花屋への訪問者編

第1話 花屋への訪問者

 例の一件があってから半年。僕は予定通りというかなんというか。留年して二年生をもう一週。おかげで一人暮らしの家賃はもう出してやらんと言うことで、自宅に戻ることになってしまった。香織さんは無事に三年生になっている。相変わらず香織さんは僕の家の上に悠仁君も一緒に住んでいる。家賃は要らないというオヤジを押し切ってご飯は一緒に食べると言う条件で落ち着いた。朝晩一緒に食事をしているので、まるで家族のような存在になってしまった。両親のいない悠仁君はすっかり僕の両親と打ち解けている。

 

「それじゃ。今日も頼むわね」

「はい。おばさま」

 春は好き。花が沢山咲く季節、店頭の花々も彩り豊かだ。商店街の桜並木は満開を迎えて、その桜のトンネルを見ようと沢山の人が毎年訪れるそうだ。今日も平日だというのに沢山の人たちが桜のトンネルを鑑賞に来ている。花を見ると花が欲しくなるのかいつもより忙しい。

「あの。すみません。今日は母親の誕生日なのでお花を買いたいんですけど、どういうのを選んだら良いのか分からなくて……」

 高校生くらいかしら?かわいらしい女の子が切り花を買いに来た。この季節の旬ならラナンキュラス。花言葉は「晴れやかな魅力」それを囲むようにスプレーバラ、カーネーション、小花にグリーンを添えて。

「こんなのどうかしら?」

「素敵です‼これにします!」

「はい。それではラッピングしますので少々お待ちください」

「おー。今日も盛況だな。香織さんは?」

「奥で誕生日の花、ラッピングしてるわよ」

 僕は母さんにそう言って手伝うか聞いてみたけども、香織さんのそばにむさ苦しい男がいたら綺麗な花が台無しになるとか言われて自室に上がるように言われた。香織さんはすっかり花屋の店員が板に付いていた。花言葉とかも勉強しているのか詳しくなっていた。


「うーん」

 今日の僕は悩んでいた。大学での香織さんは僕は取り巻きの一人、と言うような接し方で距離がとても遠い。しかし、家に帰って話しかけたり夕食や朝ご飯の時は取り繕った感じはなくて、いつもの香織さん。

「一体僕は香織さんのなんなんだ。彼氏?かどうかは分からないけど限りなく近いような?でもデートとか行かないし……」

 後藤が常に僕に美人だと推してくるのが香織さんなので、香織さんが僕の自宅の上に住んでるなんて。ましてや食事をともにしているなんて後藤には絶対に言えないし。相談なんて出来ない。

「散歩に出掛けるか」

 去年、何度も香織さんと行った如月公園。といってもデートとかじゃ無くて深夜の密会みたいなものだったけど。ここも桜がすごくて多くの人が訪れる。芝生に敷物を出して花見に興じる人たちが沢山いる。

 

「あ!一ノ瀬先輩‼」

 先輩?僕にそんな風に呼ばれる後輩なんていたか?振り向くとそこには、ショートカットのかわいらしい女の子が立っていた。高校三年生くらい?

「あ!やっぱり一ノ瀬先輩だ‼こんなところで会うなんて奇遇ですね!」

 んんん?やっぱり誰だか分からん。思わずじーっと見てしまった。

「先輩、視線が怖いです」

「あ、いや。本気で分からんのだが君は?」

「経営学科二年の榊原凛です!」

「榊原凛……」

 ダメだ。全く分からん。二年生って事は去年は一年生だったはず。去年、一年生で知り合いなんて居たか?

「ごめん榊原さん。僕には全く面識があるとは思えないんだけど……誰かと間違えてない?」

「間違えてないです!」

 とても元気のある子だ。ハキハキしてて髪留めのリボンも似合ってる。

「じゃあ、なんで?」

「一ノ瀬ノートです!あの伝説の一ノ瀬ノートを書いたのって一ノ瀬先輩!ですよね‼」

 なんだ伝説の一ノ瀬ノートって……。ますます分からんぞ。

「その一ノ瀬ノートってのがなんなんだか分からないんだけど……なに?」

「経営学科の中では有名ですよ?一ノ瀬先輩が書いたノートのコピー、すっごく綺麗に要点が纏まっててテストでは効果てきめんです!」

 ああ。僕のノートが引き継がれてるのか。でも伝説のって……。

「伝説かどうかは分からないけど、ノートはよく友達に貸してたからコピーが出回ってたのかも知れないね。で?なにか用事かな?」

「はい‼デートしてください!」

「はい?」


 僕はいきなりのデートのお誘いに鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっていたと思う。

「デート?先輩をからかうのは……」

「先輩かも知れませんけど、今は同じ二年生です!」

 ちょっと話がかみ合わない子なのかな。なんかお花持ってるし。

「あ!でも今日はお母さんの誕生日なのでデートは無理です!なので、今度改めてお誘いしますね‼それでは!」

 んんん?マジでなんだったんだ?

