第2話 かりそめの彼氏、痴漢電車に乗る

 翌日。

 大学に向かう途中の満員電車。座っているから良いものの。立っている人たちは大変だなぁ……って。

 ええ‼  

 アレって痴漢だよな。いくら満員電車って言ってもあの位置に手の甲っておかしいよな?捕まえる?でも本当に偶然だったら?えん罪じゃん。僕が逆に訴えられちゃうじゃん!なんて思っていたら手の甲がひっくり返って手のひらでお尻をさわり始めた。痴漢だ。アレは確実に痴漢だ。ここは僕も男だ。痴漢は許せない!

「ちょっと!あなた、なにをしてるんですか‼」

 僕は勇気を振り絞って犯人の手首を掴んで立ち上がった。車内がざわつく。

「痴漢……です。この人、痴漢です!!」

「きみぃ、なに言っちゃってんの?俺が痴漢?誰に?どうやって?説明してくれよ……」

「あ、でも!いや……こう、やって……手のひらで……」

「証拠でもあんのかよ!ああん⁉」

「はぁ……その人、痴漢です。私の事を触ってました」

「な!俺は!」

 誰かが非常ベルボタンを押したのか次の駅で三人は駅員室に座っていた。

「で、お嬢さんはこの人に痴漢、されたんですか?それで、あなたがそれに気がついて、というわけですね?」

「だから違うって言ってるだろ!俺は痴漢なんてしてない!えん罪だ!こ、この野郎、訴えてやるからな!覚悟してろよ!」

「まぁまぁ。もうすぐ警察も来ますので落ち着いて」

 

「はい。はい。そうです。証拠を、というならこの人の手に私の服の繊維がついているか確認して下さい。その指輪の間とか、沢山絡んでいると思いますよ」

「くっ……」

 観念したのか痴漢の犯人は警察にご用となった訳だけど……。

「あの……」

「だから話しかけないでって言ったでしょ⁉昨日の今日じゃない」

「あ、はい。ごめんなさい」

「ま、でも感謝はしてるわよ。ありがと」

 香織さんは視線をそらしてはいたもののお礼の言葉をかけてくれた。しかし、嘘から出た誠ってこのことだよなぁ。本当に痴漢から助けるなんて。このまま本当に付き合うことになるなんて……。ないよなぁ。香織さん、先に行っちゃってもう居ないし。

 

「お前、災難続きすぎねぇか?その香織ってやつの顔が見てみたいわ」

「まぁ、人助けが出来たから僕はいいんだけどね」

「人がいいやつだな。そんなんだから毎回ノートのコピーくれなんて言われるんだぞ」

「って、後藤もその一人じゃねぇか」

「へへ。ってことで今回もよろしく頼む!」

 講義が終わって昼飯に行こうとしたときだった。

「あの。一ノ瀬一樹さんってあなたで……」

 不意に斜め後ろから声をかけられた。

「あっ!」

 あ、話しかけるなって言われてるんだっけ。って、今は向こうから話しかけてきてる訳で……。咳払いをした後に冷静に……そう冷静に……。

「はい。僕がその一ノ瀬一樹です。なにか?」

「え?あ、あのノートを……コピーさせてください?」

 なぜ疑問形?まぁ、いいけど。

「はい。構いませんよ。じゃ、これ。十六時に事務連棟のテラスに居ますので。そこに持ってきてもらえれば」

「ありがとうございます?」

 だからなんで疑問形?

「お前も人がいいなぁ。さっきの子、知り合いか?めっちゃくちゃ美人だったじゃねぇか。これを機にお近づきになったり……しねぇだろうなぁ。だって一樹だもんな」

 

 僕は十六時十五分前に事務連棟のテラスに向かったが、彼女、香織さんはもう来ていた。

「これ」

「あ、うん。コピー、終わった?好評なんだよね。僕のノート」

「あのさ。なんでそんなに人が良いの。私がこのノート持ち逃げするかも知れなかったじゃん。なんでそんな簡単に人を信用するの?今朝だってそう。私が痴漢って言わなかったら、あなたえん罪って言われてたのよ?」

