神聖術「鳴神」

「ねえ、ルナ。なにか動きはあった?」


 そして迎えた作戦当日。私はルナと一緒に合流地点である酒場魔女の森に来て、客に紛れ込んでターゲットとなる人物が来るのも待っていた。


「……アリア、客の振りをするために注文をするのは分かりますが、少々飲み過ぎでは?」

「ん? ああ、大丈夫だよこれくらい。私がお酒に強いのはルナも知っているでしょう」


 私は客の振りをするために軽くお酒を飲んでいた。いや、せっかくお酒が飲めるなら飲める時には楽しんでおかないとね! ちなみにこうは言っているがルナもお酒には強いほうである。以前学院を卒業した後、男性も交えてお酒を飲んだが男性陣が潰れていく中で最後まで意識を保っていた。


「それはそうですが……はあ……作戦の時に支障がないようにはしてくださいね」

「それはもちろん。それで動きはあった?」

「まだなにも。一応彼らのリーダーの顔はお兄様から教えてもらいましたが」

「名前はアルゴスだっけ?」

「ええ。アルゴス・ディミトリ。表向きは傭兵として活躍しているようです」

「が、裏では今回みたいな仕事も請け負っていると?」

「ええ。まあ、ウィリアムお兄様の暗殺なんてこと普通の報酬なら請け負わないんでしょうけど。今回はオスカーからいい報酬か条件を持ちかけられたのでしょうね」

「お金には困ってないんだよね? 傭兵として元々名が通っているわけだし。じゃあ何らかの地位と考えたほうがいいのかな?」

「アリアが考えている方向で間違いないと思います。おそらく今後優先的に仕事を回すとか王宮に取り入ることが出来るとか長期的に考えて自分達に利益をもたらす条件ではないでしょうか」

「やっぱりか。ん? ねえ、ルナあれ」


 私はある人物を見つけ店の入り口を見る。つられてルナもそちらのほうを見た。今、店の入り口体格のいい壮年の男性が立っていた。背中には大きな大剣を背負っている。見るからに戦い慣れした武人といった雰囲気だ。


「あの人がそうじゃない」

「ええ。噂をすればなんとやらですか。彼がアルゴスです。彼が誰と会うのか様子を見ましょう」


 私達は気付かれないように彼を観察する。アルゴスはカウンターに向かい一人の男に話しかけた。男は彼を確認すると彼を連れて店を出て行った。


「あ、店を出て行った!」

「私達も追いかけましょう」


 私達も席を立ち上がり、店を去った二人を追いかけた。



 アルゴスともう一人の男を追いかけて私とルナは王城の近くまで来ていた。


「なんでこんなところに来てるの? ここら辺は王城に近くても木々が生い茂っているだけでなにもないのに」

「……」

「ルナ? どうしたの? そんな顔して」

「いえ、場所がここだということは黒幕がオスカーである可能性がますます高まりました」

「え? それってどういうこと?」

「この近くには王族と限られた者しか知らない秘密の地下通路の入り口があるのですよ。なにかあった時のために。おそらくそこで話をするつもりでしょう」

「ええ!? そんな重要なところに傭兵なんて招き入れていいの?」

「いいわけなじゃないですか。部外者に秘密が漏れているわけですし。……本当

に我が弟ながら愚かなことをしていますね。ほら、二人が地下に降りていきます。」


 ルナの指摘で私は二人のほうへ意識を戻す。地面にあった隠し扉を開けた二人はそのまま地下へと降りていった。


「うわ、本当にあるんだ」

「やっぱり……あそこの場所を知っているのは王族しかいません。とりあえず私達も二人を追いかけますよ」


 ルナの言葉に私は頷き、二人の男と同じように地下へと向かった。


「暗いけど明かりがないわけではないんだね。進むのに不便はなさそうだ」


 地下に広がる通路はほのかな光で照らされていた。きちんと整備されているのだろう。


「王族が逃げるための非常用の通路ですからね。いつなにがあってもいいように常に信頼できる者に頼んで整備させていますから。さあ先に進みましょう」


 そうして光に照らされてた通路を進んでいくと人の話し声が聞こえてきた。少し近づいて物陰に隠れながら様子を見る。

 その場所にいたのは先ほどのアルゴスと彼を連れてきた男、そして数名の兵士、そして白髪の男性だった。その顔に私は見覚えがある。


「あれは文化省副長官のレイス卿……」

「あの人は……あー、嫌なことを思い出した。私を目の敵にしてる貴族の一人じゃん」

「そうですね。それにオスカーの部下です」

「それじゃ……」

「しっ、動くのはまだです。証拠となるものを彼らが出すまで待ちましょう」


 しばらく耳を澄ましていると彼らの会話が始まった。


「わざわざご足労願い感謝する、アルゴス殿」


 最初に口火を切ったのはレイス卿だった。言葉は感謝を述べているがそう言った気持ちがあるとは思えない声音だ。


「ふん。忙しい人間を呼び出せるとは貴族はいい身分だな。……それで今後はどうするのだ? お前が仕えているオスカーとか言ったか、奴はこの前の暗殺計画が失敗して次をどうするか考えているのか?」

