第4話 押し切り

 翌日は本当に凛ちゃんがお弁当を作って持ってきてくれた。カフェテリアで包みを広げて蓋を開けるとそこにはまばゆいばかりの手作り弁当が!

「お。おまえ……それ、もしかして手作り弁当ってやつなのか⁉」

 背後から後藤の声がした。

「一緒していいか?邪魔だったらあっち行くけど」

「はい!大丈夫ですよ!こちらの席にどうぞ!」

 凛ちゃんは後藤を僕の隣の席を案内した。後藤は僕に「当たり?」と耳打ちしてきた。

「凛ちゃんすごいね。手作り弁当なんて。それでなんで一樹に弁当なんか?」

「お弁当は私、いつも作ってますので。一人分も二人分もたいして手間は変わらないです。それに一ノ瀬先輩は私の大切な人ですし」

 大切な人、か。良かった「彼氏です!」とか言い始めなくて。でも昨日のことを後藤に報告すべきなのか……?と迷っていたら先に凛ちゃんが切り出してしまった。

「私、昨日一ノ瀬先輩に告白したんです。返事はまだ貰えてませんけど」

「へ、へぇ……。一樹やったじゃん」

「ま、まあな」

「え?まあなってことは、良いですよって事です⁉」

「あ、いやそういうわけじゃ。もう少し考えさせて貰えると嬉しいかな」

「一樹、こんな可愛い子に告白されるなんて、遠い人になったな。羨ましいぜ」

「可愛いだなんてそんな」

 あー。照れた顔も可愛いな。それにしても本当に表情がコロコロ変わるな。そこがまた良いというか。

「お、美味い」

「マジか?一つもらっても良いか?」

「はい!どうぞ!」

 後藤は僕の弁当から唐揚げを取ろうとしたみたいだけど、凛ちゃんが後藤にだし巻き卵を取って寄越した。少し慌てた様子なので何かと思ったけども、僕はそのまま唐揚げを口に運んだ。「あ……」

 なるほどそういうわけか。流石に朝から唐揚げは無理があったか。唐揚げだけは多分冷凍。後藤にそのことがバレるのを嫌ったって訳か。まぁ、最初に手作り弁当って宣言したからその辺も気にしたのだろう。冷凍食品の弁当だって立派な手作り弁当だと思うけど。

「ごちそうさま。弁当箱は洗って返すよ」

「え?いいですいいです‼ここでそのまま返してくれれば!」

「いや、なんか悪いよ」

「明日のお弁当が作れなくなっちゃいます!」

 え。あしたも作ってくれる予定なの?でも明日は午後からの講義だし……。しかし、こんなに一生懸命になってる凛ちゃんの期待に応えないわけにもいかないし……。

「分かった。じゃあまた十二時にここで」

「はい!了解しました‼それじゃ私はこのあと講義があるので失礼します!」

 凛ちゃんがパタパタと小走りでカフェテリアから去って行った。後藤はさっきまで凛ちゃんが座っていた場所に座り直してから話を始めた。まぁ、男二人が隣り合って座ってるのも気持ち悪いしな。

「一樹。アレは本当に大丈夫なのか?昨日の今日で告白してきて、さらにはいきなり手作り弁当なんて。なんか勢いに負けてるだけなんじゃないのか?」

「言い切れないな。だが昨日のデートで一目惚れって言われてるから、凛ちゃんの勢いは多少は理解してる。だけど……」

「だけど?」

「なんか引っかかる。僕のノートでぼくの存在を知って、ノートの書きぶりから性格を決めつけていきなり一目惚れからの告白だろ?いくら何でも早急すぎるというかなんというか」

「だよな。俺もそこは引っかかる。やっぱりキャッチなんじゃねぇのか?大体あんな美少女が一樹のことを一目惚れってあり得んだろ」

 何気なくひどいことを言う。

「まぁ、なんだ。変なことに巻き込まれそうになったら上手く逃げるから」

「逃げ切れるとも思えないけどな。ま、これはお前の色恋沙汰だからな。なにか相談があれば乗るから」

 後藤はそう言って僕の肩を叩いてからトレーを持って去って行った。

「キャッチセールスなぁ。あの凛ちゃんがなぁ。そもそも返事、どうしよう」

 

「なぁ、どうしたら良いと思う?」

「私に聞いてどうするのよ。この前も言ったでしょ?別に構わないって」

 ここまで言われるとなぜかもの悲しい。香織さんは僕のことをなんとも思ってないのかなぁ。ってか、僕は香織さんのことどう思ってるんだ。綺麗な人だし、性格だって悪くないし。いまだに週一回は彼氏役になってるし。と、そうだ。その彼氏役について凛ちゃんは許してくれるのだろうか。確認しようか。でもそんなこと確認したら、それがお付き合いする条件なんですね?とか言って押し切られそうだ。僕はそのことも香織さんに相談してみた。

「ああ、例の件。もう大丈夫だと思うわよ。私独りで。おばあちゃんが思い出したら、また頼むかも知れないけど。その可能性があることは凛ちゃんに伝えておいた方が良いかもね」

 むむむ……。なんか心配事の外堀が埋まって行くような。なんだかんだ言って本丸は自分の気持ちだもんなぁ。

 

「あのさ、凛ちゃん。その告白のことなんだけどさ」

 十二時にカフェテリアに行って今日も手作り弁当。告白のことについて口にしたら目をキラキラさせてこちらを見てくる。

「返事、聞かせてくれるんですか?」

「あ、いや。そのさ……」

 正直まだ決めきれずにいた。こんなに一生懸命で可愛い子なんだから付き合えば良いのに。合わなければ別れれば良いだけなのに。これで彼女いない歴=年齢に終止符を打てるのに。

「あれ?凛。また手作り弁当か?」

「あ。三宅……」

「結菜だ」

 そう言って三宅さんは凛ちゃんに何か耳打ちをしている。何の話なのか非常に気になる。凛ちゃんは話を聞きながらやる気満々!と言った表情に変わっていったから、なにか後押しの言葉でもかけていたのだろうか。

「凛の告白の真っ最中みたいだから私は向こうに」

 三宅さんはそう言って三列ほど離れたテーブルに腰を下ろした。

「なに話してたの?」

「えっと。頑張れって」

 やっぱり励ましの言葉か。

「そうです。話が途中でした!お返事、聞かせて貰えるんですか⁉」

 うーん。迷う、迷いに迷う。香織さんのことを僕はどう思ってるんだ?ここで凛ちゃんと付き合い始めたら香織さんとは一生付き合えないのか?ってか。なんで香織さんと付き合うとか今考えてるんだ?

「どうなんです?一ノ瀬先輩」

 凛ちゃんが僕の手を優しく包んだ。暖かい。超柔らかい。小さい。ぐぬぬ……。

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