改革者か悪魔か

「ひい、ひい」 

 

 必死に逃げる老人の声が通路に響く。私はその後を追いかけていた。


「いい加減、観念しなよ!」


 叫ぶと同時に腿から短剣を抜いて相手に投げつける。投げた短剣はレイス卿の肩に刺さった。


「ぎゃあああああ! 痛い、痛いいいい!」


 肩に短剣が刺さった彼は喚きながら体勢を崩して、そのまま転んだ。転んだ彼に私はゆっくり近づいていく。


「ぐうううう……!」

「さて、もう観念しなよ。レイス卿、あなたはこれで終わりだ」


 私の言葉にレイス卿はこちらを睨む。その瞳には憎悪の感情がありありと浮かんでいた。


「おのれ! いまいましい平民風情が貴族の中の貴族であるこの私にそのような言葉を吐くとは! 身の程をしれい!」


 こんな状況になってもくだらない貴族の誇りとやらは捨てられないらしい。本当に反吐が出る。


「あー、そんなこと知らない。あなたは今、ウィリアム様暗殺の証拠を捕まれ、それで人生が摘んだ。これ以外に事実はないよ」


 私はなるべく感情を込めない声で彼に淡々と事実を伝える。


「だから大人しく私に捕まって。そうすれば痛い思いをせずに済むから」

「誰がお前なんぞに捕まるか! この悪魔め!」


 悪魔という言葉に私は一瞬怯んでしまう。私が怯んだのをいいことにレイス卿は一方的に喚き立てた。


「魔導器などという恐ろしいものを発明し、神聖術を冒涜した大罪人め! ウィリアムとルナの庇護がなければお前など処刑されていた人間だ。断じて改革者や天才などではない!」 

「……人のことを悪魔や犯罪者って言うのは失礼な物言いじゃないかな」

「お前をそう呼ばずしてなんと呼ぶ! あの魔導器の原動力はなんだ! 初めて聞いた時私は悲鳴を上げそうになったぞ! 魔物の魔晶石を使用して魔法を使える道具を生み出すなど正気とは思えん!」


 そう、これが私の魔導器が貴族から嫌われるもう一つの理由なのだ。魔物、その名のとおり人ならざる生き物で体内に魔晶石と呼ばれる石を持っている。そしてこの魔物は神聖術を使える人と同じように一個体が強力な術を行使するのだ。

 その性質は凶暴で人を見つけると必ず襲う。そういったこともあって魔物はこの世界に生きる人間にとっては驚異であり、忌むべきものなのだ。

 私は魔導器を生み出す時、世の中が便利になればと思うと同時に魔物という驚異に対抗するためにはその驚異を利用しようと考えた。その結果、魔晶石を動力源とした魔導器を産み出してしまったのだが……。

 貴族連中は忌むべき魔物の魔晶石を利用することに嫌悪感を示したのだ。今のレイス卿の反応はそのもっとも過激なものの一つだ。魔導器を産み出したばかりの時は私を処刑しろという貴族もいた。

 その時に私を守ったのはルナとウィリアム様ぐらいだ。今は魔導器の使用用途が増え、私のことを露骨に悪く言う人も減ったけど。

 今ここにその記憶を思い出させるような貴族の典型のような人間がいる。

 悪口を言われ慣れていても未だにこういうを言う人間には苛つくな。


「私はその点に関して何度も説明をしてるんだけどな。そうやって人の話を聞こうともしない態度はどうかと思うよ」

「黙れ! お前の話など聞こうとも思わぬわ! この悪魔め!」


 私は苛立ちを押さえながらレイス卿を窘めるが彼は聞く耳を持たない。こんなことだから相手にしたくないのだ。


「くそ! あんな悍ましいものをこの国に普及させようとしているなどウィリアムはとんでもない人間だ! あのような大罪人に国の舵取りは任せられん。それはウィリアムに味方している妹のルナも同じだ! この二人とお前がいるからこの国はおかしな方向に向かったのだ! すべての元兇であるお前達を殺して我々の手による正しい政を行うためにオスカー様の今回の計画は必要だったのだ!」


 ……ああ、駄目だ。いい加減理性的に対応するのも限界かも知れない。


「あの方こそ次の王としてふさわしい! ウィリアムのような王族の品格に欠けるような愚物とは違うのだ! あの御方を支え、私は次の時代に君臨するのだ! こんなところで……」


 レイス卿の言葉が終わる前に私は彼に近づいて蹴りを入れた。


「ごほっ……!」

「聞くに堪えないご高説をどうも。鬱陶しいから少し黙って」 


 私の蹴りによってレイス卿はそのまま膝を付いて倒れる。そのまま拘束用の魔導器を利用して彼を拘束した。ちなみにこの魔導具は蜘蛛の魔物の魔晶石を利用して作ったものだ。


「さあ、早く立って。私に付いて来てもらうよ」


 そのまま抵抗の意思を失ったレイス卿を連れてルナの元へと向かう。彼女の元にたどり着いた時にはあちらの戦いに決着が着いていた。ルナの足下にはボロボロになったアルゴスが倒れており、一目で勝者が分かってしまう。


「ルナもアルゴスに勝ったんだね」

「ええ。手強い相手でしたけどきちんと勝ちました」


 涼しい顔で言うルナに私は苦笑いしてしまう。この子は平気なように振る舞っているが相手のアルゴスも手に入れた情報から判断するに相当な実力者なはずだ。友人だがルナはどこまで強くなるのかちょっと末恐ろしい。


「ぐう……流石は戦姫と言ったところか。この俺をこんなに簡単に倒してしまうとは」

「簡単だなんてとんでもない。あなたは強かったですよ。こんな形で出会ってしまったのが本当に残念です。ルナ、あなたの魔導器でアルゴスの拘束をお願いします」


 私は頷き、レイス卿と同じようにアルゴスを拘束する。


「さて、この拘束をした二人をお兄様の元に連れていきましょう」

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