第5話 香織の反応

「わかったよ。付き合うよ。でもお互いに、なんか合わないって思ったら……」

「思うはずありません!」

 いや、僕の方は……分からないんですけど。

 結局、押し切られてしまった。凛ちゃんは当たり前かも知れないけど。上機嫌でお弁当を食べ始めた。

「ところで三宅さんとは仲が良いの?」

「三宅先輩ですか?んー……ノートを借りたりお昼を一緒に食べたりするくらいの関係ですかね。一緒に遊びに行ったりとかまではしてないです」

 そうか。僕はあの三宅涼花となにか関係があるのではないかと勘ぐっていた。それに僕は三宅涼花によくノートを貸していた。僕のノートを借りていた相手は大学にはもう居ないと言っていた。そしてその三宅涼花は例の一件があってから大学で全く見かけない。だとしたらもしかしたら三宅さん、三宅結菜さんがノートを借りて居たのは三宅涼花の可能性が……。親戚?姉妹?いや。姉妹の線は薄いか。あまりにも似てない。

「なにかあるんですか?」

「ん?ああ。ちょっと僕に三宅さんって他にも同じ名前の知り合いがいたので……」

「そうですか。私は思い当たる節がないのでなんとも……」

 だよな。関係してないよな。流石に。

「で、先輩。さっきの話は本当なんですよね?私を彼女にしてくれるって話!」

「えっと、まぁなんだ。そういうことだ。これからよろしく」

 かくして僕は榊原凛という女の子とお付き合いをすることになった。後藤にいの一番に報告した訳だけど、後藤からは祝福の言葉よりも相変わらず「キャッチセールスだったら逃げろよ」と言われた。凛ちゃんがキャッチセールスねぇ。あの感じだから仮にキャッチセールスだとしても押し切られて買ってしまいそうだな。

 

「せんぱーい。一ノ瀬せんぱーい!」

「ああ、凛ちゃんか」

 大学を後にして帰ろうと校門を出る辺りで後ろから凛ちゃんに呼び止められた。

「凛ちゃんってどの辺に住んでるの?」

「ここから二駅先です。先輩は?」

「僕も同じく二駅先」

「あ、もしかして同じ駅かも知れませんね!先輩のお花屋さんも近かったですし」

 ああそうか。歩いて花を買いに来たんだもんな近くに住んでてもおかしくないか。結局同じ駅で降りてその日は駅を出てすぐに「私はこっちですから」と言って素直に帰って行った。勢い的に先輩の家に行きたいとか言い始めたらどうしようかと思ってた。そうしたら確実に香織さんと僕の関係を聞かれるに違いない。これは香織さんと一度相談しておいた方が良いな。変な誤解されて話がこじれるのは香織さんに迷惑だろう

 

「ってな事で凛ちゃんと付き合うことになった」

「あら。おめでと。で、私との関係は何なのかを決めておきたい。と言ったところかしら?」

 ご推察の通りで。

「そうそう。凛ちゃん僕がこの家に住んでるの知ってるし香織さんのことも知ってて」

「なんで私のことまで知ってるのよ。話したの?」

「いや。香織さん、自分が思ってるよりも学内では有名人みたいだよ」

「ふぅん。そうなんだ。それじゃこういうのはどう?そもそもこの辺、お花屋さんが無いじゃない?だからたまたまここでバイトするようになった。一ノ瀬君とは面識があるものの、そんなに話すような間柄じゃない。でもここに私が住んでるのは、まだ言わない方がいいかなー」

「店員とバイトがそんなに話をしないなんて無理がないか?実際閉店作業とか一緒にやってるだろ。ここはそのまま経営者の息子とそこの従業員、って事にしておいた方が良いんじゃないのか?その場合、面識のある設定になるから学内でも挨拶くらいはした方が自然だと思うけど」

「んー。そうねぇ。ま、学内であの事件の話とか仮の彼氏とかそう言う話を知ってるのはひとつまみの人間だし、それで良いかもね。よし、それで行こう。あ、はい一ノ瀬君の負けね。コンビニでアイス買ってきて」

 話ながらゲームをやっていて負けた方がアイスを買ってくる。そんな間柄なのに挨拶だけか。いつかバレると思うんだが……。


「いらっしゃいませ!って、あー!一ノ瀬先輩!」

「あれ?凛ちゃん?ここでバイトしてたんだ」

「はい!」

 アイス売り場からアイスを二個取ってレジに持っていく。

「先輩がアイス二個食べるんですか?」

「まさか。二人で分け合うんだよ」

「ですよね。それは失礼しました。お会計三百五十八円になります。それじゃ、また来て下さいね!」

「ああ」

 あああ‼マズいマズいマズいマズい。こんなに近くでバイトしてるなんて。香織さんが僕の家に入っていくのを見られたらマズい。最初から正直に話すか?その方が事故っても傷は浅いのか?そうなのか?どうする⁉

