第4話 かりそめの彼氏、ヒーローになる

 私としたことが失態だわ。あんなやつの肩を借りるなんて。まぁ、服が安く買えたのは助かったけども。

「あのー」

「あ、すみません。いらっしゃいませ。お弁当、温めますか?」

「はい。そうして下さい」

 昼間にいつも以上に歩いてしまったから眠い。このバイトもあと二時間もある。

「帰ったら二時か……明日は一限からあるし帰ったらすぐに寝なきゃ……」

「本庄さんなんか言った?」

「あ、別に何でも無いです」

「本庄さん大学生だっけ?こんな遅くまでバイトして学校で居眠りしたりしないの?」

 この人は同じシフト時間によく入ってくる、確か……池田さん。

「池田さんの方こそ眠くならないんですか?」

「俺?俺はもう昼夜逆転してるから。昼間はずっと寝てるよ」

 話しぶりから社会人でも学生でもなさそうだ。なにをしている人なのか気にはなるけど無駄な詮索は無用だ。こちらのことを聞かれても困る。

 

「ただいま」

 午前二時三十分。家に帰って玄関でそう呟く。誰も返事なんてしないのに。寝室に行くと悠仁は寝息を立てて眠っている。

「ほら……布団はだけちゃって。風邪引くぞ……」

 私は悠仁に布団をかけ直してシャワーに入るって今後のことを考える。涼花達には性格の不一致とかで別れたって言えば良いけど……一ノ瀬君にはなんて言えば……って、関係ないか。最初からそう言ってるし。

 

「えー!嘘!もう別れたの?早すぎない?折角の彼氏じゃん。白馬の王子様じゃん」

「なんというか性格が合わないというか……」

「性格の不一致ってやつ?性格が合わないなんて他人なんだから当たり前じゃない。私だって最初はなんか違うなーって思ったけども三ヶ月もしたらこういう人なんだなって思ったよ?もうちょっと続けて見た方がいいとおもうんだけどなー」

「涼花はそういうところあるけど私はちょっと……」

「お堅いなー。ま、香織がそれで良いなら私はいいんだけどさ」

 カフェテリアでいつもの面々で昼食を取っていたとき、カウンターに一ノ瀬君の姿が見えた。

 もう関係ない。そう言い聞かせてこのカフェテリア最安値のパスタを口に運ぶ。

 

「一樹はさ、例の彼女とどうなったんだ?香織さんだっけか?」

「そ。香織さん。もう別れたよ」

「付き合ってもいないのに別れたってなんだよ」

「設定の話だよ。性格の不一致ってやつ?で別れた事になってる」

「お前、本当にいいやつだな。そんなのに付き合って。ホントその香織さんってやつの顔が見てみたいわ。どこかで見かけたら教えてくれよな」

 麻婆豆腐定食をトレーに乗せて振り向くとそこには香織さんが居て目が合った。

 もう関係ないでしょ。

 そう言う目線が帰ってきたので、僕は香織さんと距離のある席を目指して歩いて行った。

「ところでさ。あそこのグループに居るセミロングの女の子、めっちゃ美人だったな」

「ああ、そうなのか?見てなかった。勿体ないことをしたな」

 香織さんだ。やっぱり誰の目から見ても美人なんだろう。

「一樹はさ。俺たちなんで彼女が出来ないんだと思う?」

「なんだ唐突に」

「だってお前、一応彼女持ちになった訳だろ?アウトレットパークにも一緒に行ったんだろ?どんな感じだ?彼女って」

「香織さんのことか?」

「いや、そうじゃなくて一般的な話でさ」

 香織さんはあまりの美人さに道行く人の視線を浴びていたので正直僕は小さくなっていた。香織さんの釣り合いのとれた彼氏ならもっと堂々としてるんだろうな。

「一般的な話かぁ。そうだな。満足感に浸れるな。あと。周りのカップルを見ても羨ましくなくなる」

「なるほどなぁ。俺も仮で良いから彼女持ちになってみたいなぁ」

 

 今日は掛け持ちバイト。十七時から二十一時まで焼き肉店、その後はいつものようにコンビニで二時まで。なんて考えていたらまた居眠りしてしまった。ここはテストにだすからなー、そんな声で起きたがもう黒板は消されていた。

「ったくなんで平日なのにこんなにお客さんくるのよ!」

 焼き肉店のバイト先に大学生とおぼしき団体がやってきてひっきりなしに注文を入れてくる。おかげでこちらは休む暇も無い。一段落したと思ったらもう上がりの時間になっていた。

