第10話 私の秘密
「ただいまー」
「お帰り、凛。今日は大丈夫だったの?」
「うん。大丈夫だった。彼も色々と気に掛けてくれてたからもしかしたら、もうバレてるのかも知れないけど」
そう言って二階の自室に着替えに行った。部屋に入って着替えてからベッドに腰を下ろしたら一気に緊張の糸が切れて、そのままベッドに倒れ込んだ。
「先輩の腕、暖かかったな」
ずっと腕組みをしていた右手を天井にかざして今日一日のことを思い出す。
「そうだ」
観覧車で撮影した写真、早速飾らないと。フォトフレームはもう買ってある。いつか一緒に写真を撮ろうと思ってたから。最初はプリクラかなって思ってたからこれは大収穫だ。
「やりたいことリスト。また埋まっちゃった」
その写真を見返して、香織さんと一ノ瀬先輩はなにもないんだ。と自分に言い聞かせていた。
翌日、今日は私の検査日。昨日のことが何か影響してないと良いんだけども。検査の内容はいつも通り。採血してレントゲン撮影してからの問診。
「どうですか、先生」
お母さんが先生に不安そうに質問をする。
「安定してますが、引き続きの注意が必要です。心臓に負担のかかることは引き続き避けて下さい」
良かった。昨日のことはなんともなかったんだ。もっと一緒に先輩と居られる。
検査日の翌日。
昨日の疲れが出たのか日曜日の昼過ぎまで寝てしまった。リビングに降りるとお昼ご飯とメモが置かれていた。
「ちょっと出掛けてきます。お昼ご飯、ちゃんと食べるように」
なんとなく想像は付く。病院に行ったのだろう。昨日の検査ではあんなことを言われたけども多分私の身体は想像以上に悪いのだろう。やりたいことリスト、全部埋まるかな……。
私はお昼ご飯を食べながらスマホのメッセージを確認すると一ノ瀬先輩から写真が送られてきていた。香織さんも一緒に撮影した三人の写真、観覧車のゴンドラで撮影した二人きりの写真。疲れちゃって昼間で寝てました!と返事を打って私はまたベッドの中に入った。今日は休養日。しっかり休んで来週もしっかり大学に行って一ノ瀬先輩と過ごすんだ……。
「というわけですので、より一層の注意が必要です。次、倒れるようなことがあったら入院が必要です」
「そうですか。分かりました……その……凛はあとどのくらい……」
「本人の体力次第ですのでなんとも」
今日はお弁当を作る日。日曜日に休養もしっかり取ったし、今日は気合いを入れて作るぞ!
「まずは定番のだし巻き卵、それにソーセージ……なんかお子様弁当みたい」
ここ最近お弁当を作っていて一ノ瀬先輩の好みがなんとなく分かってきた。正直、私の食べられるものとは違ったけど、違うお弁当を作るのはアレだし。お昼ご飯はちょっと量を減らせば問題ない。そう思って作っていた。はずだった。
「凛、凛!」
「あれ?お母さん?」
「良かった……!目が覚めて」
「ここは……」
周りを見回すとそこは見慣れた風景。私、また倒れちゃったんだ。
「お母さん、私、どのくらい寝てたの?」
「そうね。大体三日位かしら」
「三日も……。そうだスマホ取って」
確認すると案の定、先輩からのメッセージがたくさん来ていた。なんて返事を返せば良いのだろう。スマホを両手で持って呆然としていたら先生がやってきた。
「榊原さん、ちょっと……」
母さんがまた先生に呼ばれて病室から出て行った。私は三日間も寝ていたらしい。多分相当良くないのだろう。今までは倒れたと言っても数時間で目が覚めていた。私はインフルエンザで寝込んでいた、とちょっと苦しいメッセージを一ノ瀬先輩に送ったら即返事が返ってきた。
「大丈夫?」
「もう大丈夫。だいぶ熱が上がってて返事、出来なくてごめんなさい」
もう大丈夫。そう返事をしたけども明日から大学に行くのは無理だろう。なんて言い訳をすればこの状態を一ノ瀬先輩に隠すことが出来るのだろう。
「凛ちゃん、やっぱり心配ね」
「ああ。やっぱり遊園地に行ったのが負担になったのかな」
「恐らくは。多分相当悪いんじゃないかしら。三日も返信が無かったんでしょ?未読のまま」
「うん」
僕たちは日課の水曜日お見舞いのために病院に来ていた。いつも通り香織さんのおばあちゃんの話し相手をしてからロビーに降りた。
