第6話 凛ちゃんの秘密

「それじゃ、やりたいことリスト一番目、良いですか?一ノ瀬先輩!」

「なんだ?一番目って」

 一番目は重要だ。何か大事なことが設定されているに違いない。僕はちょっと身構えてしまった。

「これです!」

 と言って凛ちゃんは僕の手を握ってきた。手をつなぐ。これが一番目か。確かに恋人っぽい。

「へへー」

 凛ちゃんはとても嬉しそうで、それを見ている僕もなんだかポカポカしてきたような気がした。

「凛ちゃん、僕はこれから図書館に行ってノートをまとめるけれどどうする?」

「え?伝説の一ノ瀬ノート作成ですか?行きます!」

「だから伝説かどうかは分からないけどね」

 図書館で入館証を見せて中に入って。自習室のテーブルについて教科書とノートを鞄から取り出す。

「ん?」

 鞄の底になにかくちゃくちゃになった紙が入ってる。なんだ?

 『高校の時。なんで助けてくれなかったの?』

 わわわ。あのときのメモじゃないか。慌てて鞄に仕舞ったのを凛ちゃんは見逃さなかった。

「なんです?今の」

「ああ。授業中に取ったメモ。ずいぶん前に取ったものがくちゃくちゃになって出て来ただけだよ。もう要らないから捨ててくるよ」

 僕は席を立ってゴミ箱に向かってその紙を再びくちゃくちゃに丸めて捨てた。もう終わったことだ。

「凛ちゃん?」

 後ろに振り返ると凛ちゃんもゴミ箱の方にやってきていて自分の後ろに立っていた。見られたか?

「ついて来ちゃいました」

「付いてくるって見えるでしょ。あの席からでも」

「でも、ずっと一緒に居たいんです。少しでも」

「そ、そう」

 やっぱり重たい子なのかな。そのうちメッセージは一日最低何通とかやりたいことリストに書かれてたりしないだろうか。束縛系はちょっと苦手だ。

「そろそろ帰ろうか」

「え?もうノート纏まったんですか?見せて下さい!」

「凛ちゃん、ここ図書館。もうちょっと声のボリューム下げようか」

 二回目かな。以前は池所のフクロウ前。今回は図書館。図書館の方がインパクトは大きかったな。みんなの視線がこちらに向く。ノートを凛ちゃんに見せると感心している様子だ。自分のノートを出して見比べている。

「全然違いますね。流石伝説の一ノ瀬ノート」

「だからその伝説のってのやめない?」

「一ノ瀬先輩が嫌ならもう言いません。すみません」

「いや、そんな怒っているわけじゃないから」

 図書館を出て駅に向かう途中、電車の中。凛ちゃんはずっと手を握ってきてちょっとおかしくもあった。なんでこんなに必死なんだろうって。僕は逃げないよ。

 

「結菜は涼花の復讐の件ってどこまで知ってるんだっけ?」

「私か?池田はどこまで聞いてるんだ?」

「俺?俺も詳しくは聞いてないけど、人生めちゃくちゃにしてやるとか言ってたから大層な内容かと思ってた。だけどそこまでだな。実際にどんな復讐をしたのかは分からん。クソ教授がどうのってこの前言ってたからなんとなく想像は付くけど」

 池田の家のベッドで横になりながら、そんな話をする。あの一ノ瀬という男に凛を任せても大丈夫なのか?涼花がそんなになってまで復讐を試みるような相手だとしたら凛が危ないかも知れない。

「あ、そうだ。涼花の復讐、その一ノ瀬ってやつと一緒になんだっけな……。本庄香織だ。昔コンビニで一緒にバイトしてたやつなんだけど、そいつにも嫌がらせするから手伝ってくれって言われて色々やらされたな」

「本庄香織?私と同じ大学のか?」

「なんだ知ってるのか?」

「涼花と同じ大学だったのなら多分知ってる。知ってると言ったも顔を知ってるくらいだが」

「そうか。そいつへの復讐なのか何なのか嫌がらせがどうなったのかまでは涼花からは聞いてないな。どうなったのかな。俺も手伝った手前、気になるんだが。今度聞いてみるか」

 

「え?やりたいことリスト?」

「そう。なんかやりたいことが沢山合ってリストにまとめてるらしい。一番目は手をつなぐ、だった」

「なんか可愛いじゃない。で?二番目は?」

「まだわからん。そういう可愛らしいのだと良いんだけどな。あんまり束縛されるのは困るし」

「一ノ瀬君は束縛系苦手なんだ」

「ちょっとなぁ」

「意外。真面目だからその辺対応するのかと思ってた」

「香織さんは僕のことどう思ってるんだよ」

「だから友人って感じじゃないの?」

 友人、か。まぁ、今は凛ちゃんいるし、香織さんがもし他の男の人と付き合っても……。や、それはなんか嫌だな。

「あ、そうだ。今週の水曜日はちょっと悪いんだけど一緒に病院に行ってくれる?」

「ん?また思い出したのか?」

「そんなところ。周りの人たちが最近一ノ瀬君が来ないのはなんでだーって話したらしくて。この前電話でそう言われたから」

「一応タクシーで行くか?」

「なんで?」

「ほら、あの道って例の人の家から見えるんでしょ?また何かあったらなぁ、と思って」

「流石に大丈夫だと思うけど……。一ノ瀬君がそう言うのならタクシーで行こうか」

 

 水曜日。実家の生花店も定休日。電車に乗って大学から更に二駅離れて駅前でタクシーを捕まえて病院に向かう。

「例の件ってその後なにかあった?」

「ん?涼花の件?」

「そう」

「特になにも。というよりあの子もう大学に居ないような気がする。全然講義でも合わないし。教授との関係がバレて退学にでもなったんじゃないかしら?」

「そうかなぁ」

 僕は図書館でのメモ帳を思い出してまだ何か終わっていない様な気がしてならなかった。

 

「おお。一ノ瀬君、来てくれたんだね。どうね、最近の香織との関係は」

「順調ですよ」

 最初は香織さんに目配せをしながら返事をしていたけども、例の一件が終わってからは自然に話をするようになった。

「そうかいそうかい。で、二人はどこまで進んだんだい?」

「おばあちゃん、進んだとかそういうことは聞かないの。孫とはいえプライベートな事なんだから」

「あら。ごめんなさいね」

 おばあちゃんを目にしているときの香織さんはとても優しい顔をしている。しかし、僕は気になったことがある。お見舞いに来ているのは香織さんだけでご両親は来ないのだろうか。悠仁君の事もあるし。少し立ち入ったことになるなと思いつつも病室を出てご両親の事を聞いてみた。

「私の両親、もう居ないの。私が大学に入る前に交通事故で」

「そうなんだ。すまない」

「良いのよ。別に。離婚して蒸発したとかそういうのじゃないし。だから悠仁の件もすごく助かってる。ありがとね、本当に」

「それは別に構わないんだけど。悠仁君とゲームをするのも楽しいし」

 

「なんでここに一ノ瀬先輩がいるの?」

 今日は検査日で病院に来ている。私は思わず隠れてしまった。

「それになんで香織先輩が一緒なの?」

 店の経営者の息子とその店のバイト。そう勝手に思っていた。大学でも挨拶すらしてないし。あ、でも私と一緒に一ノ瀬先輩がいるから挨拶してない?凛は?先輩にとって凛は何なの?

 ここで飛び出して二人の関係を聞くのが一番手っ取り早いのは分かってるけども。先輩も香織さんも具合が悪そうとかじゃなかったから、誰かのお見舞いかな。

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