第10話 かりそめの彼氏、情けは人のためならず
なかなかしぶとい。必修単元の単位三つも理不尽に落とされてるんだ。私が何かしてるのは伝わっててもおかしくない。香織もそう。私がどんだけ苦労して悪評をばら撒いたと思ってるのよ。あの子、両親居ないし弟も養ってるって言ってたし。バイトなしにどうやって……。
「そうだ。良いこと思いついた」
最近、私への周りの視線がおかしい。いつも視線は受けてる方だけれど、最近の視線はそういうのじゃない気がする。こういうときは涼花に相談してたから他に相談するような相手はいつも涼花と一緒にお昼を食べてた同級生しかいないけど、こんなことになってるなんて話せるような間柄じゃない。
「なぁ、香織さんだっけ?今夜俺とデートしない?」
「な、なにをいきなり。嫌です。お断ります」
「け!つれないの。やっぱあれ?お金貰えないとダメとか?払うんなら良いって言うなら払うぜ?」
「だからなんなんですか!私、用事があるので失礼します!」
走って講堂に向かう。なんなの一体。お金ってなに⁉
「香織さん、ちょっといい?」
いつものように花屋の店頭で商品の品出しをしている私を店内から一ノ瀬君が呼んでいる。
「なに?休憩時間、まだ先だと思うけど」
「いや、緊急事態だから。かーさーん。香織さん、ちょっと調子悪いって言ってるから早めに休憩入るよー」
そう言って僕は香織さんを自室に招き入れた。
「これ。僕も後藤から言われて見てたところ。ほら、ここ」
「え?」
なにこれ。目線は隠されてるけど確実に私じゃない。なんでこんなページに私の写真が?
「このサイトさ。会員制デートクラブのホームページ。所謂出会い系のサイトでさ」
「なんでこんなサイトに私の写真が⁉」
考えられるのは涼花さんだ。
「こういうサイトはサクラが居ると聞く。そのサクラの宣材写真を売ったんじゃないか?この写真に見覚えはないか?」
「背景は加工されているのか白抜きにされていてよく分からない。でも涼花なら私の写真は沢山持っていると思う」
「今までに難か被害は?」
「今日大学で知らない人から俺とデートしない?って言われて……断ったら金払うからとか言われて……」
なんてこった。もう広がってるのか。
「とにかく僕はこのお店に電話して宣材写真の取り下げを依頼する。こういうのは本人じゃない方が良いと思う」
「ん。お願いできる?」
「あと。しばらくは大学に行かない方が良いと思う。ノートは僕が取るし、代返可能な講義はやっておく。それと。万が一を考えてなんだけど、僕の家の上の部屋、一部屋空いてるんだ。引っ越しした方が良いと思う。住所をバラされてる可能性も否定できない。その手続きも僕がやるから」
「あのね、私、両親が居ないの。それで小学生の弟が居て……もし悠仁に変なことがあったら私……!」
なるほど。だからおばあちゃんをあんなに……。
「大丈夫。この家に引っ越すなら、その悠仁君も一緒に来るんだろ?登下校はウチのクソ親父に送り迎えを頼めば良いさ。どうせ暇してるんだから」
「でもそんな事まで……」
「人助け人助け。といっても見返りは求めてないから。僕がやりたくてやることだから」
「……ありが……とう……」
私は泣いてしまった。私が勝手に彼氏役を押しつけて要るだけなのに。それがきっかけで一ノ瀬君も巻き込んでしまったのに……。
「落ち着くまでここに居ると良いよ。店番は僕がやるから」
その翌週に引っ越しを済まして香織さんは僕の実家の四階に住むことになった。会員制デートクラブの宣材写真も本人の友人からの依頼ということで電話をしたら事務所まで来て欲しいと言われたけどなんとか切り抜けた。店頭にほとぼりが冷めるまでは店頭に立つのも危険だろう、という僕の両親の提案でご飯は実家で作ったものを香織さんの部屋まで持って行く、家賃は取らない、ということになった。このことを香織さんに話したときは、受け取れません、とかなりの勢いで言われたけども、最後は僕の親父が強引に丸め込んだ。
「ねぇ池田、お前んとこのバイト先に居た本庄って覚えてる?」
「本庄……本庄……あ、なんかクビになった美人だろ」
「そうそう。あいつ……最近どこかで見なかった?」
「さあな。お前に言われて焼き肉屋に怒鳴り込んで以来見てねぇな。それより今晩どうだ?」
「やだよ。今日は彼氏」
「少しは節操持てよ」
「お前に言われたくはない」
それにしても香織のやつどこに消えた?大学の講義にも出てこない。香織の取り巻きだった連中に聞いても最近は見てないと言っていた。まぁ、取り巻きと言っても勝手にファンクラブ立ち上げてたような連中だから宛てにはしてなかったけど。でも一ノ瀬は大学に来てるんだよな……。テストはまだ先だからどうにかなると思ってる?一ノ瀬に聞く?でも今の状態で一ノ瀬に接触したらクソ教授との関係を聞かれたら厄介だ。どんな尻尾だって掴ませる訳にはいかない。
「そぉだ」
「はい、そうです。香織さんに頼まれてお見舞いに、と」
「そうですか。それではこちらに名前を……」
香織、お前のババァ、丸腰だぞ。これから香織と一ノ瀬の関係についてバラしてやる。それで寿命が縮まっても知らねーからな。全部お前が悪いんだ。
病室の番号と名前を確認して部屋に入った。
「一ノ瀬のおばーさーん」
カーテンを開けたらそこには一ノ瀬と香織が居た。
「!」
「なんでここに香織が⁉」
「なんでって……涼花こそなんでここに?」
「あ、や。いつもお見舞いに行ってるだろ?大学生活の様子とか親友からも話してあげた方が良いかなって。迷惑だった?」
僕は衝動的に言葉を発しそうになったのを香織さんが強い視線で止めた。
「そうね。最近の、私の様子を話してあげて」
「え、ああ、そうね」
(最近?最近は大学にも来てないし、様子も分からない。かと言ってここで下手なことを言ったら……)
「あらあら、あなたが涼花さんなの?香織から聞いてますよ。仲良くしてもらってるそうで。ありがとうね。この子、こんな風体だけど、お友達、少なかったから。会えてうれしいわ」
「え、ええ。私も。香織さんのおばあさんの元気な姿が見られて安心しました」
なにが安心だよ。私はぶち壊しに来たんだ。
「香織、それにしても一ノ瀬君とは長続きしてるじゃない」
とっかえひっかえ彼氏を作ってるような話を作ってやる。
「そうなの!私に紹介してからずっと続いてるの!香織がこんなにお友達と一緒に居るのなんて初めて!
