第9話 やりたいことリスト
「やあ凛ちゃん。今日も元気いっぱいだね」
「はい‼」
今日は自宅最寄り駅前で待ち合わせて大学に向かった。凛ちゃんが先に来ていて僕が見えるなり「一ノ瀬せんぱーい‼」なんて大声出しながら手を振ってきたのでちょっと恥ずかしかった。
今日はちょっとした計画がある。昨晩香織さんと練ったプラン。大学でばったり出会ってそのまま一緒に家に帰る、という流れで説明する、というもの。ちょっと稚拙な感じがしたけどわかりやすいし良いと思った。
「あ。香織さん。これから下校?」
「そう。今日もよろしくね」
「一ノ瀬先輩、何の話です?」
「ああ、知ってるだろ?僕の実家で香織さん、働いてるって」
「なーんだ!そういうことですか!びっくりしましたよ。いきなりよろしくなんて」
そう言って僕の手を握ってきて香織さんと僕の間に割って入ってきた。
「大丈夫。そんなことしなくても彼を取ったりしないから」
「そもそも僕と香織さんなんて釣り合いが取れないだろ?」
ちょっと失礼な事を言ってしまったな。釣り合いが取れない、つまり釣り合いが取れてる凛ちゃんが香織さんよりも整ってない、ということになってしまった。案の定、凛ちゃんはちょっとふくれっ面になっている。僕は香織さんにヘルプの目線を送った。香織さんより背の小さい凛ちゃんには分からない様に。
「そんなことないでしょ?一ノ瀬君にこんな可愛い子、既に釣り合いが取れてないわよ」
ちょちょちょっと。それって私は美人ですからって言ってるのと同じだよ香織さん‼
「うー……」
ほら。凛ちゃんがご立腹になってる。
「先輩にとって香織さんってどんな存在なんですか。なんか似たような事を言ってて怪しいです」
そう言って凛ちゃんは僕の腕に絡みついてきた。ここはチャンスなのか?ただの店員で親の都合で同じマンションに住んでるって言えば!
「あ、いや、さっきも言っただろ?ただの従業員だって。あ、強いて言うなら僕の家の上、賃貸に出しててさ、お互いの親の都合で香織さんはそこに住んでるっていうか……」
凛ちゃんのふくれっ面が最高潮になっている。ま、マズかったかな……。
「……本当にそれだけなんですかぁ?あやしいなぁ……」
「本当にそれだけだって。仮に香織さんと何かあってそれを隠して凛ちゃんと付き合うってなんのメリットが僕にあるの。二股だったら今、修羅場になってるはずだよ⁉」
ふくれっ面が少ししぼんだ。
「分かりました。じゃあ、私の事を好きって言って下さい」
「え?ここで?」
「はい。今すぐここで」
「凛ちゃん、ここ駅のホームだよ⁉せめて駅降りてからにしない⁉」
「分かりました」
仏頂面でそう返事をして来た。僕は心の準備が出来ないままに自宅最寄り駅に電車は滑り込んでしまった。
「はい。一ノ瀬先輩」
凛ちゃんは少し離れて両手を広げて何かを待っている。まさかその両手に飛び込んで好きだと言うのか?そうなのか?
「り、凛ちゃん。もうちょっと向こうに行こうか」
「嫌です」
なんという羞恥プレイ。仕方ない。ここは覚悟を決めて。僕は凛ちゃんの腕の中にゆっくり入っていった。瞬間、抱き!
