第14話 微笑み

 その晩は僕は眠ることが出来なかった。寝息を確認するように凛ちゃんの横に寝転がって今までの事に思いを巡らせていた。初めて出会ったことからこの前の海での出来事、それに今日の出来事。さっきは全部叶えてあげたいって思ったけども、正直僕には分からない。

「ホント無責任なことを言ったよな……」

 深夜三時を過ぎた頃だろうか。静かに眠っていた凛ちゃんから寝息がしない。

「凛ちゃん?凛ちゃん‼そうだ救急車!ホテルのロビーに電話を……‼」

 すぐに従業員さんがやってきて手にはAEDを持っていた。

「お客様‼これを!」

 僕は凛ちゃんの服をめくって電極パッドを指示に従って貼り付けた。AEDから電気が流れる。かすかだが凛ちゃんの鼓動が戻る。そして心臓マッサージ。二回目のAED使用前に救急隊員が到着してタンカーに乗せて救急車に乗せて最寄りの総合病院に搬送。すぐに処置室に入った。僕は電話で凛ちゃんの親御さんに状況を伝えた。すぐに向かうとのことだった。

 凛ちゃんは処置が早かったおかげで一命を取り留める事が出来た。僕は親御さんに何度も謝罪をした。あのとき病院に戻っていたら……。そう考えれば考えるほど自分が悪いと思っていった。

 翌日、主治医の居る病院に転院してすぐに精密検査、結果は親御さんの希望で僕にも聞いて欲しいと言われて一緒に部屋に入った。

「次、同じようなことがあれば、命の保証は出来ません。今回は深夜に付き添いの方がおられたので大事には至りませんでしたが。一ノ瀬さんでしたか、あなたがそばについていなかったら危なかった。以後、外出はもちろん禁止、夜間の巡回も行いますので……」 

 部屋から出て僕は親御さんからお礼の言葉を貰ってしまった。確かに病院に居たとしても深夜三時に事が起きたら誰も気がつかない。僕は自分のした判断を責めていたが、それを聞いて少し肩の荷が下りた気がした。

 

「一ノ瀬先輩、本当に申し訳ありませんでした」

「いいよいいよ。なんで凛ちゃんが謝るのさ」

「全部聞きました。先輩がずっと私のことを看てくれてたから命が助かったって」

「ほんと大丈夫だから。でも焦ったよ流石に」

「すみませんでした。でも‼やりたいことリストが一つ埋まりました!一ノ瀬先輩に私のピンチを助けて貰う。リストちゃんと埋まりました……‼」

「どんどん埋めていくから。他には何があるの?」

「秘密です‼このリストは教えちゃったらダメなんです。私が叶えて貰うまで先輩は分からないんです!」

「そうか。分かった。できるだけご意向に沿えるように精進致します」

 

 そう言って笑い合ったのはこれが最後だった。

 

「バイタルは!」

「どんどん下がってます‼」

「打つぞ!」

 そう言って電気ショックを与える医師。それを呆然と眺める僕。さっきまであんなに元気に話をしてたじゃないか……。やりたいことリスト……まだまだ埋まってないんだろ?なんで……。なんでだよ……‼

 面会時間ギリギリまで楽しく会話してたんだ。それなのに……。それなのに……‼

「凛!」

 凛ちゃんの親御さんが到着した様だ。

「凛!凛‼聞こえるか!」

「君の一緒に頼む‼」

 呆然としていた僕に凛ちゃんのお父さんが叫ぶ。我に返って僕も凛ちゃんの名前を呼び続けた。

「バイタル微増!」

「凛ちゃん!」

「い…ちの……せせんぱ……い……手……」

「凛ちゃん!僕はここに居るから!居るから!戻ってこい!やりたいことリスト……まだ埋まってないんだろ‼」

 僕はそう言って凛ちゃんの手を握りしめた。

「バイタル低下し始めました‼」

「もう一度打つぞ!少し離れてて下さい!」

 電気ショックを与えて再び心臓マッサージ。凛ちゃん……。戻ってこい!僕はそう願って凛ちゃんの名前を呼び続けたが再び凛ちゃんの声を聞くことは出来なかった。

 

「本日はどうもありがとうございました」

 凛ちゃんの全てが終わった後に凛ちゃんのご両親からそう言われた。そして。

「一ノ瀬さん。これ。これは君が持ってて欲しい」

 そう言って一冊の分厚いバインダーを手渡された。

「これ……」

 中身を確認すると僕のノートのコピーがびっしりと丁寧に綴じられていた。

「このバインダーは凛の宝物で。中身が増える度にいつも喜んでて……」

 ページをめくる。どこまで行っても見覚えのあるものばかり。

「ん?」

 コピー用紙の束に混ざってルーズリーフが挟まっている。文字に日付と花まるがついている。

「これって……」

 見覚えのあるものばかりだ。

「なんだよ……全然埋まってないじゃんか……。まだまだ沢山あったじゃないか……誕生日だって、飲み会だって……」

 

 凛ちゃんのやりたいことリスト。

 

 夏休みが終わって十月、秋。

 僕は凛ちゃんに会いに行った。約束を果たすために。

 

「来たよ。凛ちゃん。会いに来たよ。やりたいことリスト……埋めに来たよ。誕生日だろ……」

 

 そう。僕は最後に書かれた凛ちゃんのやりたいことリストを埋めに来たのだ。

 

 ・私より先に死なないこと!

 ・誕生日に私のお墓参りに来ること!

 ・それでもって私の事を忘れること‼

 

「埋めたいけど……。やっぱり埋められないや……。凛ちゃんを忘れるなんて僕には……」

「すぐには無理でも、それが凛ちゃんの願いなら叶えてあげたほうがいいと思うわ」

 独りじゃ無理でしょ?と言って一緒についてきた香織さん。

「無理だよ……」

「それじゃ、こうしましょ?年に一回は思い出してあげること。それ以外は忘れること。ね?凛ちゃんも一ノ瀬君のことをずっと縛り付けるのは願っていないと思うわ」

 

 僕は秋晴れの青空を眺めて飛行機雲を目で追った。

 こぼれ落ちる涙を堪えて空に誓う。

 

「凛ちゃん。僕は前に進むよ。凛ちゃんはそこから僕を見ていてくれ」

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