「安心したまえ。オスカー様は聡明だ、次の手を考えているとも」


 そう言ってレイス卿は手に持っていた紙をアルゴスに渡した。受け取ったアルゴスはそこに書いていることに目を通す。


「ウィリアム王子を殺すために俺達を城内まで引き入れ案内するとはあんたの上司も随分大胆な方法に出たんだな」

「軽口は謹んで頂きたい。今後については今あなたが確認したとおりだ」

「王城に暗殺者を招きいれるとは。本来王族がやっていいことではないがな。ただ俺は引き受けよう。報酬もそれなりに魅力的だしな」

「この件が成功すれば殿下はお前達を直属の部下として召し抱えてもいいそうだ。もちろん今の地位や生活よりもいいものを与えると」

「ほう。それはいい。王族の権威を利用して好きに出来る地位は魅力的だ」


 アルゴスは満足気に返答すると手に持っていた紙をしまって、にやりと笑って私達の居るほうを見た。


「「!?」」

「どうやら鼠が紛れ込んでいるようだ」

「な、なんだと!?」


 アルゴスの言葉にレイス卿は驚く。


「出てこい。何者かしらないが指示に従わなければ全員殺すぞ。この会話を盗み聞きしている不届き者め」


 アルゴスの言葉に気圧された私はルナにどうするかを尋ねる。


「どうする? アルゴスの奴、私達に気付いているみたいだけど」

「……見つかってしまっては出て行くしかないでしょうね。私達の目的はオスカーがウィリアムお兄様を害そうとしている証拠を掴むこと」

「ってことは障害になりそうなあの男と戦闘になる感じかな?」

「ええ」

「まあその覚悟はしてたけどさ。正直あの人強いよね」

「そうでしょうね。でもやらないと」


 ルナはそう言って私のほうを見て、


「大丈夫。あなたがいればなんだって出来ますから」


 笑顔で私にそういった。


 ああ、そんなふうに言われたら行動するしかないでしょうが。


「はあ……分かった。ルナについて行くよ」


 私の返答を聞いたルナは物陰から出てアルゴスの正面に立つ。


「ほう、これはこれは。なんとルナ王女ではないか、こんなところでお会いするとは思っていませんでしたよ」

「な、なぜルナ王女がここに……!」


 ルナが出てきたことにレイス卿は驚いていたが、アルゴスはにやにや笑いながら余裕の態度だ。


「私もあなたに気付かれるとは思っていませんでした。気配は消していたんですけどね」

「そこはこちらもプロですから。舐めてもらっては困りますな」

「会話はこれぐらいにしましょう。あなたとレイス卿を捕らえて、今あなたが持っているものを確保させていただきます」

「随分せっかちですな。だがそちらがそうやって実力行使に出るならこちらも容赦あできません」


 アルゴスは背中の大剣を抜いて構えるとルナ目がけて振り下ろした。不意打ちに近いがルナはそれをやすやすと躱す。


「さすが。戦姫と称されるだけはありますな。この一撃を躱せる人間はそういません」

「それはどうも」


 ルナの周りでパチパチとなにか弾ける音がする。彼女の周りで紫色の光が爆ぜた

音だ。


「それがあなたの神聖術ですか。神聖術「鳴神」、雷を発生させ、操る。単純だがあなたのような天才が扱うと高威力で協力な術になる」

「その五月蠅い口を閉じたらどうですか? 戦いの最中にぺらぺら喋るなんて余裕ですね」


 ルナの感情に合わせて彼女の周りの雷がより激しい音を立てて爆ぜる。


「天墜」


 ルナの声とともに雷が一条の光となってアルゴスに襲いかかる。彼はからくもそれを躱した。


「恐ろしく早いですね。気を緩めるとまずいようだ」


 口ではああ言っているが彼にはまだ余裕がありそうだった。そのままルナとアルゴスは交戦を続ける。

 二人が戦っている間に私はレイス卿に狙いを定めて行動を開始する。彼は二人の戦いに気を取られていたが逃げる好機と見たのかこの場から去ろうとしていた。


「逃がさない」


 私は逃げる彼を追いかけるために走り出す。


「いかせませんよ」


 それに気づいたアルゴスが私を狙って追いかけてくる。しかし、


「あなたの相手は私でしょう? よそ見をする余裕なんて与えません」


 それをルナが許さない。生成した雷の槍をアルゴス目がけて撃ちまくり、動きを封じた。


「アリア、行ってください!」


 ルナの声に私は頷き、私はレイス卿を全力で追いかけた。

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