第3話 かりそめの彼氏、お礼を受ける
香織さんは不思議な人だった。友人の前では作られた性格というか。僕と話している時の方が本当の香織さんな気がする。なんでそんなに取り繕うとするのだろうか。普段のままでも十分に魅力的なのに。僕は徐々に彼女のことが気になり始めていた。
「例のお礼なんだけど。なにがいいの?嫌らしいこと以外なら聞いてあげる」
これはチャンスだよな。チャンスなんだよな??
「あ、それじゃ、僕と一緒に……遊びに……」
「はぁ⁉デートってこと?はぁ……まぁいいわ。で?どこに行くの」
「アウトレットパーク、かな」
「買い物に付き合えって事ね。いいわ。今週末でいいわね?九時に池所駅のフクロウ前で。遅れないでよね」
「デ、デートぉ!」
「声が大きいよ」
「いや、でも一樹がデートなんて信じられん。しかも相手は例の彼女だろ?散々言われてんじゃん」
『鈴木君、ちょっといい?十四時にカフェテラスにきて』
僕がスマホを取り出して見ていたら後藤がのぞき込んできた。
「なんだよ、その鈴木君って」
「今の僕の名前。かりそめのね。話し合わせるのが大変だよ」
「ホント人がいいのな。ま、ボロが出ないように頑張れよ」
僕は後藤と別れてから教室に残って一人考える。
講義はきちんと受けている。ノートだって取ってた。なのに借りに来たり……。彼氏なんていくらでも作れそうなのにわざわざリスクを侵して僕を彼氏に設定したり。謎多き人だな。今度遊びに行くときに何か分かるかな。
「あ。こっちこっち!」
カフェテラスに行くと四人組の女の子の中に座っている香織さんが手を振って僕を呼んでいる。なんかアレかな。彼氏の紹介とかそう言うやつ?適当に相づちを打っていればいいんだよな……。
「あ、ああ。遅れて済まない」
僕は席を一つ開けて香織さんの隣に座る。
「なんで一つ開けてるのー?あ、私たちにイチャついてるのを遠慮してるとか?いーよーそんなの。今日だって自慢の彼氏だから紹介したい、って事なんだから」
そう言う流れなのね。じゃあ、そう言う設定で。
「ねぇねぇ、彼氏君はさ、香織のどんなところが好きになったの?やっぱり綺麗だから?香織美人だからなぁ」
涼花さんだっけな?そんなことを言われたので、ここは性格、とでも言った方が無難なのかな。
「あ、いや。容姿はもちろんです。び、美人ですし。僕には勿体ないです。好きになったのは性格……ですかね。痴漢から助けたあと、すっごいお礼を言ってくれたりしたので」
「香織、まめだもんねー。なるほど。彼氏君は香織にベタ惚れって感じなんだ。香織は?」
「え?私?」
「どっちかというと香織がなんで彼氏なんて作ろうと思ったのかの方が気になるかな。だってずっとそういうのは要らないって言ってたじゃん。ヒーローが目の前に現れたから?」
「ん。まぁそんなところ。彼、性格もいいし講義のノートもきちんと取ってるし」
「ふぅん。ね。今のさ、ノートって何の講義?コピー取らせてよ」
「いいですけど、香織さんから貰った方がコピーしやすいと思いますけど……」
「え?香織が?」
「う、うん。ちょっと居眠りしちゃっててその日の講義分だけコピーさせて貰ったの」
「だよねー。いつも一生懸命だもんね香織。じゃ、私は彼氏君のノートをお借りすると言うことで」
周りにいた女の子も貸して欲しいというので「いいよ」と一言だけ言ってノートを取り出した。
「わー、すごーい。こんなにきちんと取ってるんだ。これは私も単位楽勝だわ」
僕はちょっと不思議に思った。香織さんは講義、真面目に出てるしノートだってちゃんと取っていた。なのになんでみんな香織さんのノートを借りないのか。なんにしても香織さんは不思議な人だ。
「十分遅刻」
「あ、ごめん。道に迷ってる人がいたから案内してたらこんな時間に……」
「あんたってホント人が良いのね。まあいいわ。さっさと行きましょ。あ、十六時になったら私帰るから」
「分かった。それじゃ行こうか」
電車に揺られて僕達はアウトレットパークに向かう。道中、色々と聞きたい事はあったんだけど、話しかけられずにいた。ただただその整った横顔をチラ見するくらいで。
「で?買い物って何?」
「スニーカーを買いに来たんだけど……」
「ボロボロだもんねそれ。よくそんななるまで履いてるわね。私の彼氏として失格だから早々に履き替えてくれると助かるわ」
「そうだね……」
このスニーカーは、今は亡き祖母が買ってくれたものだった。だからずっと履いてたんだけども、流石にここまで履けば本望というか。