「はぁー……疲れた」

 いつもの公園で次のバイトまでの時間を潰す。ブランコに座ってスマホを見るといつものように涼花からメッセージが来ていた。今日も彼氏自慢かな。

「やっぱり」

 送られてきていたのは涼花の部屋で酔っ払って大の字になって寝ている彼氏の顔に落書きをした写真だった。本当に仲が良いのね。ちょっぴりだけど羨ましい。

「さて。時間だ。コンビニ行かなきゃ」

 眠い。今日は一段と眠い。お菓子の品出しをしている内に寝落ちしてしまいそうになるくらいに眠い。

「あのー。すみません。レジ良いですか?」

 レジカウンターの方からお客さんの声がする。

「あ、はい!ただいまそちらへ!」

 カウンターの中に入って胸に付けたバーコードを読み取って商品をスキャンしようとした時だった。一ノ瀬君?

「あ、お弁当、温めてもらえますか」

 一瞬こわばったものの、その声で我に返ってお弁当をレンジに入れた。なんでこんなところに一ノ瀬君?私をつけてきたの?聞く?どうやって?そもそも聞いてどうするの?

「あのー。レンジ。終わったみたいですけど……」

「すみません。お会計八百二十円になります」

「ありがとう」

 そういって一ノ瀬君はコンビニを後にした。

「気がつかなかったのかな」

 商品を手渡したときの「ありがとう」以外はなにも言わずに去って行った。なんなのよもう。一言くらいあっても良いじゃない。って、私が話しかけるなって言ったんだっけ。

 

 びっくりした。なんであのコンビニに香織さんが?こんな時間に。思わず話しかけようと思ったけども、話しかけないで、って言われてたしな。まぁ、今後関わることもないだろうし。

 家に帰ってから温めて貰った弁当を食べながらそんなことを考えていた時だった。スマホに着信が入った。

「こんな時間に誰だろう。後藤のやつか?」

「はい。もしもし一ノ瀬です」

「一ノ瀬君?ちょっと如月公園のところまで来てくれる?早く!」

 それだけ言って電話は切れてしまった。

「如月公園か。自転車に乗ればそんなに遠くないな」

 僕は切羽詰まった感じの声に一抹の不安を抱えながらも如月公園に向かった。

 

「あの!離して下さい!警察呼びますよ‼」

「いいじゃねぇか。ちょっと飲みに行こうってだけなんだからさー。おごるからよー」

 絡まれてる。いかにもって人に。どうする?って助けるしかないだろう。勇気。僕の勇気!痴漢の時だって出来たんだ。今回も出来る!

「あ、あの!離して貰えませんか!」

「んだてめぇ……」

「彼女は僕の……」

「僕のなんだってんだよ。彼氏とでもいうのかよ」

「しうです!警察呼びますよ‼」

 舌を噛んだ。

「はん。分かったよ。ったく今日はついてねぇな……」

 そう言って輩は去って行った。

「大丈夫?香織さん。警察本当に呼ぶ?」

「いいわよ。そんなの。そんなことよりありがと。なんか迷惑ばかりかけちゃってるね」

 流石に今回の一件は怖かったのか声が震えている。僕たちは彼女が落ち着くまで如月公園のブランコに乗って話しをする。

「あ、あの……こんな時間まで大変だね。バイト」

「ん?ああ、バイトね。今日はかけ持ちだったからちょっと疲れただけ。それにしても、本当にありがとう。来てくれなかったら私……」

 相当に怖かったのか、まだ落ち着かない様子だ。色々と聞きたいこともあったけど、この状態で聞くのはアンフェアな気がした。

「落ち着いた?あんなことがあったんだし、家まで送るよ」

「そうしてくれると助かるわ」

 そして僕たちはブランコから立ち上がって自転車を押しながら歩き始めた。道中は終始無言だった。

「ここ。私、ここだから」

「ここ?」

 そこはまさにアパートと呼んで良い、というくらいの安家賃であろうアパートだった。マンションに住んでるイメージがあったからちょっとびっくりしたけども、色々な事情があるのだろう。

「そうか。じゃ、僕はこれで。あ、そうだ。今日みたいな事もあるから自転車で行った方がいいんじゃない?」

「持ってない。自転車」

 少し迷ったが、今日みたいな事が、またあってからじゃ遅い。

「じゃあ、この自転車。あげるよ」

「え?そんな悪いわ」

「じゃあ、貸すだけ。僕たまにしか使わないから」

 半ば強引に自転車を押しつけて、僕はその場を去った。

 

「あー、なにしてんだ僕は。未練でもあるのか?でもアレは不可抗力というかなんというか。本当に何かあってからじゃ手遅れじゃないか」

 家に帰ってから食べかけの冷えた弁当を食べながら呟く。

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