 その晩、晩ご飯の後にいつものように僕の部屋で悠仁君とゲームをしながら、香織さんにその子の話をした。特徴からして我が生花店で誕生日用の切り花を買った子だという事が分かった。

「伝説の一ノ瀬ノートだって。おかし」

 香織さんはケラケラ笑ってその話の反応をした。

「まぁ、僕の人助けは後輩にも伝播してたって事で。まとめた甲斐があったってものよ」

「そうかも知れないけど。でもなんでデートに誘われてるの?」

「それが分からないから相談してるんだって」

「良いじゃない。あんな可愛い子、一ノ瀬君からアタックしても落ちてこないわよ。行ってこれば?」

「香織さんはそれでいいのかよ」

「私?なんで?」

「この前ほら……内緒とかなんとか言ってたじゃん」

「なぁにぃ?期待してるの?私と付き合いたい?」

「いや!そんなんじゃないって言うかなんというか……」

「歯切れ悪いわね。私は良いわよ」

「え?」

「だから、その子とのデート。行ってきても。うむ。許す」

 なんだか勘違いしてしまった。僕は香織さんのこと、どう思ってるんだろう。それに香織さんは僕のことどう思ってるんだろう。仮の彼氏?虫除け?でも大学ではこんな風に接してこないし。のんきに伸びをしている香織さんを見てそんなことを考える。

 

「後藤よ」

「なんだ一ノ瀬よ」

「いきなり面識のない子からデートに誘われたら、お前ならどうする?しかもそれなりに可愛い」

「うん。間違いなく壺とか絵画とかロムウェイとかだろうな」

「人を全く信用してねぇな」

「だって面識がないのに声をかけてくるんだろ?キャッチセールスと同じじゃないか」

「まぁそうかも知れないけど。とてもそんな風には見えないんだよなあ」

「時に一ノ瀬よ。今のは例え話ではなく真実だと申すか?」

「そうなんだよ。先日ウチに花を買いに来た子らしくてな。如月公園で出会っていきなりデートに誘われた。なんでも経営学科の二年生らしい」

「お前。花屋の手伝いなんてしてたっけ?なんで買いに来た子って分かったんだ?聞いたのか?」

「あ、いや。母さんに聞いた」

 危ない。後藤には香織さんのことは隠してたんだった。

「でもよ。経営学科二年生ってお前の同級生になるじゃん。本当に知らねぇの?」

「なんか僕の書いたノートが一年生にも出回ってたみたいでさ。伝説の一ノ瀬ノートなんて呼ばれてるらしい。多分それで僕のことを知ったんだと思うけども、いきなりデートのお誘いってなぁ」

「いいんじゃないの。受ければ。変なお誘いなら断ればいいじゃん。可愛い子なんだろ?本当なら棚ぼたじゃんか」

「あ!せんぱーい!」

 この声は!

「一ノ瀬先輩、この前の話なんですけど……。あ、私経営学科二年の榊原凛と言います。よろしくお願いします!」

 後藤の方を向いて礼儀正しく挨拶。

「お、おお。俺は同じく経営学科の三年生で後藤だ」

「後藤先輩ですね!今後ともよろしくお願いします!」

 

「な、なあ、この子が言ってた子か?」

「そう」

「行け。俺が許す。行って玉砕してこい」

 

 そう耳打ちされていたら「なんの話してるんですか?」と覗き込まれて榊原さんの方を向き直った。

「あ、えーっと榊原さん、例の件なんだけど……」

「凛でいいです!後輩ですし凛って呼び捨てにしてください!」

「ええと。凛って呼び捨てにするのはちょっとアレだから凛ちゃんでいいかな」

「はい!それでデートの件なんですけど、今週の土曜日は空いてますか?」

「空いてるけど……」

「はい。じゃあ決まりです!十時に池所駅のフクロウの前で待ってます!それじゃ。次の講義があるのでこれで失礼します!」

 凛ちゃんはパタパタと走ってカフェテリアを後にした。

「後藤よ」

「ああ。一ノ瀬よ。アレは地雷系だな。頑張れよ……」

「一緒に行ってくれないか?」

「男らしく散ってこい」

 

「と言うわけで今週末の土曜日にデートに行くことになった」

「そう。良かったじゃない。あんな可愛い子。めったに居ないわよ?」

 食後に悠仁君のゲームの相手をしながら話をしたが、この前と答えは変わらず行ってこい、だった。僕は香織さんになにを期待しているのか。考えが纏まらないうちに土曜日はあっという間にやってきた。

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