「ってなことがあったんだよ。バイト先、あまりに近いからさっきの設定、ちょっと変えた方がいいと思うんだよね」

「じゃあ、私が店員さんで、そっちが大家さん、それで良いじゃない。夜ご飯とか朝ご飯一緒に食べてるなんて流石に分からないでしょ」

「ん。まぁそうだけど」

 

「んー。一ノ瀬先輩、なんか嘘をついてるような……」

「凛ちゃん、そっちの品出し頼むよ」

「はーい」

 

 翌日。何気ない感じで知り合いアピールしておいた方が良いと最終的に打ち合わせておいたので、香織さんとすれ違ったとき、軽く挨拶をしておいた。凛ちゃんは隣にいなかったけども風の噂で広がるか、いつか凛ちゃんと一緒の時に出会うこともあるでしょ。

「凛ちゃん、たまには外食とかしないの?」

「私ですか?寝坊したときとかはしますよ。でも最近は先輩のお弁当作らなきゃ!って思ったら寝坊なんて出来ません!」

「なんか悪いな。あ、そうだ。いつも作ってもらってるけど材料費かかってるでしょ?だからたまには外食にしてそのときに僕が奢るよ」

「わー、本当ですか?なんかデートみたいですね!」

「まぁ、彼氏彼女の関係になったからな。一種のデートかも知れないな」

「ん?凛じゃないか。とうとう成功したのか?」

 三宅さんが僕たちを見つけてやってきた。成功って……。

「はい!大成功です」

「良かったじゃないか。それじゃ。ここ失礼するよ」

 あれ、座るんだ。てっきり他の場所に行くと思ったのに。

「三宅さんは彼氏とか居ないんですか?」

「ぶしつけだな」

「あ、いや、すみません。三宅さんもその……。男の人が放っておかないんじゃないかなって」

 面と向かって彼女の前で他の女の人を美人です。なんて言うのは気が引けたのでそんな表現にした。

「いるよ。付き合ってから結構長い」

「そうなんですか。同じ大学の人なんですか?」

「いや、社会人かな。一応」

「一応?」

「そう。一応。バンドマンなんだよ。だからそれ以外にバイトして暮らしてる」

「そういうことですか。なんか色々聞いちゃってすみません」

「そうなんですよー。三宅先輩、大人なんですよー。だから私、色々と相談することも多くて。なんかお姉さんみたいな存在です!」

 うーん。やっぱり三宅という名字になると過剰反応をしてしまうな。なにか関係があるのかと思ってしまう。

「で?凛はどうやって押し切ったんだ?」

「それはもうグイグイと。一生懸命押しました」

 そうだね。ものすごい勢いだったもんね。僕もそれに負けた訳だけども。

「そうか。良かったじゃないか。一ノ瀬君も大変だったろうこの子の押し」

「あ、いや。誠意が伝わるというか何というか。でもまぁ結果的にこうなったので」

「そうか。凛は君のことをずっと話していたから念願成就して私も嬉しいよ。凛をよろしく頼みます」

「あ、はい」

「それで?二人はどこまですすんだんだ?」

「進んだって昨日からですよ?」

「いや、凛のやりたいことリストみっちり書かれてるから」

「あ、しー、ですよ三宅先輩‼」 

「あ、や。すまない」

 なに、やりたいことリストって。なんかみっちりとか言ってるし。そんな話をしてしまってバツが悪くなったのか三宅さんは食事が終わったらすぐに席を立っていった。

「でさ、凛ちゃんのやりたいことリストってどんな感じなの?」

「秘密です。徐々に分かるかと思いますから楽しみにしていて下さい!」

 楽しみなのは凛ちゃんの方かと思うけど、まぁ、色々と考えるのが楽しいのは僕にもなんとなく分かる。

 

「で。凛が一ノ瀬と付き合うことになった」

「そうか。だってさ。涼花」

「そう。私にはもう関係ないから」

「なんだよ。復讐するとかいってたじゃんか。失敗したのか?」

「じゃなかったら大学辞めてないわよ。用事も終わったし、あのクソ教授の相手なんてしてられるかっての」

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