香織のババァはそんなことを口にした。
(お友達?)
「ええっと。香織と一ノ瀬君は……」
「親友でしょ?涼花さんも一緒に居るんでしょ?有り難いことだわ。今後も仲良くしてあげてね」
(どういうこと?彼氏彼女って紹介してるわけじゃないの?)
「おばあちゃん、今日は長居しちゃったし、もう休んだ方が良いわ」
香織さんはおばあちゃんに横になるように促して病室を後にしようとした。
「あの。この二人。恋人どうしなんですよ。それはまぁ羨ましいカップルで」
「涼花?」
「それで最近、別れたんですよ。でもおばあさんにはそのことを話してないのかしら?」
なんのつもりなんだ。ここでその話をしても何の意味も無い。やはり意図的におばあちゃんにショックを与えようとしに来た?
「も、もう、なにをいってるの涼花。さ、今日はもう面会時間も終わるし帰ろ?ね?」
僕がおばあちゃんの様子を伺うともう寝息を立てていた。さっきの言葉を聞いているのか怪しいところだが、最近の様子だと今日のことは来週には忘れていると思う。
「なんのつもりなの涼花。説明してちょうだい」
病院のホールまで出て来てから香織さんが涼花さんを詰問する。
「そもそもなんで会いに来たの?うちのおばあちゃんに。さっき言ったこと?私と一ノ瀬君が別れたって言えばショックを与えることが出来るとでも思ったわけ?あなた分かってる?それって殺人未遂って言われても仕方の無いことよ?復讐かなにか知らないけど、そこまでするなら私にも考えがあるわ」
「わ、私はそんなつもりじゃ……」
流石に殺人未遂と言われて涼花さんは気圧されている。
「でも‼事実でしょ?香織と一ノ瀬が別れたって。嘘の報告をしてる方が良くないと思うわ!」
「私と一ノ瀬君、付き合ってるわよ」
え、ええ⁉なんで?仮の彼氏復活⁉話を合わせた方が良さそうだ。でもここで余計なことを言って香織さんの計画に支障が出たらマズい。さっき考えがあるって言ってたし。
「う、うそ……だって……一ノ瀬は仮の……」
「仮から始まる恋だってあるの」
「そっちはどうなの?斉藤教授とは上手くいってるのかしら?」
「なんでそこで斉藤教授の話が出て来るのよ」
「さあね。なんでかしら」
「私には彼氏がいるの。斉藤教授がなんなの?」
「彼氏のことなんてなにも聞いてないわ。それかなに?彼氏にバレたらマズいのかしら?」
(しまった)
「どういうことなのか分かったら今後私たちに関わることは止めて。分かった?」
「な、なんのこと?なんで私が香織に絶交されるわけ?」
「復讐。なんでしょ?私にも。なのに絶交もなにもないでしょ?」
「……。はぁ……はいはい。降参降参。私の負け。香織の言うとおり斉藤教授を籠絡させて、そこの一ノ瀬の単位を落とさせたのは私。会員制デートクラブに香織の写真を売りつけたのも私。上手くいってたんだけどなぁ。ここに来たのが敗因かな。で?二人は本当に付き合ってるわけ?」
「聞いてどうするの」
「気になるじゃない。だってかりそめの彼氏だったでしょ?香織にはそんな芋ったらしい彼氏
、似合わないし」
「似合うかどうか決めるのは涼花じゃない。私」
「そうね。そうかもね。でもそこの一ノ瀬は留年決定でしょ?それで私は満足かな。ごめんね香織。巻き込んじゃって」
「思ってもいないことを言わないで」
「はいはい。それじゃ。今後はお互い不干渉と言うことで」
涼花さんは後ろ手に手をヒラヒラさせて自動ドアの外に消えていった。
「はぁ……。息が止まるかと思った」
「止まってたらあなた、死んでる頃よ。大丈夫。これは私の一ノ瀬君への恩返し。情けは人のためならず、でしょ!」
「さっきの僕が彼氏だって話は……」
「本気にした?」
「あ、いや……だって」
「久しぶりに聞いた。その『あ』ってやつ。内緒‼」
こうして涼花さんの復讐劇は解決を迎えた。
僕は過去への清算に留年という対価を支払って。
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