第8話 共同生活

「昨日はすみませんでした」

「いいよいいよ。だけども用事に遅刻したって大丈夫だったの?」

「はい。それに本当は大した用事じゃなかったので」

 本当は違う。また臨時検査で病院に行っていたなんて一ノ瀬先輩に知られたら。そんなの嫌だ。私は普通の女の子でいたい。

「だったら良いんだけど」

「でも今日も寝坊してしまったのでお弁当は無しです。ごめんなさい」

「いいよいいよ本当に。無理しないで。今日は食堂で何か食べよう?」

「はい」

「たまには食堂の肉うどん。食べたくなるんだよね」

 私がお弁当を作っている理由。塩分とかそういうのをきちんと計算しないといけないから。じゃないといつまた発作が起きるか分からない。お昼になって食堂に初めて来た。いつもはカフェテリアで食べている。カフェテリアはきちんと成分表示があって安心が出来るけど、食堂の方はなにも書かれていない。先輩は今朝の宣言通り肉うどんを注文していたが、私は差し障りがないであろう釜揚げうどんを食べることにした。

「凛ちゃん、それだけで大丈夫なの?きつねうどんとかにした方が良かったんじゃないの?」

「いえ、今日は寝坊して朝ご飯も遅かったので、あまりお腹も空いてないですし……」

 凛ちゃん、今日はなんだか元気がないな。いつものグイグイする感じがしない。具合でも悪いのだろうか。だとしたら今日はいつも以上に優しく接した方が良いのかな。

「凛ちゃん、今日は本当に大丈夫?」

「え?大丈夫ですよ‼ちょっと眠いくらいです‼」

「そうか、ならいいんだけど」

 いつもの凛ちゃんが帰ってきた。僕の気のせいなのだろうか。その日は普通に講義を受けて凛ちゃんと一緒に図書館でノートをまとめて。一緒の電車に手をつないで乗って帰ってきた。

 

「今日は何かあった?」

 香織さんがいつも通り夕食後に僕の部屋に悠仁君と一緒に来てゲームをやっていた時に聞かれた。

「なんだ?プライベートな事だから聞かなかったんじゃないのか?」

「ちょっと気になることがあって」

「なに?」

「私がコンビニのバイトクビになった時に一緒に働いてた池田って言う人が居たんだけどね、その人と三宅結菜さんだっけ?凛ちゃんと仲の良い人。その人と一緒に居たのを見たのよね。後からの噂でバイトクビになったのってその池田って人が店長になんか言ったらしいって知ってね。だからなんか関係あるのかなって思って。同じ三宅って名字だし」

「ああ、それか。僕も気になって昨日その三宅結菜さんって人に聞いたよ。姉妹とか居ませんか?って」

「ずいぶんストレートな聞き方をしたんだな」

 香織さんは僕のベッドの上でストレッチをしている。

「まぁ、関係あったら凛ちゃんとのこともちょっと注意しなきゃなって思っちゃって。でも取り越し苦労かな。そもそも全然似てないし」

 例の三宅涼花の仕掛けてきた復讐劇は終末を迎えたはずだ。本当に今年に入ってから一切姿も話も聞いていないからこの前香織さんが言っていた通り退学したのかも知れない。退学してまでまだ僕たちに嫌がらせをする意味はあるのだろうか。あまりメリットがない気がする。僕も留年したし、香織さんもそれなりに苦労させられたはずだ。仮に退学したのならその腹いせに何かする?まぁ、その可能性を考慮して色々確認してたんだけども。

「そ。なら良いんだけど。こっちはなんにもないから安心して」

「そうか」

 

「涼花、一ノ瀬君への復讐ってもう終わったんだよね?」

「結菜もしつこいな。もうあのことは考えたくないの。退学したのはあのクソ教授の差し金だし。私との関係をバラすとか方法はあったんだけど、その噂が学内に広がってダメージ受けるの、私だし。ホントもうなにもないから」

「ならいいんだけど。ほら。いつも話してる凛と一ノ瀬が付き合い始めたから。一ノ瀬に何かあったら凛がショックを受けると思ってな」

 結菜はそんなことを言ってるけども、香織が一ノ瀬の家に転がり込んでバイトもしてる。なんのダメージも受けてないのは気に入らない。と思っているのは知っている。私が心配しているのは凛のことだけ。それに関わることは芽を摘んでおきたい。

 

