第9話 かりそめの彼氏、疑惑を抱く

 香織さんの花屋のバイトは今のところ何の問題も無く続いている。それどころか美人が花を売っているからか売り上げが伸びたらしい。ここまでは涼花さんからの干渉がないからかも知れない。

 

「ねね。一樹、香織さんとはどういう関係なの?」

「事情は話しただろ?人助けだよ」

「あんたねぇ。またその人助け?香織さんに何か期待してるの?」

「そんなんじゃないって。僕はただ自分の責任に香織さんを巻き込んだことについてちゃんとしないとって思ったから」

「そう。それにしてもあの子、すごい美人さんじゃない?どうやって知り合ったの?というよりも本当に彼女じゃないの?」

「違うって。僕は不釣り合いだろ?それにこんなことがきっかけで付き合うことになるなんてなんか違うだろ」

 母さんは事あるごとに香織さんとの関係を聞いてくる。確かに僕には今まで女っ気は無かったから心配していたのだろう。でもこの件がきっかけで付き合うとか本当にあり得ないし。

 それはそうと自分の単位の心配をしなければならない。僕は教授に直接話を聞くことにした。

 

「そう言われてもなぁ。試験の結果が全てだからなぁ。そりゃ私としては多くの学生に単位を与えたいとは思っているよ?でもキミだけを特別扱いすることは出来ないよ」

 試験の結果か。自己採点した問題用紙も持って行ったがダメだった。三単元全部で同じように言われた。涼花さんは一体なにをしたんだ……。

「おい、一樹、聞いたか?」

「なにを?」

「会社法の教授居るだろ?お前の単位を落とした」

「ああ。教授室に言って直談判してもダメだった」

「それなんだけどさ。なんかホテル街を若い女と手をつないで歩いてるのを俺の友達が見たってさ」

 背筋に悪寒が走る。でもそこまでするか?普通。考えられない。

「どんな子だったとかまで分かったのか?例えばウチの大学の学生とか」

「さあ、そこまでは。お前の単位がダメだったのとなんか関係があるのか?」

 ここで後藤にも事情を話して相談するかどうか。後藤は正義感が強い。話したら涼花さんに直接文句を言いに行くと言いかねない。

「どうだろうな。関係あるかは分からないけど、その女の子が教授を脅して僕の単位を落としたとでもいうのかい?」

「それこそ分からんが、もしそうなら事件だろ」

 迷う。後藤に話すべきなのか。でも予想通りの事なら話しても何の解決策も出ないだろう。

 

「本当に?」

「ああ。後藤の友達が見たって」

「信じたくないけど、あの子ならやりかねないわね……」

 実家の僕の部屋で話をしていた。涼花さんは僕の実家は知らないはずだから深夜の如月公園よりも安全だろう。

「でももし本当ならどうしようもない。無いんだけど……」

「けど?なにか方法があるの?」

「涼花さん、彼氏がいるだろ?彼氏がそのことを知ったらって思ったんだけど、それって彼氏にとって苦しいことだろうし伝えてどうこうなるものでもないだろうし。ああ、この話は聞かなかったことにしてくれ」

「そうね。涼花の彼氏に復讐してもしょうがないもんね」

「ところでさ。おばあちゃんの容態ってどうなんだ?」

「元気。一ノ瀬君が来てから毎週が楽しみって言ってる。本当にありがと」

 これは何回目のありがと、だろうか。この花屋のバイトの時にも言われたし。僕は香織さんの役に立っているのだろうか。

 

 解決策。原因は僕にあるけども、解決方法は涼花さんにこんなことを止めてもらうことだ。香織さんの方は僕の実家のバイトでなんとかなる。問題は香織さんのおばあちゃんのことと、僕の方だ。後藤の友達の言うことが本当だとして。その相手が涼花さんだとしたら……教授を脅して僕の単位を落とした。合点がいってしまう。香織さんも涼花さんならやりかねないと言っていたし。教授を逆に脅すのはどうだ?でも涼花さんじゃなかったら……。いや。誰だったとしても不倫なら十分に材料になる。問題は証拠、か。僕は少々荒っぽいかも知れないけど、そう言う手段を考え始めてしまっていた。


「一樹、最近お前、様子がおかしくないか?」

「そうか?」

「例の俺の友達がさ。お前のことホテル街で見たって。しかも一人で。まさかあれか?あまりのさみしさに風俗にてもハマってるのか?ダメとは言わないがお勧めもしないぞ。そんなのただの埋め合わせにすぎない。それにそんな噂が広がったらお前、学生生活中に彼女なんて絶対に出来ないぞ」

 見られていた。いつ来るのか分からないから、可能性のある時間にホテル街を適当に歩いていたのだ。偶然、なんてことを願って。でもそんな上手くいくはずないか。それに後藤の言う通りだ。僕に変な噂が立って実家の花屋でバイトしている香織さんにまで迷惑をかけたら、それこそ事だ。

「なあ、後藤。僕の人助けって言うのはやっぱり他人のためなのかな。恩を売って自分が見返りを受けてるのかな」

「なんだ?そうだな。俺が見てる限りはお前へのリターンはお礼くらいだろ。見返りというよほどのものでもないだろ」

「やっぱりそうだよな」

「やっぱりなんかあったのか」

 僕は話の大事な部分はぼやかして、香織さんのおばあちゃんの事について相談をした。

「その話は前に言ったろ。話をするのはお前じゃなくて、その香織さんだって。それをなんでお前がそんなに入れ込まなくちゃならないんだよ。なにか?その香織さんって人のことが好きになったのか?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

「じゃあ、別にどうなってもいいじゃないか」

「香織さんのおばあちゃんが具合が悪くなってもか?」

「それを言われるとなぁ。でも他人の事だし、あまり首を突っ込みすぎない方が良いと思うぞ。後戻りできなくなる。というより既にそうなりつつある」

 その通りだ。もう後戻りは出来ない。僕にはあのおばあちゃんに彼氏と別れたなんて香織さんに言わせたくない。絶対に。

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