あれは確か……。ロビーの自販機に飲み物を買いに来ていた時に見かけた顔が通り過ぎていった。
「そうだ、凛の部屋に飾ってあった写真の……」
最近、凛にできたという彼氏。一ノ瀬君だったかしら。なんで別の女の子と一緒にこんなところに……。凛には黙っておいた方が良さそうね……。
「今日も凛ちゃん、学校に来られないって。なんかおばあちゃんの家に帰ってるって言ってるけども」
「本格的に悪いのかも知れないわね。ここまで来たら、様子を伺いに行った方が良いと思うけど、どう思う?」
「結菜さんに様子を聞いてみるのはどうかな」
「あの三宅さんって言う人?」
「そう。なんか凛ちゃんと仲が良いみたいだから」
そう思って学内で結菜さんを探したけれど見当たらない。参ったなぁ。連絡先聞いておけば良かった。
「凛、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫です。医者が大げさなんですよ。ちょっと倒れたくらいで一週間も入院だなんて。そうだ。三宅先輩は学校で一ノ瀬先輩のこと見かけたりしてますか?」
「たまに見かけるけど。何か伝えておいた方が良いか?」
「大丈夫です。変な心配掛けさせちゃうとこっちが困っちゃいます。それに今はおばあちゃんの家に帰ってる事になってるので心配ないです」
「あら三宅さん、お見舞いに来てくれたのね。ありがとう」
「いえ、そんな。親友ですから」
そう。凛は私の親友。だから凛に何かあったら私もどうしたらよいのか分からない。ここに来る途中に結菜さんが働いてる花屋でお見舞いの切り花を買ったけども、大学の授業の時間だし当然ながら本庄さんは居なかった。まぁ、居ない方が都合がよかった。
「それじゃ。私は帰るから。来週からは学校に来られそうなのか?」
「予定では」
「それじゃ。待ってる」
メッセージでのやりとり通り、月曜日から凛ちゃんは学校に来ていた。お弁当は寝坊して無し。まぁ、贅沢は言っていられない。おばあちゃんの実家に帰っているというのは恐らく嘘だろう。インフルエンザだって本当か分からない。
遊園地での香織さんの言葉を思い出す。『凛ちゃん、多分だけど身体が弱いんだと思う』その通りだとしたら入院とかしていたのかも知れない。こちらから積極的にメッセージを送ったら既読返信しなきゃと負担になるかも知れない。そう思って、メッセージは控えめにした。
その週はなんとか一週間学校を乗り切った。いつもの私で居られたかな。先輩もいつも通りに接してくれてたし。大丈夫。きっと大丈夫。今週末は法事だから連絡が取りにくいとメッセージを送ってから一泊二日の検査入院。最近、病院に行く頻度が上がっている。このままじゃいつバレてもおかしくない。先に打ち明けてしまった方が身体の負担は軽いのだろう。でもそれは一ノ瀬先輩に負担を掛けることになる。これまでの大学生活が送れなくなる。それは嫌だ。
「一ノ瀬せんぱーい。おはようございまーす」
いつものように先輩の腕にしがみつき付こうと駆け寄った時だった。ふっと意識が飛んで気がついたら先輩の胸の中にいた。
「ちょっと凛ちゃん。いきなり抱きつくのは……」
「あ、ごめんなさい!つい……」
「ああ、いいんだけどさ。大丈夫?」
「え?私なんか変ですか⁉」
「いや、いつもの凛ちゃんかな」
その日の講義。二年生の必修科目はいつも一緒に出ている。伝説の一ノ瀬ノートを超えてみせるっていつもは真面目に授業を受けてノートもしっかり取っているはずなのに、今日はうつらうつらしている。相当眠いのかな。今日はお弁当も作ってきてくれたし。早起きしてるんだろうな。僕はそう思って後でノートを貸せば良いだろう、そんな風に楽観視していた。
「凛ちゃん?」
今日の講義はこれでおしまい。熟睡してしまっていた凛ちゃんを起こそうとしたがなかなか起きない。相当疲れちゃってるのかな。僕は凛ちゃんを軽く揺すった。
ぱたり
凛ちゃんが僕の方に倒れ込んできた。
「ちょっと凛ちゃん、こんなところで……」
ん?何か違う。最初は意図的に僕の方にもたれかかってきたのかと思ったけどそうではなかった。
「凛ちゃん‼」
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