「凛。ちょっといいかい?」

「なんですか?三宅先輩」

 凛が一ノ瀬君から離れたのを見計らって声を掛ける。最近の凛は一分一秒も惜しいといった感じで一ノ瀬君に引っ付いている。話すタイミングも難しい。

「凛は最近、身体の調子はどうなんだ?」

「ええと。この前ちょっと発作が出て倒れちゃって臨時検査を受けただけかな。それ以外は大丈夫」

「ちょっと倒れたとか大丈夫じゃないじゃない」

「大丈夫。先生もそんなこと言ってたし」

 本当は一ノ瀬先輩のことを考えていて検査結果をほとんど聞いてなかったんだけど。三宅先輩にこれ以上心配を掛けさせるのは悪いし。

「凛はさ、一ノ瀬君と香織さんがどういう関係なのか知ってるのかい?」

「ええと。正直よく知らないです。私たちが一緒に居るときは挨拶もしないので。でもおかしいですよね。お店の経営者というかそっちの人と従業員がなにもないなんて」

「あ、いや。それは私も気になって聞いておいた。香織さんは一ノ瀬君の実家のお花屋さんで働いてて、一ノ瀬君はそれで話しをする程度だって」

「あ、そうなんですね。なんか安心しました」

 一ノ瀬君、キミが言ったことをそのまま凛に伝えたぞ。間違えるなよ。

 更に私はその後、一ノ瀬君の生花店に夕方訪問した。

「あ、いらっしゃいませ」

「本庄香織さん、であってますか?」

「え?はい。そうですが……」

「私は榊原凛と仲良くさせてもらってる三宅結菜と申します。ちょっとお話良いですか?お仕事はやりながらで結構ですので」

「なんでしょうか?」

「単刀直入にお聞きしますが、一ノ瀬一樹君とはどのようなご関係でしょうか?」

 え?なに?なんでこの人こんなことを聞いてくるの?やっぱり涼花の件?

「あの……それはどういう……」

「ああ、言葉足らずでした。万が一あなたが一ノ瀬一樹君となにかよからぬ関係があった場合、凛が悲しむ事になるかと思いまして。あの子、そういうことは自分で聞けないと思いましたので」

「そういうことですか。それなら安心して下さい。雇い主と従業員の関係です。そりゃそう言う関係なのでたまにお話はしますけど……」

「そうですか。それを聞けて安心しました。要件はこれだけになりますので。お仕事中に失礼致しました。それでは」

 びっくりした。てっきり涼花の件かと思った。でも凛ちゃんのお友達って分かってこっちも少し安心したかな。でもそんな人が友人にいるなら私はやっぱりここに居ない方が良いかも知れないな……。

 

「ねぇ、一ノ瀬君。私たちやっぱりここに住んでちゃマズいんじゃないかな。今日、三宅結菜さんって人がお店に来てね、私と一ノ瀬君の関係を聞いてきたのよ。雇い主と従業員の関係で、たまに話をする程度って言っちゃったのよ」

「まぁ、実際そうだから良いんじゃないのか?このままで。上に住んでるのは……なんて説明すっかな」

「ほら。そこで詰まるでしょ?」

「うーん……でもここの稼ぎだけで悠仁君を養うの難しくない?」

「それなのよねぇ……」

「まぁ、それはこっちでなんとかするよ」

 完全に見切り発車だ。自宅のマンションに香織さんが住んでるなんて、なんて説明すれば良いんだ?偶然?いやいや。親戚とか?うーん……。こういうときは年長者の知恵を借りよう。

「母さん、ちょっといい?相談があるんだけど」

「なに珍しい」

「最近僕に彼女が出来てさ。その人僕と香織さんと同じ大学でさ。香織さんが僕の家の上に住んでるって分かったらなんかこう……具合が悪いというか何というか。で。なんでここに住んでるのか説明する案、無いかな」

「そうねぇ……。本当のことを伝えれば良いんじゃないの?」

 え?涼花さんの一件を?って、あの件は母さん知らないんだった。

「本当のこと?」

「そう。バイト探してて悠仁君の面倒を見なくちゃいけないって分かったから、私たちが上に住めば良い、って勧めたって。実際そうでしょ?」

 そうだな。下手に嘘をつくよりもその方がいいか。でもいつ伝えるかだよなぁ。こっちから同じ建物に住んでるけど、なにもないって言い始めるのは変だし。何かがきっかけでバレるような展開になったらマズいし……。難しいな。自然な感じで、か……。

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