「はい‼一ノ瀬先輩どうぞ!」
「どうぞってその……。り、凛ちゃん。す、好きだよ」
「聞こえません。もう一度お願います」
僕は周りを見回してからもう一度好きだと言った。凛ちゃんの背後に立っていた香織さんは明らかに笑いを堪えている。
「分かりました。私も大好きです。もうちょっとこのままで良いですか?」
「お、おう」
時間にしたら数分だったと思うが僕には永遠に感じた。周りの視線が刺さりまくってひどく気になって。
「あははははは‼」
「そんなに笑わなくてもいいじゃないか」
夕食後に僕の部屋でいつものようにゲームを興じる。
「だって一ノ瀬君、棒立ちなんだもん!抱きしめてもらってたんだから抱きしめ返さないと!」
「だって恥ずかしかったんだよ。仮にだよ?香織さんが逆の立場だったらどう?」
「やだ。そんな男」
真面目な顔で速攻返事。あーん。ひどい仕打ちだ。でもまぁ、あれもやりたいことリストの一つだろうから。ゆっくり一緒に歩いて行こう。
日付は変わって今日はデート。先日の抱擁事件があった後に、今週末にデートに行こうと誘われたのだ。香織さんも一緒に。まだ怪しんでるだろこれ。
「おはようございます!今日はよろしくお願いします!」
「はい。よろしく。凛ちゃん。今日も可愛いね」
「え……。先輩どうしちゃったんですか……なんか怖いです」
なんで‼可愛い彼女を褒めてなんで怖がられるの!香織さんはそんな会話を聞いて笑いを堪えている。
「えっと、やりたいことリスト?にあると思って。可愛いって言われるの」
「確かにありますけど、なんか考えてたシチュエーションと違いますぅ」
「そ、そうか。悪かったな。また今度やり直そうな。な?」
そう言うとようやくいつもの凛ちゃんの顔に戻ってくれた。折角なので目的地に向かう電車の中で、やりたいことリストについて聞いてみた。
「この前、駅のコンコースで好き、っていわさ……、言った日あっただろ?あの日いくつのやりたいことリストが埋まったんだ?」
凛ちゃんはにこーっと笑って「いくつでしょう?」と聞いてきたので、思い当たる節を答えてみた。
「うーん多分、腕組み、抱きしめ、あと好きって言ってもらう、の三つかな?」
「もう一つあります」
「もう一つ?」
「はい。もう一つです」
しばし考えるも思いつかない。香織さんに聞くのもアリか確認を取ってから聞いてみたが、同じポイントかと思ってたという返事。
「なんだろうな……」
「ヒントです。この前はうやむやだったので、今日もう一回やることです!」
「今日もう一回?」
「そうです。だから見逃さないようにして下さいね」
今日は大丈夫。水族館の時と同じくらいに調子が良い。だから大丈夫……。
「へえ。都内ど真ん中にあるのにすごいな」
上水橋駅にある遊園地。都会のど真ん中に野球場やら遊園地に温泉まである。存在は知っていたが来るのは初めてだ。
「へぇ、入場は無料なんだなここ」
「はい。そうです!まず始めに……」
遊園地に入ってからと言うもの僕の左腕には凛ちゃんがずっと絡まっている。一時も手放さないぞ、というような強い意志を感じる。香織さんは「そんなにしなくても取らないから」と言っていたが「ダメです!」と譲らない。僕は感触の良いものが腕に当たり続けてちょっと嬉しいような、これでいいのか?というような気持ちになっていた。香織さんならもっと……。
「凛ちゃん、お化け屋敷とかいけるクチ?」
「びっくり系はちょっと苦手です」
「そうか。じゃあ別のところに行こうか」
そう言って移動しようとしたときだった。
「じゃあ、私と一ノ瀬君で行ってくるから凛ちゃんはそこで待っててくれる?」
「え?」
凛ちゃんと僕の声が重なった。香織さんはなんでそんなことを。なんて考えてたら二人分のチケットを買ってきてしまっていた。
「凛ちゃん。ちょっと一ノ瀬君借りるわね」
「……はい」
渋々といった感じで了承してくれたけども、香織さんは一体なにを考えているのか。答えはお化け屋敷の中に入ったらすぐに分かった。
「ふぅ……。やっと二人っきりになれたわね」
「ああ。そうだけど。どういうつもり?凛ちゃんに悪いだろ」
「そうなんだけど、ちょっと話したいことがあって」
「なんだ?」
妙に改まった感じで言われたので内心ドキドキしていた。
「凛ちゃん、無理してるわよ。気がついてた?」
「え?」
「やっぱり。鈍感なんだから。凛ちゃん、多分だけど身体が弱いんだと思う。それを隠すために元気いっぱいを演じてるんだと思う。気がついてた?絶叫系とか、こういうお化け屋敷とか心臓に負担のかかるアトラクションは避けてたでしょ?」
「まぁ、確かに……。単純に苦手だからかと思ってたけど……」
「注意するに越したことはないでしょ。だからこの後はそのつもりで居た方がいいわよ」
「それと」
「まだ何かあるのかよ」
「凛ちゃんのやりたいことリスト、この前出来なかったことは多分なんだけど、私から一ノ瀬君を奪い取る、だと思うから、このお化け屋敷を出たら存分に凛ちゃんの言うことを聞いてあげて。私はその度に残念そうなリアクションを取るから」
「奪い取るって。香織さんと僕ってそう言う関係じゃないでしょ?」
