第2話 水族館デート

 デートコースを考えようかとも思ったけど、あの勢いだしきっと向こうが考えてくるだろう。そう考えてノープランで臨んだ。

「あれ。早いね。まだ四十五分だよ」

「一ノ瀬先輩を待たせるわけには行きませんので!」

 相変わらす元気が良い。が、ちょっと視線が気になる。

「凛ちゃん。もうちょっとだけ声のボリューム下げようか」

「あ、すみません」

「で、今日はどうするの?池所をブラブラするの?」

「水族館に行きたいんです」

「水族館か。そうかセンシャインのところの」

「そうです。ずっと行きたかったんですけど一人で行くのはなんか気が引けて……」

 意外と普通の子なのかも知れない。もっと不思議ちゃんだったら難なく独り水族館をキメてもおかしくないし。

 

「ここの食パン、美味しいんですよ」 

「ここのパフェも美味しいんですよ」

 

 そんな風に歩きながら会話を切らす事無く話しかけてきてくれるので間が持たない、と言うことがない。そんな風に池所の目抜き通りを通過して目的の水族館までやってきた。

「大人二人、チケット買ってくるよ」

「大丈夫です!今日は私がデートにお誘いしたので、私が買ってきます!」

「そ、そうか。悪いな」

 どうせ僕が買うって言っても引かない気がしたので、そのまま厚意を受けることにした。

「先輩!そこに立って下さい!」

「お、ここか?」

 と立った瞬間にスマホで撮影された。

「先輩の写真、ゲットです!」

 悪い子じゃなさそうなんだけど。このテンションに付き合いきれるだろうか。

「先輩、見て下さい、チンアナゴです!可愛いー」

「お、チンアナゴか。そいつ、砂の中にどれくらい潜ってるか知ってるか?」

「え?知りません」

「上に出てるのは大体三分の一位かな。三分の二は砂の中」

「へぇ。そうなんですか。物知りなんですね、一ノ瀬先輩」

 クラゲトンネルに来たところで、今日の本題を切り出した。

「先輩見て下さい。クラゲのトンネルです!きれー……」

「あのさ、凛ちゃん。初対面の僕をなんでデートに誘ったの?」

「あんな綺麗なノートを書く人はきっと素敵な人なんだろうなぁって思って。それで実際の一ノ瀬先輩を見つけて。もう一目惚れでした。だから今日デートにお誘いしたんです」

 クラゲトンネルのアクリルガラスに張り付いてクラゲにかじりつきながらそんなことをサラッと言う。一目惚れか。まぁ、そういうのじゃないと今回のようなものは説明出来んよな。

「一目惚れって、僕の性格が悪かったらとか考えなかったの?」

「ノートに性格。出てましたよ。とっても真面目な人だって。それに、初対面の私のお願いもこうして聞いてくれましたし!」

 そう言って僕の方に身体をくるんっと向き直して最高の笑顔を送ってきた。スカートとトレードマークであろう髪留めがひらっと舞って思わずドキッとしてしまった。その後のアシカショーとかを見て水族館を満喫。僕は凛ちゃんの一挙手一投足が気になるようになってきた。コロコロを変わる笑顔にあちこちに飛び回る姿。

 

「凛ちゃんはさ、本庄香織って知ってる?」

「香織先輩ですか?知ってますよ。多分殆どの人が知ってるんじゃないでしょうか」

「そう、なんだ」

 やっぱり香織さん美人だもんなぁ。学年の垣根を跳び越えて有名なんだなぁ。

「香織先輩がどうかしたんですか?」

「あ、いや、二年生でも、って言っても去年の二年生?僕浪人してるし。まぁあれだ。有名でさ。凛ちゃんも知ってるのかなーって思って」

「香織先輩……憧れますよねー。振る舞いの全てが綺麗で……私もあんな風になりたいです」

「凛ちゃんは凛ちゃんの良さがあると思うよ。なにも香織……本庄さんのようにならなくても」

 そんなに仲の良い関係を大学では見せてないのに「香織さん」は流石におかしい。言い換えるように名字に訂正した。

「本当ですか⁉ふふーん」

 僕がそう言うと凛ちゃんはご機嫌になったようでまたコロコロ笑顔が変わった。飲み会とかに参加したらさぞかし人気なんだろうなぁ。

 

「凛ちゃん、この後はどうするの?」

 デートプランがあると思って訪ねると、「なにもないです!」と元気に答えが返ってきた。そう来たか。ここは僕がエスコートすべきなのか?そう思って大型雑貨店でウィンドウショッピングをした後に、暇つぶしの定番、ゲームセンターにやってきた。

「凛ちゃんはなんかやりたいものとかある?」

「私ですか?んー……先輩のやりたいものですよ」

 キタコレ一番難しい振り。無難なのはUFOキャッチャーだろうな。適当に景品を選んで消え物の方が困らないだろうとお菓子のタワーが組まれているやつにしようと凛ちゃんを呼ぼうとしたら、明らかにこれが欲しい。という目線を送っている台があった。結構な大きさのイルカのぬいぐるみが景品のやつだ。あの手のやつはレベルが高い。格好良く取ってやるとか言えないやつだ。しかしここは少し男らしいところを見せようか。

