懐古

 ウィリアム様との話し合いから数日後、私達は予定通りウィリアム様の別荘で彼の護衛をして過ごしていた。

 まあここに来る際の身分はウィリアム様の部下ということにしてある。ルナのほうは本人としても公務があるがそこは影武者の人に変わってもらっている。 

 ルナは一国のお姫様で落ち着いて見えるが素の性格は好奇心が旺盛でやんちゃなのだ。子供の頃が王城の息が詰まる性格が嫌で一緒に育った影武者の子に身代わりになってもらって自分は城を抜け出したこともあるらしい。後でばれて国王様にひどく叱られたようだが。

 まあそういった性格が私の生み出した魔導器にも理解を示す彼女の基礎を作ったのかもしれないと思うと私は得をしている。


「アリア、何か変わったことはありますか?」


 建物の外で見張りをしていた私にルナが声をかけてくる。


「いや今のところはなにも。そろそろ交代の時間だっけ?」

「ええ。あなた時間を気にしてなかったですか?」

「あはは。魔導器の研究が生活の中心になってからあまり気にならなくなっちゃって……」


 学院に在籍していた時は時間を気にした生活をしていたが今は駆け引きとか面倒なことはルナが対処し、私は魔導器の研究に没頭しているので基本的に時間を気にすることはあまりない。流石に事前に連絡があれば別だけど。


「はあ……まったく学院にいた時と今のあなたはまったく別人のです。なんというかあの時のあなたはもっとぴりぴりしていたし、周りの人間をまったく信用していなかったですもの」

「あ、あはは。そんな時もあったなー」


 ルナの言葉に乾いた笑いしか出てこない。平民出身の私は学院に入学した当初は友人と呼べる人間もおらず、身分のこともあって嫌がらせも受けていたからひどく荒んだ性格だった。

 そのため最初から私と話をしようとしていたルナに対しても冷たい仕打ちをしてしまった。あの時に彼女に言った酷いことの数々を出来ることならなかったことにしたい。


「ご、ごめん。あの時は本当に余裕がなくてさ。ルナに対してもいろいろ酷いこと言ったと思う……」


 私が申し訳なさそうに言うとルナはくすっと笑った。


「え、なに? 今笑う要素があった?」

「いや、あなたのように恐れるものがなさそうな人間でもそんな顔するんだなあって思って」


 彼女は笑顔で私を見つめて楽しそうに笑う。ルナは人を揶揄うのも結構好きなのだ。


「ルナ! あなた私を一体なんだと思ってるの!?」

 

 少しむっとしたので声を荒げてしまった。ルナは私のそんな様子もおかしいのか余計に笑っている。


「うう……笑うなあ!!」

「ふふふ、ごめんなさい。でも普段の冷静で理路整然としてるあなたを見ていると今の様子との差が激しくてつい」

「……」


 本当にずるい人だ。そんなふうにいたずらっ子なところも人として魅力になってしまうんだから。


「ルナって本当にそういうところ王族らしくないよね。出会った時から思ってたけどさ。平民の私にも積極的に話しかけてきたし」

「小さい頃から城下にお忍びで行っていたりしたからでしょうね。あまり平民とか貴族って意識が薄いのかもしれません。実際貴族でも能力や品性を疑うような人もいます。平民もまた品性を疑うような人はいるんです。そういうのを見ていると人ってどんな地位や立場であっても駄目な人は駄目っていうのが分かります。なので私にはこの人はこういう地位があるから立派な人という考え方に馴染めないんです」

「立派だと思う。その考え」


 こんな考えを持っているルナは王族や貴族としてはあまりよくないのかも知れない。しかし私はルナのこういうところは好ましく思っている。私はこんな彼女の人間性に惹かれてついていくことにしたんだ。

 

「ありがとう、ございます」


 私から褒められたルナが恥ずかしがりながらお礼を言ってくる。


「ねえ、こんなしんみりした話はやめようよ。ほらここから見える景色はとても綺麗だよ」

 

 このウィリアム様の別荘の周りには綺麗な湖があり、とても綺麗な光景が見えているのだ。今のような夜の時間帯には水面に星の光が反射してとても幻想的な光景となる。


「本当ですね。こんなに綺麗な夜空を見たのは久しぶりかもしれません」


 王都の夜と違って静かな雰囲気の中で見る星空はまた格別な趣があった。私がじっと星空を見ているとルナは横に座って同じように星空を見上げた。


「なんだかこんなふうにゆっくりアリアと過ごすのは学生時代以来かもしれません」

「そうかもね。二人とも私が魔導器を考え出してから話の内容がそのことばかりになってしまったからね」

「今度からこんなふうに話せる機会をもうけましょうか? お互いゆっくりできるように」


 ルナが笑いながら言う。


「そうね、私もルナとそういう時間が作れるなら嬉しいな」


 私もそういう時間がとれるならぜひ欲しい。魔導器のことを考えるのは嫌ではないけど、人間にはそれ以外の時間も必要だ


「なら考えておきますね」


 その後は二人で昔の話をした。私達が初めて出会った時から魔導器の時の騒動と今に至るまでのことを思い返しながら他愛のない会話が続いた。


 話に熱中しすぎて結局その日は二人で見張りをするという結果になってしまったが。

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