第7話 三宅結菜

 私は生まれつき身体が弱い。こうして月に一回は検査のために病院に来ている。そこに一ノ瀬先輩と香織先輩。あまりのことに発作が出そうになった。あの二人の関係は?本当にただの店員さんなの?凛のこと、本当の彼女にしてくれてるの?聞けない。私にはそんなこと聞けない。それに私が病院に通ってるなんて一ノ瀬先輩に知られたくない。

 

「一ノ瀬先輩、おはようございます」

「おはようございます。ってもう昼だけどな凛ちゃん。今日は外食するんだろ?行こうか」

「はい!」

 僕は大学近くのフレンチのランチに凛ちゃんを誘った。

「こんな高そうなところでランチですか?良いんですか?なんか私……」

「いいのいいの。フレンチって嫌いだった?」

 凛ちゃんは全力で頭を横に振った。良かった。

「それにここ、リーズナブルなところだから。そんなに気張らなくても良いよ。夜は高いらしいけど」

 ランチが運ばれてくると凛ちゃんがスマホを取り出して何か操作している。

「写真でも撮影するの?」

 何だっけロンスタ映えだっけ?凛ちゃんもそういうのやってるのかな。

「いえ。違います!やりたいことリストがまた一つ埋まったんです」

「一緒に外食かな?」

「はい!」

「それは何番目なの?」

「三番目なので優先順位は高い方です!」

「それは良かった」

 これで三番目か。二番目は何だろうな。リスト、意外と気になる。

 

「香織?」

「ん?ええ。今日は別のところにしない?今月ちょっと金欠だから」

「そう?じゃあ別のところ。あ、そうだ駅の向こう側にパンケーキのお店が出来たらしいからそっちに行こうか」

「ん。そうね、そうして貰えると助かるかな」

 一ノ瀬君と例の凛ちゃんが一緒に居た。私が入って変な雰囲気になってもアレだし。別にそれ以外はなにもないんだけど……。何かが私の足を止めたのは間違いない。

 

「今日はフレンチに行ってきた」

「そう。なんでも報告するのね。私は別に保護者じゃないのよ?」

 なんとなく言葉に棘があったかも知れない。

「そ、そうだな。プライベートな事でもあるしな。凛ちゃんにも悪いか」

「そうね。そうした方が良いと思う」

 

「あれ?今日は凛ちゃん一緒じゃないの?」

 大学で香織さんに会ったので軽く会話をする。その横で後藤が口をパクパクさせている。

「今日はなんか用事があるとかで大学はお休みなんだって」

「そうなんだ。大事にしなさいよ?あんな可愛い彼女なんだから」

「はいよ。それじゃ」

 僕たちにとっては何気ない会話だったが後藤には全く違った様だ。

「一樹!どういうことだよ‼なんで香織さんとそんなに仲が良いんだよ!」

 あ、そうか。例の仮の彼氏のときの相手が誰かってちゃんと話して無かったな。でも香織って同じ名前なんだから気がついても良いだろ普通。

「去年、あっただろ?仮の彼氏になるとかなんとかって。アレがさっきの香織さんって訳よ」

「おまえ……なんで仮とか言ってないで口説かなかったんだよ!最高のチャンスだったじゃねぇか!」

「お前、香織さんのこと散々言ってたじゃねぇか」

「そんなの『あの』香織さんだなんて思うわけ無いだろ!学内一の美人じゃねぇか!」

「そ。学内一の美人さん。そんなの僕が口説いてどうにかなると思うか?」

「思わん」

「ま、そういうことだ。ところで、お前はどうなんだよ。彼女の気配無いけど」

「うるせーな。居るわけ無いだろ。居たら一樹みたいなむさ苦しい相手と一緒に行動するかっての」

「むさ苦しいはないだろ。そんな僕を彼氏にしてくれた凛ちゃんに謝れ」

「そう!それ‼なんで凛ちゃんみたいな可愛い子が一樹を選んだんだ?キャッチセールスじゃなかったんだろ?」

「お前、まだそれ言うか。違ったよ。一目惚れだったって言っただろ?」

「くっそぅ。なんかムカつく。腹が立つ。そうだ。凛ちゃんに誰か紹介してくれって頼んでくれないか?」

「聞いても良いけど、後藤だからなぁ。紹介する手前もうちょっとポテンシャルが欲しいというか。凛ちゃん可愛い子じゃん?だから周りの女子も可愛い子が多いんじゃないのか?」

「そうかも知れないけど、さらりとのろけを入れてくるな」

「悔しかったらお前も彼女見つけて来いよ」

「くっそ。やっぱりムカつく」

 

 今日は臨時検査。家でガクッとなってしまってお母さんが大事を取って病院で検査をと言い始めて病院に来ている。また一ノ瀬先輩と香織先輩が病院に来ていたらどうしよう。そんなことを考えていて医者の言っていることが半分耳に入っていなかった。

 

