第13話 指輪
海から帰ってしばらくしても凛ちゃんの体調は順調。このまま行けばもう一回位は遊びに行っても良いと医師に言われたとのことだ。とても喜ばしいことだ。
「凛ちゃんはどこか行きたいところはあるの?」
「あるにはあるんですけど……今はどうなんでしょうか……」
「遠くに行くとかそう言うの?」
「そんな感じです。お泊まり、したいんです」
「旅行かぁ。それはハードルが高いやりたいことリストだな。先生はなんて?」
「流石に……」
だよなぁ。旅先で万が一のことがあったら事だもんなぁ……。
「旅行?」
帰宅してから香織さんに相談する。
「そう。次のやりたいことリストなんだって。でも流石に旅行は先生にも止められているようで」
「それって遠くに行かなきゃダメなの?お泊まりがしたいって言うだけなら都内のちょっといいシティホテルでも宿泊すればいいじゃない。ディナーも豪華にして。そうだ。プールもあると思うからナイトプールなんてのもいいんじゃないの?」
そうか。それなら万が一何かあってもすぐに帰って来られる。明日凛ちゃんと先生に相談してみよう。
「どうだって?」
凛ちゃんが問診の時に聞いてくれたようだ。
「条件は絶対に一人にならないなら大丈夫だって」
「おお‼でも親御さんはいいの?」
「まだ話してないけど、多分大丈夫。一ノ瀬先輩が一緒だからって言えば」
「むしろ僕と一緒に行くのがいいのかなって。彼氏とお泊まりだよ?」
「大丈夫です!」
なにが大丈夫なのか分からないが、ここは凛ちゃんに任せよう。
「おおー」
ホテルのロビーは吹き抜けで天井が高くとても豪華な作りだった。
凛ちゃんの親御さんは結構あっさりと行って良いと許可をくれたらしい。僕も一応母さんに許可を取ったら何故か十万円も握らされた。それで僕たちは学生には不釣り合いのシティホテルに来ている。チェックインカウンターで手続きを済まして部屋に入ると何人泊まれるんだという作りにびっくりした。
「このシャワー、どうやって浴びるんだ?透け透けじゃないか」
「一ノ瀬先輩が外に出てればいいんじゃないですか。あ、でも独りになっちゃいけないんでしたっけ?って、変なこと考えました?」
「ちょっとだけな。でもちょっとだぞ!」
「いいんですよ。私は一ノ瀬先輩の彼女ですから。そういうのもいずれは……」
「やりたいことリストに書いてあるの?」
「そんなこと聞かないで下さい!」
そう言ってソファーにあったクッションを投げられた。確かに今のはデリカシーに欠ける発言だった。
僕たちは部屋に閉じこもっててもつまらないと言うことで高級ブティックの並ぶ通りを手を繋いで歩く。買いもしないのにお店に入っては値段を見て「おー」とか言って回るだけで楽しかった。
「とてもよくお似合いですよ」
冷やかしで入ったお店で店員さんの押しに負けて試着。値段を見ても買えない金額じゃない。「いいんじゃない?すっごく似合ってる。買っちゃおうか」
「あ、でも……」
「いいのいいの。これくらい彼氏なんだから格好いい事させてよ」
そう言って指輪をプレゼントすることになった。シルバーに小さなダイヤモンドが入ったシンプルなもの。真っ白な凛ちゃんの指にとても似合っている。
「ありがとうございます!」
店を出てから元気にお礼を言われたので買った甲斐があったものだと僕まで笑顔になった。とても嬉しそうに指輪を触りながらいつものように左腕には凛ちゃんが絡みついてくる。いつまでもこんな時間が続けばいいのに。
ホテルに戻って夕食の時間までテレビを見たりゲームが借りられると言うことで借りて楽しんだり。ゲームを一緒にやるというのも、やりたいことリストにあったらしい。
「そろそろ夕食に行こうか」
僕たちはレストランに向かった。周りの宿泊客とおぼしき人たちの服装と自分たちの服装を見比べてしまって、本当に大丈夫かと思ったけど、一応のドレスコードはクリアしてるらしい。すんなりと入れた。
「先輩はお酒飲んでもいいんですよ?私はまだ二十歳の誕生日が来月なので飲めませんが」
「いいよいいよ。酔っちゃって万が一のことがあったら事だし」
「あ、そういうのは今回は無しです」
「ああ、すまない」
今回のお泊まりでは病気のことは一切話さない、と約束したんだった。
今回はイタリアンのフルコース。流石プロの仕事だ。丁度良い間隔で料理が運ばれてくる。
「あ、私ちょっと化粧室行ってきますね」
「ああ」
最後のティーとお菓子が出て来たところで凛ちゃんは席を立った。
「遅いな……」
嫌な予感がする。まさか……。僕はいてもたってもいられず席を立って化粧室に向かった。レストランから化粧室の間には凛ちゃんは居なかった。化粧室の中にいるのか?でも僕が入る訳には行かないし……。
「あ!」
ホテルの従業員さんが居たので事情を話して確認してもらったけども凛ちゃんは居なかった。
入れ違いでレストランの席に戻っているかと思って行ってみたがそこにも居ない。
「凛ちゃん、どこに行ったんだ……」
と再びレストランを出て展望ロビーの方を見たら窓ガラスから夜景を眺めている凛ちゃんが居た。
「凛ちゃん‼」
無言で振り向く凛ちゃん。
「私……もうダメかも知れない……今日はこんなにも幸せなのに……」
そう言って凛ちゃんは泣き始めた。理由も分からないしどうしたらよいのかと逡巡したけど、凛ちゃんの心が逃げるような気がして凛ちゃんを抱き寄せた。
「ダメじゃない。凛ちゃんはダメじゃないよ……」
「なにが分かるって言うんですか……一ノ瀬先輩になにが分かるって言うんですか!」
「凛ちゃん?どうしたの⁉」
凛ちゃんが僕の胸を叩き始めた。
「さっきね。化粧室で気を失ったの。気がついたら時間が飛んでた。落ち着こうとここに来たけど椅子に座ったらまた意識が飛んでた!」
帰った方がいい。そうに決まってる。でも僕は凛ちゃんにとってのこの時間は特別なものなんだ。そう思って部屋で休むことを選んだ。
「落ち着いた?」
水を持ってきて凛ちゃんに飲ませてから尋ねる。無言で頷く凛ちゃん。
「良かった……」
僕は胸を撫で下ろした。あのまま凛ちゃんが興奮状態になっている方が身体に悪い。凛ちゃんをソファーからベッドに移って横になるように促したら凛ちゃんは素直に従ってくれた。
「一ノ瀬先輩。もし、ですよ?明日起きたとき私が息をしてなかったらどうしますか?」
「縁起でも無いこと言うなよ」
「でも……」
「大丈夫。僕がずっと一緒に居るから。やりたいことリスト、まだまだ残ってるんだろ?」
「はい。残ってます。たくさんたくさん残ってます」
「だったら大丈夫。全部叶う。きっと」
僕は無責任かも知れない。リストの内容も知らないのに全部叶うなんて。でも凛ちゃんのやりたいことリストは全部叶えてあげたい。
凛ちゃんは僕がトイレから戻ってきたら静かに寝息を立てていた。僕は布団をそっと被せて凛ちゃんのおでこにキスをした。
「……はい、そうです。今は静かに眠ってます」
凛ちゃんのご両親に報告。意識が飛んだと言う話は心配を掛けまいと話さなかった。
僕は凛ちゃんの行った言葉が頭の中でリフレインして止まない
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