「いや。僕はただ人の役に立つのが好きだから。それで誰かが笑顔になってくれたらそれで良いなって」

 別に香織さんの笑顔が見たいわけじゃない。本当に人助けが好きなだけなんだ。

「あのさ。この後ちょっと時間ある?」

「え?大丈夫ですけど……話しかけても大丈夫なんですか?」

「あのね。もうこうやって会話してるでしょ?なに言ってるの」

 僕たちは文化部連合棟に向かう途中の池の畔のベンチに座った。

「あの、話って」

「まずはお礼。今朝の痴漢のことと、ノートのこと。ありがと。痴漢は怖かったから本当に助かったわ」

「あ、いや。アレは当然のことというかなんというか」

「でも震えてたじゃない」

「流石に、ね。でも結果的に助けることが出来て良かったよ」

「そうね」

 そう言って沈黙が流れる。ここは僕から話しかけても怒られないんだろうか。

「ちょっと聞いても良いかな、というか話しかけても良いかな?」

 ジロっと目線を寄越した後に「良いわよ」一言。

「なんで僕のことを彼氏って?」

「話の流れでわかるでしょ?私がちょっとしたことがあって彼氏がいることになったの。それでたまたま、あなたが通りかかったからそういうことにしたの」

「いや、流石に分からなかったかな……。でも、今日……涼花さんだっけ?彼女に別れたって話したんでしょ?」

「話してない」

「え?」

「だから話してないって言ってるの」

「なんで?」

「なんでもいいでしょ!だからもう少しだけ彼氏役、よろしく」

「え?」

「なにか不満でもあるの?なんか適当にお礼はするから。というわけで。今日の飲み会、一緒に来てよね」

「ええ……!なんか大丈夫なの?なんか嘘に嘘を重ねることになるような……」

「私の顔に泥がついてもいいの?」

 いいもなにも。知り合って話し始めてから昨日と合計しても三十分位なんですが。他人の中の他人というか。

「それは困り……ますかね?」

「困るからいってるの。あなたは私の彼氏。分かった?でも余計なことは言わないで。それだけは守って」

「設定は?」

「設定?ああ、なれそめとかそう言う?いいじゃない。嘘から出た誠って事で。痴漢から助けて貰って思わず私から付き合って下さいって言った。これでいい?で、適当なところでやっぱりタイプじゃなかったって事で終わらせるから」

「了解」

 

「だからお前、ほんっと人が良いな。その香織ってやつの顔、マジで拝んでみたいわ」

「僕には不釣り合いで似合わない彼女だよ」

「彼女じゃないんだろ?」

「まぁ、そうだけど。でも、人助けになってるのは間違いないかな」

「また人助けかよ。そんなことばかり言ってるといつか騙されるぞ」

「ご忠告ありがとうございます。それでは今晩はこれにて失礼」

「おう。また明日な」

 後藤とのメッセージのやりとり。なんか最近の日課になっている。彼女がいたらこんな風な感じなのかな。

 

「ちょっと!遅い」

「え?」

 駅の改札前で不意に声をかけられた。誰かと待ち合わせなんてしてたっけ?それとも人間違い?

「あれ?香織さん?」

「そう。飲み会の時に話したでしょ?」

「あ、え?その酔っ払っちゃってて記憶が……」

「涼花の代わりに馬鹿みたいに一気するからでしょ?人が良いというかなんというか。いい?今日は一緒に学校に行くの。それで二限の仏語を一緒に出るの」

「って、香織さんって僕と同じ学年なの?」

「そうよ。昨日そう言ってたでしょ?それも忘れたの?」

「その……ごめん」

「まぁいいわ。そういうわけだから」

 

 僕の隣に香織さんが座っている。横から見ても本当に美人だなぁ。

「なに?」

「あ。いや。なんでもない。ちゃんと授業聞いてるんだなぁって」

「当たり前でしょ?単位落としたらどうするの」

「でもこの前はノート借りにに来たし……」

「アレはちょっと事情があったの。いらぬ詮索はしないで」

「あ、ごめん」

「その話し始める前の『あ』って話癖?なんかこっちが攻めてるみたいなんだけど」

「あ、いや。その……。あ、また、あ。」

「もういいわ。君はそういう人、そう思うことにするわ」

「ごめん」

「なんで謝るのよ。ほんっと馬鹿ね」

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