「馬鹿ね。一緒に仕事してる身なのよ?疑ってもおかしくないでしょ」
「まぁ。分かった」
「ふいー……。凛ちゃん行かなくて正解だったかも知れないよ。結構な感じだった」
「そうなんですか!良かったですー。私、ああいうの苦手なんで……。でも一ノ瀬先輩が楽しんでくれたのならそれで!」
凛ちゃんの反応にさっき香織さんに言われたことを当てはめてみる。途中、ちょっとスリルのある感じのものの好き嫌いの感触を確かめてみたらやっぱり避けている節がある。それと。お化け屋敷から出て来てから僕に絡まる腕に更に力が入るようになった。
「それじゃ。最後の〆はやっぱり観覧車でしょ」
僕がそう言ってみんなを観覧車に誘うと。香織さんは「折角なんだから二人で乗ってきたら?」といってベンチに腰を下ろした。
「凛ちゃん乗る前に写真撮影されてるの、後で買わないかっていわれるやつだと思うから目いっぱいの笑顔で頼むよ」
「はい‼」
「次の方、どうぞー」
写真を撮影してから二人で観覧車のゴンドラに乗り込む。そして開口一番に凛ちゃんはこう切り出した。
「一ノ瀬先輩、香織さんとバイトも一緒で、更に一緒に住んでて本当になにもないんですか?」
「ないない。言っただろ?この前も」
「そうなんですけど……」
だったらなんで病院なんかに二人して来てたの。あの時の二人は友人とかそういうのじゃ内容に見えた。でも聞けない。私も病院に居たなんて。
「ところで凛ちゃん。やりたいことリストのやり残し、達成できたの?」
「うーん。半分ちょっとですけど達成中です」
「達成中?あ、もしかして香織さんの前で二人きりになるとかそういうこと?」
「はい!正解です‼正確には奪い取る、だったんですけど先に香織さんが譲ってくれちゃったんでちょっとだけ未達成ですけど、こうして一ノ瀬先輩を独り占め出来たので結果オーライです!」
凛ちゃんはそう言って僕の隣に座り直してべったり引っ付いてきた。誰も見ていない場所なので僕もそれに応えて凛ちゃんの頭を撫でてあげた。
「あ……。やりたいことリスト、もう一つ達成です……」
なるほど、頭を撫でる。があったのか。雰囲気的にキスでもしたら更に達成なんだろうけど……。と凛ちゃんの方を向いたら、凛ちゃんは上を向いて僕の顔を見ている。これは期待し居てるのか?これは男としてキメるところなのか?生唾を飲み込んでゆっくりと凛ちゃんの顔に近づいてゆく。これはこのまま……。と思ったところでストップが入った。
「ダメですよ」
そう言って僕の唇を人差し指で押さえてきた。
「それはもっと後に書かれてます」
内心はしたかった。でもドキドキに耐えたれるか分からなかったから。
「そうか。それはすまなかったな。そうだよな。確かに早すぎるよな。僕、彼女が出来るのは初めてだから……。その距離感とか分からなくて」
「大丈夫です。私もそうですから」
そう言って私は夕暮れ迫る都会の夕日を眺めていた。
「お疲れ様でしたー」
ゴンドラから下りたら案の定、さっきの写真販売があったので千円支払って凛ちゃんに買ってあげた。予想以上に喜んでくれて良かった。
「良かった?」
「はい‼それはもう綺麗な夕陽でした!それに一ノ瀬先輩を独り占め出来ました!」
「そうね。こっちに来てから私も一緒だったもんね。取られちゃったかな」
内心、香織さんにはもうバレているのではないか、とビクビクしだけども、その後の夕食でも、そんな素振りは一切見せてこなかったので私の取り越し苦労だったのかも知れない。
「それにしても今日は目いっぱい遊んだな。流石に疲れたからそろそろ帰ろうか。凛ちゃんも疲れたでしょ?」
「はい。ちょっと疲れました」
「あんなにずっと抱きついてたら疲れるって」
帰りの電車の中では手を繋ぐだけで腕に絡みついてくることはなかった。何にしても彼女のデートプランは無事に完了したようで何よりだった。
「それじゃ!私はこっちなので!」
「いやいや、凛ちゃん家まで送るよ」
「大丈夫です!」
「そ、そう?」
「はい!」
「それじゃ、今日はお疲れ様。楽しかったよ」
そう言って駅で二手に分かれて歩き出した。
「香織さん、遊園地で言ってた件あったじゃない?凛ちゃんの身体のこと。アレって本当なのかな」
「多分ね。家まで送るって言うのはきっとやりたいことリストのもっと後の方なんじゃないかしら?多分だけど親御さんに会わせる訳にはいかない事情があるのかも知れないわね」
「そんなものかなぁ。家の前まで行くだけだぞ?」
「分からないわよ私もそこまでは。でも凛ちゃんがああ言ってるんだし、無理に押し込むこともないでしょ。それで?そのやりたいことリストのやり残した事って言うのは達成できたのかしら?」
「それは半分達成、だそうだ。香織さんから僕を奪い取って二人きりになる。っていうのが目的だったらしいけど」
「ああ、私が先に譲っちゃったから半分、なのね」
「そういうこと。それじゃ、私は帰るからここで」
自宅の二階の踊り場でそう会話して僕たちはそれぞれの家に帰っていった。
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