 いつの間にか僕の部屋に悠仁君が入ってきていて、パソコンで小説を書いているところを見られた。まぁ、悠仁君に見られて恥ずかしいとかそういうのはないので正直に「物語を書いているところ」と答えたら、完成したら読みたいと言われてどうしようかと思っていたら香織さんも入ってきていたようで。

「物語?小説とかそう言うの?それとも脚本とか?」

「ん?まぁ、そんなところ。ほら、店の手伝いは香織さんがやってくれてるから休日は時間があるから。暇つぶしに書き始めたんだよ」

「ふーん……。それって完成したらどうするの?なんかコンテストにでも応募するの?」

「コンテストに応募するには短すぎるかな。応募するには十万文字程度書けないと。今の僕には三万文字程度がいっぱいっぱいかな。ネタが尽きちゃうんだ」

「そんなものなんだ。涼花との一件を小説にしたら面白いんじゃないの?」

「や……。アレは流石に……」

 香織さんは涼花さんの一件についてどう思っているのか。結果的に僕の家の従業員かつ賃借人となった訳だけど。僕と距離が近くなってなにも思っていないのだろうか。

「ま、とにかく小説のネタなんてそこら中にあるだろうから頑張ってね。チェックして欲しかったらいつでも言って。ボロクソにしてあげるから」

「なんで最初からボロクソになるのが前提なんだよ。この前、きちんとした感想だって貰ってるんだぞ」

「感想貰えるのってそんなに難しいことなの?それなら毎回私が感想言ってあげてもいいわよ?」

 なんか嬉しいような恥ずかしいような。でも感想は欲しい。僕は「欲しい作品が出来たら頼むよ」とだけ言って小説の続きを書き始めた。

 

 そんな時、投稿済みの作品にまた感想がついた。同じ人からだ。今回の作品にもきちんとした感想を書いてくれている。僕の読者がついてくれたのだろうか。

 ポコン

 ツブヤッキの通知音だ。何だろうと見てみると新規フォロー通知だった。「次の小説、楽しみにしてます」とリプライもついている。小説のアカウントと同じだったので感想を書いてくれている人と同一人物だろうか。なんにしても僕の小説を読んでくれていると言うことだ。そんなことが分かって、今書いてる小説に力が入っていった。

 

「なんか最近スマホよく見てるけど、何かあるの?後藤君とのメッセージ?」

 香織さんが聞いてくる。香織さんとの関係というか距離感が後藤にも伝わったので、最近は三人で食事を取ったりするようになっている。

「いや。ツブヤッキのやりとり。最近、僕の小説の読者が定着してくれてさ。色々やりとりが始まったんだ」

「女の人?」

「さあ、どうだろうな。元々投稿数の少ない人だからよくわからん」

「ふぅん。そうなんだ。私も始めてみようかなツブヤッキ。面白い?」

「まぁ、知らない人と繋がれるから見識が広がるというか小説のネタになることもあるし。あとニュースとか新聞とかテレビより早いかな」

 そういうやりとりのあと、香織さんにアカウントの作り方を教えて香織さんもツブヤッキを始めることになった。

「あくまで匿名だから個人情報とか、特に自分の顔とかそういうのは投稿しない方がいいよ。香織さんの場合は特に」

 香織さんが自撮り画像なんて上げたらどうなるのか想像に難くない。変な奴らが群がるに違いない。

「お、なんですか?香織さんも始めるんですか?ツブヤッキ」

「ええ。と言っても今始めたばかりだから一ノ瀬君としか繋がってないけども」

「それなら俺とも繋がりましょうよ。僕のアカウントは『サモンド』香織さんは?」

「私は『おりりん』」

 後藤のやつうまく香織さんのアカウントをゲットか。こいつのツイートちょっと下品なものもあるからなぁ。それが原因で香織さんがツブヤッキ辞めないといいけど。

「あ、そうだ。この僕の感想を書いてくれてる人もフォローしてみたら?」

「そうね。アカウントはなに?」

 なんで感じで徐々に繋がりが増えていった。本当は匿名性の高いアプリだから友人通しで繋がるのはタブーな感じだけども香織さんと後藤なら別に構わないだろ。

 