「香織さんはどんなのがいいと思う?」
「私?知らないわよ。好きなの選べば?強いて言うなら、あそこのメーカーとか?」
僕たちは、香織さんが指さした店を目指して歩き始めた。周りの人たちから視線が飛ぶ。香織さんを見ているのだろう。僕だってこんな美人が歩いていたら視線を送ってしまうに違いない。かりそめの彼氏とはいえ、ちょっと鼻が高い。
「これなんていいんじゃない?」
「え?」
選んでくれるなんて思ってもいなかったので素っ頓狂な声を上げてしまった。
「なによ。なんか文句でもあるの?」
「ない。無いです」
そう言って店員さんにサイズを出して貰って履き心地を試す。悪くない。本当はあっちの方が好みだけど、折角香織さんが選んでくれたんだ。こっちの方に決めよう。
「別に他のやつでも良かったのに。あっちのやつチラチラ見てたじゃない?」
「そんなことないよ。これもすごく気に入った」
「で?目的の買い物はあっという間に終わった訳だけど。これからどうするの?」
「香織さんは何か買いたいものとか無いの?付き合うよ」
「そうね……じゃあ、あっちの店、いいかしら」
香織さんが僕を連れて行ったのはファストファッションで有名なお店だった。店内全てがリーズナブル。もっと高いものを着ているのかと思ってたけど、香織さんならなにを着ても似合うんだろうな。
「ちょっと試着したいから鞄。持ってて」
「あ。うん」
何着か持って香織さんは試着室に入っていった。鞄、なんで僕が持ってるんだろう。一緒に持って入れば良いのに。そのとき、鞄のサイドポケットには言ったスマホに着信が入った。
「あ、あの……」
「なに?まだ試着終わってないんだけど。それともなに?私が着たところ見てみたいとか?やんないからねそんなの」
「そうじゃなくて。スマホに着信が」
まだバイブが続いている。結構長いから重要な電話なのかも知れない。
「鞄。貸して」
カーテンの中から手だけ出て来た。僕は鞄を手渡すとカーテンの中に消えていった。
「うん。そう。今日はちょっと無理かな……夕方には帰れると思うから……」
試着室から香織さんが出て来て数着持ってレジに並んだ。
「気に入ったのがあったんだ。よかった」
「安くなってたから」
「アウトレットだもんね」
「そうね」
レジで会計をするときに男気を見せて買ってあげようか?とか言ったら怒られるんだろうな。これ以上の恩はごめんだとかいって。会計を済ませてご飯を食べて。差し障りのない会話だけをして後はブラブラパーク内をウィンドウショッピングして歩いていた。
「大丈夫?疲れてない?あそこで休憩しようか」
一時間くらいは歩いただろうか。香織さんが疲れたと思ってベンチで休憩を取ることにした。「クレープ、食べる?買ってくるけど」
目線を逸らされた。要らないのかな。流石にクレープくらいは奢るけど……。
「適当なの買ってきて。そう言って五百円玉を手渡してきた」
「いいよ、奢るよ。これくらいは彼氏ならするでしょ」
「彼氏じゃないし。私の気分の問題だから」
「分かった」
僕は彼女の分は五百円で買えるプレーンなものを選んで、香織さんに手渡す。
「ありがと」
一言だけ言って食べ始めた。
「なによさっきから人のことじろじろ見て」
「あ、いや。本当に綺麗な人だなぁって」
「ありがと。褒めてもなにも出ないわよ」
「そんなつもりじゃ。でも本心だよ」
それはお世辞でもなく本当のことだった。香織さんのことを不細工なんて言う人は居ないだろう。
「そろそろ十五時だし、帰りの移動時間を考えたら帰ろうか」
「そうね。そうしてくれると助かる」
僕たちは帰りの電車に揺られて池所駅に向かう。行きと違って帰りは椅子に座れたので並んで座った。途中話しかけようとしたら香織さんは眠っていた。そっとしておいてあげようとしたとき電車が揺れて頭が僕の方に落ちてきた。肩枕ってやつか。起こそうかと思ったけども本当に疲れていたようなのでそのままにした。このくらいは役得でも良いじゃないか。
池所駅に到着間際に起こしてそのまま駅に電車は入る。起きたとき香織さんは僕の肩に頭があったのを気がついていなかったのか、そのまま何の気もなしに電車を降りていった。慌てて僕もその後に続く。気がついていなかったのかな。
「十六時ぴったりね。それじゃ、私はこれで。お礼はしたからね。そろそろ別れるって涼花達には言うから」
それだけ僕に告げて香織さんは雑踏に消えていった。
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