第8話 かりそめの彼氏、復讐を受ける

「一対一で話がしたい」

 ノートを借りに来た涼花さんにそう書いたメモ帳を挟んで手渡す。聞き入れてくれるかどうかは分からない。でも返却待ち合わせ場所のカフェテリアには涼花さんは一人で来てくれた。

「まずはありがとう」

「なんでノートを借りた私がお礼を言われるわけ?訳分からないんだけど」

「あ、いや。一対一で話をさせて欲しいってお願いに応えてくれて、って事なんだけど」

「ああ、それ。本当は香織も誘って来ようかと思ったんだけど、あの子見当たらなくて」

 本当か嘘かは分からない。でも状況的には僕が考えていた通りになった。まずは謝罪。

「高校の時、本当に済まなかった。あのときは僕に勇気が無くて……」

「あのさ」

 話の腰を折られた。

「あのさ。なんでそれ、知ってるの?私が三宅涼花ってなんで知ってるのって聞いてるんだけど」

 そうか。このことは香織さんから聞いて知ったけども、自分自身ではまだ気がついていない事になってたんだった!

「それはその……何度か話していれば思い出すって言うか……」

「わかるわけないっしょ。私、あの頃とは全然違うし。香織でしょ。香織にはそのこと話したから」

 最悪だ。別れた相手にそんな重要なことをなんで話すんだ。相談されたとでも言うのか?でもなんの相談?そう逡巡している僕に涼花さんは言葉を続けた。

「なんであの子にそこまで取り入っての?あの子はあんたのなんなの?彼氏面?もう振られたんでしょ?じゃあなんで?ねぇ、教えてよ」

「取り入ってるとかそういうんじゃ……」

「ふ……なに?香織が美人だから?美人だから助けたいとか思ってるわけ?そうよ私は美人なんて呼ばれたことないし?自分の容姿がどんなのかくらい自覚してる。高校時代の私なんてゴミみたいに思った?」

「そんなこと!そんなことない。じゃなかったらあんなに話したりしなかった」

「じゃあ、なんであのとき助けてくれなかったの?勇気が無かったから?はん、違うでしょ。自分が一緒にいじめられたくなかったからでしょ?」

 その通りだった。主犯格の女子はクラスでも中心的な存在だったし、女子だけじゃなくて男子からも人気があった。そんな人たちを敵に回すのは、と判断したのは自分だった。

「図星。でしょ。辛かったわ。とても。唯一助けてくれるかもって相手になにもして貰えない。親にもそんなことは相談できない。教師に言ってもなんにも対応してくれない。分かる?あなたに分かる?そんな地獄が!」

 分かる、といえば満足するのだろうか。でも僕には分からない。嘘をついても悟られるに決まってる。

「正直、分からない。でも見ていて心が痛んだのは嘘じゃない」

「わたしさ。あなたに復讐しようかと思ってたの」

「え?」

「でも止めた。香織にする。あなた、自分が復讐を受けても自業自得だからって簡単にかたづけるでしょ。そんなの私が許さない。でも香織が同じ目に合うとしたら?あなた、耐えられる?私の時と同じように見捨てる?できないでしょ。そんなの。あんたは香織と一緒にいじめられるの。そして私の地獄の苦しみを一緒に味わってもらうの」

「そんな!香織さんは関係ないじゃないか。それに香織さんは涼花さんの親友なんじゃないんですか!」

「親友?そんなの簡単に壊れるわよ。今の私は涼花じゃなくて三宅涼花。香織と親友だった涼花はもう居ないの。それじゃ。楽しみにしててね」

 そう言って後ろ手に手をひらひらさせて涼花さんは去って行った。

「僕のせいだ。僕があのときに三宅さんを助けなかったから……」

 僕は頭を抱えて机に突っ伏してしまった。

「よう、一樹。なにやってんだ?」

 後藤が僕の頭にチョップを入れてきた。

「ああ、後藤か。ちょっとな」

「なんだ?悩み事か?お前がなにか抱えるなんて珍しいな。俺で良ければ話、聞くぞ」

 話そうかと思ったけども、後藤まで今回の件に巻き込むのは避けたい。なので自分自身で乗り越えなきゃいけない話だから、と言って相談はしなかった。

 

「ええ?涼花とそんな話になったの?」

「ああ、巻き込んでしまってすまない」

「それは私の蒔いた種だから仕方の無いことだと思うけど、いじめってどうやるのかしら。高校時代みたいにクラスの結束とか大学はないじゃない?仲間はずれにするとか言っても修学旅行みたいなものがあるわけでもないし」

「そうなんだけどさ。あの様子だとなにをしてくるのか想像がつかない」

 深夜の如月公園でそんな会話をする。メッセージを使えば僕と香織さんがまだ繋がっていると勘づかれるかも知れないからだ。結局、僕らは対策を見いだすことが出来ずに数日が経った。

 

「え?なんでですか?」

「だから君には辞めてもらうと言ってるんだ。いくら美人だからってお客さんからあんなにクレームが入るのはこっちとしても困るんだ」

 バイト先の焼き肉店の店長から突然そう言われて呆然とした。クレーム?受けた覚えがない。同じような理由でコンビニもクビになった。まさか……。心臓がバクバクする。

 