 私は『ヘラルド』というアカウント名でツブヤッキを始めた。最初は一人で誰もフォローせず日記感覚で始めた。同じく暇つぶしで読み始めた投稿小説で気になる作品を見つけてツブヤッキで検索したら作者とおぼしきアカウントを見つけたのでフォローしたらすぐにリフォローが入ってきたので、それからというもの日常の何気ないことでお互いの反応があって楽しくなっていった。

「他にもフォローする人増やそうかな。とりあえずいつもやりとりしてる「イッキ」さんのフォローしているひとたちをフォローしてみようかな」

 桜陽葵(ひなた)はベッドでクッションを抱えながら独り言を言ってフォローボタンを押していった。

「あ、フォロー帰ってきた」

 こんなに早く帰ってくるものなのか。相手もフォロー・フォロワーは一桁だしそんなものなのかな。よくわかんないや。

 

 それからというもの香織さん『おりりん』、後藤『サモンド』、僕『イッキ』、いつも感想をくれる『ヘラルド』さんの四人で絡む回数が増えていった。食事の写真とか。

「んー……。なんか食事の写真。同じようなところで撮影してる気がするし『イッキ』さん達はリア友なのかな。そんな中に私が混ざっても良いものなのかな」

 ま、気にすることもないか。あ、次の小説、書くんだ。楽しみ。

 『イッキ』さんの書く小説は学園ものが多い。主に高校時代のものが。私は一人でいるから、小説の中の和気あいあいとした雰囲気に憧れを持っている。実際クラスのみんなで三、四人で固まって仲良く話をしている光景を目にしているから余計に。実際にあんな輪の中に入れてたら楽しかったんだろうなと思う。

「次の小説はどんな感じのものなんですか?」

「次の小説は放送部の話かな」

 小説のネタはその著者が体験、もしくは知識の範囲内でしか書かれない、もしくは憧れ。放送部のネタという具体的なものを書くとしたら『イッキ』さんは放送部経験がある人なのだろう。匿名でやってるんだから詳細を聞くのは御法度と分かっていても聞きたくなってしまう。

「放送部、やったことあるんですか?」

 聞いてしまった。返答はあるのだろうか。

「高校時代にね。ちょっとお手伝いした程度だけど」

 高校時代。ということは『イッキ』さんは大学生以上。いや、投稿時間とかお昼ご飯の内容からして大学生かな。他の人たちがリア友だとしたら、みんな大学生。高校生なのは自分だけだ。

「陽葵ー。ご飯できたわよー」

「はーい」

 お母さんに呼ばれて一旦ツブヤッキはおしまい。ご飯中のスマホは禁止されている。それにしても大学生かぁ。私も来年の春には受験だしツブヤッキに時間を取られてるわけにはいかないんだけどな。でもあれ、楽しくて。

 

「なあ一樹、『ヘラルド』さんって俺、高校生だと思うんだよね」

「なんで?」

「ほらこれ」

 見せられたの桜並木の写真。

「これのどこが高校生なんだよ」

「この影のシルエット。どう見ても女子高生だろ」

「うっわきっしょ」

 影のシルエットで女子高生判定とかストーカーかよ。

「なんでだよ。なんとなくそう思っただけだって」

「まぁ、言葉遣いとかそういうのを考えると高校生って言われるとそんな感じもしないではないけど」

「だろ?」

「だからなんなんだよ。まさか実際に繋がりたいとかそういうのか?匿名アプリで?後藤。マジでストーカーまがいな事だけは止めろよ……」

 仮に女子高生だとしたら僕の小説は高校生時代物が多い。あの感想はリアルなもの、ということになる。だとしたら参考にするにはうってつけかも知れないな。

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