「なに?凛ちゃん、これが欲しいの?」

「え?でもこういうの難しいですよね?」

「やってみなくちゃ分からないでしょ」

 僕は五百円玉を入れて三回のチャレンジ権を得た。が、二回は敢えなく失敗。なんか取れそうで取れない。

「先輩。拾い上げるんじゃなくて、こっちの尾ひれの方を押し込むのはどうですか?」

「おお。発想の転換ってやつね。やってみようか」

「お。おお。おおお」

 これはイケるか?クレーンが結構押し込んでいる。上がるときの反動で落ちるかも知れない。運命の瞬間がすぐにやってくる

「わー!」

「いや待て。出口に引っかかっている。これはセーフ判定なのか店員さんに確認が必要だ」

 イルカのぬいぐるみが大きすぎて落下口に引っかかっている。店員さんを呼ぶと「おめでとうございます」とガラスを開けて景品を渡してくれた。イルカのぬいぐるみは店員さんの手から僕に手渡された。店員さん分かってるな。女の子に手渡す役目をこちらに!

「はい、凛ちゃん」

「ありがとうございます!大切にします‼」

 ちょっとときめいてしまった。凛ちゃんちょっと突っ走っちゃうところあるけども、見た目は超可愛いもんなぁ。香織さんの美人とは毛色は違うけど。こういうのも良いかも知れないな。

 

「ところで先輩。なんで先輩の家に香織先輩がバイトしてるんですか?」

 え、えーー!!バレてる?なんで?あ、花屋に誕生日用の切り花買いに来たんだっけ。香織さんが対応したからかな。有名人だし分かっちゃうよね。でもなんで僕の家って分かったの!「な、な、なんで僕の家って分かったのかな?」

「だってあのとき先輩の声がしましたから。奥の方から」

 こえー!凛ちゃんこえー!僕の声、会う前から凛ちゃんの中に録音されてたの⁉

「あ、ああ、そうだったかな?」

「で、なんでです?」

 香織さんが僕の家でバイトを始めたのはかなり複雑な事情がある。それは説明するようなことじゃないし。この調子だと上の部屋に住んでるってバレるのも時間の問題なのかも知れない。先に伝えて釘を刺す方がいいか?どうする?

「あ、ああ。たまたま?ほらあの近辺って花屋が少ないじゃない?香織さん、花屋で働いてみたいって思ったんじゃないかな」

「でも先輩、大学では香織さんとあまり親しくしてるのを見たことがないんですけど。あ、もしかして嫌われてるんですか?」

 でも実際にそうなんだよな。例の涼花さんの事件以来、別に僕と香織さんが普通に話してても、なにもおかしいことじゃないんだよな。

「嫌われている訳じゃない、と思うけど、ほら、アレだろ?有名人過ぎてこっちから話しかけるのがおこがましいというか。僕の家でバイトはしてるけど、それで仲良くなれるとはかぎらないと言うか」

「そうなんですね!安心しました!もし香織さんみたいな人が一ノ瀬先輩の彼女だとしたらダメかと思いましたから」

 凛ちゃんはイルカのぬいぐるみを抱きかかえてご機嫌になっている。香織さんの彼氏かぁ。懐かしいなぁ。かりそめの彼氏とはいえ、何回かそういうフリをしたことを思い出す。でも今はただの友人。内緒とか言われたけども今日のデートについても干渉してこなかったし。僕は凛ちゃんと付き合えば良いのかな。でもなぁ……。などと香織さんが僕のことを好いてくれてるなんていう可能性を考えてしまって答えが出ないでいる。そもそも凛ちゃんと付き合うって言ったら香織さん、どういう反応を示すんだろう。

 

「で?今日のデートはどうだったの?」

 今日も悠仁君のゲームに付き合いながら香織さんと話す。これは日課になってて恋人同士が夜にメッセージを送り合うのと似ている気がして僕は好きだ。

「うーん。ゲーセンでイルカのぬいぐるみをゲットしたらめっちゃ喜んでた」

「そうじゃなくて。なんで彼女、初対面のあなたをデートに誘ってきたの?」

「それ。なんか僕のノートを見て真面目な人って思ったらしくてさ。大学内で僕を見つけて一目惚れ、だそうだ」

「なにそれ。最高のチャンスじゃない。で?付き合うの?」

「分からん。っていうか知り合って実質一日だぞ。決められるはず無いだろ。それに香織さんは僕が凛ちゃんと付き合っても良いのか?」

「私?別に構わないわよ?あ、でも彼女でもないのにここで働いてて、さらには同じ建物に住んでるなんて知れたら大変か。どうする?凛ちゃんに説明する?」

 簡単に言ってるけども、凛ちゃんに説明する=大学のアイドルの情報が学内に知れ渡る可能性、になる。それは避けたい。僕が社会的に抹殺される可能性がある。

「それは僕も考えたんだけど、同じ建物に住んでるという事がバレるのがマズいかな」

「引っ越した方がいい?」

「そこまではしなくても……ってマジで考えてる?」

「冗談よ。ここの条件破格じゃない?悠仁のこともあるしホント助かってる」

「お気に召してくれてるようで良かったよ。あ、悠仁それは反則だって!」

 

 香織さんと悠仁君が自分たちの家に戻った後に独り考える。凛ちゃんは確かに良い子かも知れない。でも何か引っかかる。ほぼほぼ初対面で一目惚れって言われたから?いいや。なんか違う感じの……。

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