 え?なんで?なんで僕が落第なんだ?この前の試験、自分の採点では八十点以上は確実だった。なのに単位を落とした。それも三つも。一瞬、涼花さんの復讐のことが頭をよぎったけどもこんなことなんてできるはずがない。

 

「どうしたの?」

「え?ああ。涼花さん」

「三宅さん。でしょ?あなたの中では」

「あ、ああ。そうだったかな。すまない」

「このままだと卒業出来ないかもねー。ご愁傷様」

「なんでそんなことを……」

 知ってるのか。そう言う前に去ってしまった。単位を操るなんてことが出来るのか?学生の立場で。

「よう。一樹。なんか珍しいことが起きてるじゃねぇか。なんでお前が補講受けてるんだ?」

「あ、ああ。ちょっと試験の日は調子が悪くてさ。追試になった」

「そうか。ついてねぇな。ま、一緒に追試頑張ろうぜ。ちなみに補講の内容を丸暗記すれば追試は余裕だ。お前なら間違いなく問題ないと思うぜ」

 後藤にそう言われたのに追試の結果も自己採点ではボーダーラインを大きく超えてるはずなのに落第。単位を落とす事になってしまった。しかも三単元全滅だ。これは三宅涼花の復讐の一つなのか?でもどうやって?

 

「センセ。ありがと」

「いや、簡単なことだよそんなの。それに涼花の言うことには逆らえないからね」

 ホテルのベッドで好きでもないクソおやじの相手をするのは虫唾が走るけども、あの一ノ瀬のやつの人生が狂うのであれば、こんなことは些細な事だ。

「ねぇ、センセ?来年もお願いね?センセの単元って必修でしょ?私、あいつが大学を無事に卒業するなんて耐えられないの」

「でも涼花はなんでそんなに一ノ瀬のことが……」

「センセ?それは聞かない約束でしょ?いいの?こんな関係が奥さんにバレても」

「や、それは困る。分かった。もう聞かないから安心してくれ」

「そ。期待してる」

 

 バイトが全滅。来月からどうしよう。三ヶ月くらいならなんとかやりくり出来るかも知れないけど、それ以上は無理だ。おばあちゃんを頼るのは絶対に避けたいし、バイト探さないと。

 そう思って大学からの帰り道と自宅周辺のバイト募集中の先に履歴書を持って受けに行ったが全部断られた。理由を聞いても答えてくれない。息づかいが荒くなる。涼花の言う復讐ってこれのことなのかしら。でもそんなのどうやって⁉

 

「かーおりー。お昼。一緒に行こ?今日は外食にしようか。カフェテリアも食堂も飽きちゃったし。そーそー、新しく開店したフレンチのランチなんてどう?行くよね?香織」

 まさか……。

「あ、あのさ。ちょっと今月はピンチでさ。その……カフェテリアしない?」

 本当はカフェテリアの六百円のパスタも気持ちでは厳しい。コンビニのおにぎりで済ませようと思っていたところだったのに。

「えー、付き合い悪いー」

「でも。私、フレンチとかそういうのは似合わないというかなんというか……」

「なに?それって嫌み?」

 笑顔でそんなことを言われて背筋に悪寒がが走る。この子は本気だ。仕方なくフレンチに付き合うことになった。二千五百円。今の私にとっては大金だ。香織はご飯を食べてるときもその後もいつものように明るく接してきて、逆に怖かった。

 

「どういうことか分かるか?」

「分からない。私もバイト先、全滅。新規もアウト。正直生活が苦しい」

「僕もだ。幸い生活には困ってないけど必修の単位が三つとも落第だ」

「どうして?あんなにちゃんと授業受けてたじゃない」

「それが分からないんだ。自己採点ではボーダーラインは超えてるはずなのに追試もダメだった。これが、涼花さんの言う復讐なのかな」

「分からないわよ。全部確証が持てない。第一バイトの可能性がある先全部に私の悪評を言って回るなんて無理だと思うし」

「そうだよな。単位がダメになるなんて言うのも説明が付かない。あ、そうだ。バイト先なら僕の実家の花屋はどうかな。僕の実家だし断られることも無いと思う。大学から二駅先になるけど。多分交通費も出してくれると思うから」

「そんなにしてくれるのは……一ノ瀬君の実家の花屋にも悪評が付いたらまずいでしょ?」

「いいよそんなの。気にしてない。そもそも花屋は趣味みたいなものなんだ。実家はアパートいくつか持っててそっちが主な収入源だから」

「そう。それで生活に困ってない、というよりそんなに駅が近いのに一人暮らしさせてもらってるのね」

「そう。母さんも大学時代に一人暮らしに慣れておかないと社会人になった時に大変だって」

「分かった。そういうことなら、その話、甘えても良いかしら」

 僕は母さんには事情を話しても良いかと香織さんに聞いて了承をもらった後に、バイトに入ってもらうことにした。香織さんがいれば通常の閉店時間よりも長く営業出来るし、その方がお客さんにとっても良いだろう。ということで営業時間の延長もしてもらって時給を伸ばしたりもした。流石に深夜まで、というのは無理だけども。それもあるけど、僕の必修単元についてもどうするのか考えないといけない。親は留年するのは多分許して貰えると思うけど、あの調子じゃ留年しても必修単元の単位を貰える可能性は低いような気がする。

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