「おかしいなぁ」

 後藤とカフェテリアで待ち合わせてノートの返却を受けている時に呟いたのを聞かれたようだ。

「なにがだ」

「メッセージ帰って来ないんだよ」

「凛ちゃんからか?」

「そう」

「もう振られたのか。おめでとう。今朝ののろけが原因だな」

「そんな会ってもいないのに振られるとかないでしょ」

「でもあの勢いの彼女だろ?お前がメッセージなんて送ったら即返あってもおかしくないだろ」

「いや、実際そうだったんだが」

 ちょっと気になる。何かあったのかな。なんて後藤と会話していたら返事が返ってきた。

「寝てました!用事は遅刻です‼」

 その返信メッセージを後藤に見せながら、安堵した。 

「それにしても良かったな」

「なにがだよ」

「彼女が出来てさ。一樹、お前少し変わったよ。今までのお前、他人を気にするようなことなかっただろ。ノートとかは貸してたけども、貸した相手がどうなってるとか関心無かっただろ?」

「そうか?」

「そうだよ。彼女。出来て良かったんじゃねぇのかやっぱり」

 凛ちゃんは僕にとって出来すぎた彼女なのかも知れないな。最初はあの勢いに気圧されただけって思ったけども。

 

「一ノ瀬一樹、さんだったかな。ちょっと時間貰えるかな」 

 確かこの人は……。そう三宅結菜さん。凛ちゃんの友人の人だ。

「大丈夫ですよ。ノートとかなら貸しますよ」

「大丈夫。今日は別の要件なんだ。ここじゃ何だしモクドに……」

「ええ」

 モクドに入って席に座って開口一番三宅さんはこう言った。

「凛のこと、どれだけ知ってる?」

「え?凛ちゃんですか?その、まだ殆ど知らないというか。あ、家は僕の駅と同じなのは知ってます。この前一緒に帰りましたから。あとは……そう。やりたいことリストがあってそれを埋めるのが目標って言ってましたね」

「例のやりたいことリストか。凛らしいな」

 一ノ瀬君はまだ凛の身体のことは知らないらしい。いつか分かってしまうことだし、ここで伝えておくのも良いかもと思ったが、凛がなにもそれ系の話をしてないところを見ると隠しておきたい、と言うところかな。

「三宅さんは凛ちゃんのやりたいことリスト、二番目は何か知ってますか?一番目は一緒にお弁当を食べること、三番目は手をつなぐこと、だったんですけど。でもお弁当を一緒に食べるってまさか手作り弁当だとは思ってもみなかったですけどね」

「きっと手作り弁当っていうのはもっと後のリストで、一緒に食事、が一番だったんじゃないかな」

「なるほど」

「ところで一ノ瀬君は本庄香織とはどういう関係なんだい?」

「香織さんですか?」

 ここはなんて答えるのが正解だ?友人?花屋の店員?それとも両方?凛ちゃんは僕の実家の花屋で香織さんが働いているのは知ってるし。

「僕の実家、生花店、花屋をやってまして。香織さんはそこの店員をやって貰ってます。それで話をする程度の知り合いにはなってます」

「一緒にご飯を食べに行ったり遊びに行ったりする間柄じゃない、と言うわけだね?」

「はい」

 これはこれで凛を任せることが出来るが、涼花の件についてはやっぱり話さないか。

「そうですか。香織さんのような人と仲が良いなんて凛が知ったらショックを受けると思ってね。私が緩衝材になろうと思ってたんだ」

 実際、本庄香織とこの一ノ瀬一樹が近いところに居る人間、物理的にではなく心が近い存在だなんて凛が知ったらどうなるか想像に難くない。そうなったら凛の身体のことも一ノ瀬一樹に知られる事になるだろう。それは凛の本望では無いと思う。

「そこまで凛ちゃんのことを考えているなんて本当に仲が良いんですね」

「入学してからずっと一緒なので。入学式の時に隣の席だったのが運の尽きかな」

「あ、なんか分かります」

 多分、凛ちゃんの方から一方的に話しかけて押し込んだんだろう。じゃなければ、こんな雰囲気の女性と凛ちゃんが友人になるとは思えない。

「ふふ。多分一ノ瀬君が思っている通りだと思うよ。それと凛の家に行くとか。両親を紹介したいとかそういうのは言ってたかな?」

「いえ。まだですね。でもそれもきっとやりたいことリストに入ってそうですね」

 入っていても恐らくはかなりハードルが高い部分。リストの後段部分だろう。両親に合わせる=自分の身体のことを話す、になりそうだしな。

「今日は色々ありがとう」

「いえ。こちらこそ。あ、一つだけ良いですか」

「なんでも」

「三宅さんって姉妹とか居ますか?」

「私にかい?居ないよ。それがなにか?」

 私に姉妹が居るか。恐らくは涼花の事だろう。あんなことがあったんだ。同じ名字なら気になっても仕方が無い。私は親戚の涼花のことはなにも話さなかった。ただ凛が無事であるのならそれだけでいい。

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