第3話 手作り弁当の提案

「あ、一ノ瀬先輩。おはようございます!」

「ああ、凛ちゃんか。おはよう。こんなに早く来てるって事は、今日は一時限目から?」

「はい!先輩もそうなんですか?」

「僕は留年してるけど必須単元だけ落としてるからそんなに忙しくないよ」

「ふむ……。なんで先輩って留年してるんですか?あんな伝説の一ノ瀬ノートを残してるのに」

「痛いところを突くな、凛ちゃんは……」

 実際これは後藤からも言われててテンプレの回答を用意してある。

「必須単元のある日、非常に具合が悪くてな。テスト所じゃなかったんだ」

「追試もダメだったんですか?」

「あー……それは」

 マズい。追試のことは後藤からも突っ込みを受けてなかったので考えていなかった。

「あ!三宅せんぱーい!」

 み、三宅?まさか三宅涼花⁉嘘だろ?凛ちゃんがパタパタを走って行く先を目で追って行った先に立っていたのは例の三宅涼花ではなかった。

「はぁ……焦った」

「一ノ瀬せんぱーい。こっちこっち!」

 凛ちゃんに呼ばれて向ったさきに居たのは黒髪ロングヘアにロングスカートの似合う大人系美人、と呼べる感じの女性が立っていた。

「こちら一ノ瀬先輩です!三宅先輩のくれた伝説の一ノ瀬ノートの著者です!」

「ああ。この人が一ノ瀬ノートの……。あ、呼び捨てにして申し訳ない。私は三宅結菜と申します」

 振る舞いが大人っぽい。香織さんのような感じも良いけども、こういうのも良いかも知れないな。

「三宅さんは何年生なんですか?」

「凛と同級生の二年生になるが浪人してるから一つ年上かな。だから先輩なんて呼ばれてる」

「そうですか。それなら留年してる僕と同い年ですね。よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「そういえば一ノ瀬先輩、伝説の一ノ瀬ノートって自宅に原本がコンプリートされてるんですよね?」

「そういうことになるな。なんでだ?コピーが欲しいのか?」

「それもそうなんですけどぉ。そのコピー、私がもらったのって全部三宅先輩からなんですよ。だからお二人ってなんか関係があるのかなって思いまして」

 そうなんだ。僕のノートって色々な方面に出回ってたんだな。

「別に直接手渡したことは無いかな。当時……あの……知り合いというか友人というか。そいつらに貸してただけで。どのくらいコピーされてるとか知らなかったし。三宅さんは誰からもらったんですか?」

「私はいつも同じ人からノートを。その人は今は居ないのでなんとも」

「そうですか。なんにしてもこうして知り合えたので、もしノートが必要になったら言って下さいね」

「それは助かります。その際にはよろしくお願い致します」

 礼儀正しい人だ。こういう人になら喜んでノートを貸せるってものだ。

 

 お昼休み。春の気持ちよい季節だ。中庭のベンチに座ってコンビニのパンを食べる。凛ちゃんが鋭く僕を見つけて隣に座ってきた。

「先輩いつもそんなの食べてるんですか?」

「いつもは食堂かカフェテリアで食べてるよ。今日は天気も良いし気温もちょうど良いから外で食べた方が気持ちいいかなって」

「そうですね。今日は気持ちいいですね」

「凛ちゃんはそのお弁当?もしかして手作り?」

「はい!そうです。高校の頃から自分で作ってたので」

「へえ。偉いな。僕は母さんが作ってくれてたよ」

「料理が好きなので。あ!そうだ。必要とあれば先輩の分も作ってきてあげますよ!明日は何限からですか?お昼、必要ですか?」

「あ、ああ、二限からだからお昼は食べるけど……」

「じゃあ決まりです!私、お弁当作ってきますね!なにか苦手なものとかありますか?」

「特にないけど……手間じゃない?」

「一人分も二人分も変わらないです!」

「そ、そうか」

 男は胃袋から攻めろ。そういうことなのかな。まぁ、何にしても凛ちゃんの手作り弁当は気になる。今日も結構美味しそうなのを食べていた。

 

「ねぇ。手作り弁当。良いじゃない。なんかもう愛妻って感じじゃないの」

「まだなにも言ってないだろ?なんで凛ちゃんの手作り弁当って分かったんだよ」

「昼休みにね。ベンチの後ろを通ったらたまたま聞こえたのよ。あの子。声が大きいから」

 実家の生花店の店じまいをしながら香織さんから言われてちょっとびっくりしたけどそういうことか。ってことは他の人にも聞こえてたのかな。なんか恥ずかしいな。

「香織さんは作らないのか?弁当とか」

「私は作らないわねー。悠仁も給食があるし。以前はほら、バイトが夜遅かったから朝早起きしてお弁当作るのは厳しくて。家計を考えたら作った方が良かったんだけどね。それとその香織『さん』っていうの、そろそろやめにしない?なんか他人行儀過ぎて気持ち悪い」

「良いのか?」

「別に全然構わないわよ。でも私は一ノ瀬君のこと一樹ーとか呼ばないけど」

「なんでだよなんか不公平だろ。それになんかそう言われると呼び捨てにするのが恥ずかしくなってきたぞ」

「ふーん。じゃ。練習。言ってみて」

 香織さんは決めたら譲らない性格だ。ここも引き下がろうとしても無駄なんだろうな。覚悟を決めて呼びかける。

「香織、そっちの鉢を取ってくれ」

「うわ……なんか気持ち悪い」

「なんだよそれ……呼べって言ったのそっちじゃん」

「そうなんだけど……やっぱり今まで通りでいいや」

 香織。呼び捨てするのはやっぱり恥ずかしかった。凛ちゃんはなんかコロコロして可愛いから『ちゃん』付けでも似合うし言ってても恥ずかしくない。香織ちゃん。それもなんか違うし。

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