第244話 お友達

 帝都にある冒険者ギルドのギルドマスターに連れられ、彼女の部屋に向かった。


 二階の造りも他のギルドと大差はない。しいて言うなら、彼女の趣味なのか全体的に薄暗い印象を受けた。


 明かりが少ないのかな? わざわざ減らすことにメリットを感じるタイプには見えないが、歩くのに支障はない。素直に、大人しく背中を追う。


 少しして、突き当りにある部屋の前に到着した。おそらくここが彼女の部屋——ギルドマスターの個室だと思われる。


 扉を開け、中に入る彼女に続いた。


「好きにかけて」


 ぐるりとソファをスルーして、奥にある机の前の椅子に彼女は腰を下ろした。


 ぎじりと椅子が軋む音が聞こえ、ギルドマスターの鋭い視線がこちらに向いた。


 僕たちは言われたとおりにソファに座る。


 全員が座ったのを確認して、彼女は再び口を開けた。


「よく来てくれたわね。あなたたち……というより、そこにいるあなた」


 ギルドマスターの女性が指差したのは、フードを被った僕。


 びくりと肩が震えた。


「あなた、王国で反乱分子を一掃したマーリンでしょ? 魔族を倒したって話も聞いてる」


「ど、どうしてそれを……」


「ディランよ」


「ディランさん?」


 僕の疑問に彼女は短く答えた。


「王都のギルドマスター、ディランから連絡があったの。この通信用の魔法道具にね。そっちに馬鹿みたいに強い男が行くから楽しみに待ってろって」


「ば、馬鹿……」


 もっと他に言いようはあっただろ、あの筋肉ゴリラ!


 内心でディランに憤るものの、終始真顔の彼女を前にすると怒りの感情を表に出しにくい。


 グッと堪え、彼女の続きの言葉を待った。


「本当にタイミングがよかったわ。実は、あなたも知ってると思うけど、最近この帝都近隣で死霊系モンスターが蔓延っていてね」


「そのようですね」


 なんとなく、ここにきて彼女が僕を招いた理由が解った。


 この話の繋がり方は、ほぼ確証的だろう。


「多くの冒険者たちが困ってる。私も、そんな彼らに突き上げられて困っている。かと言って、業務も滞っているから私が出張るわけにはいかない。他の実力者も軒並み外へ出掛けていてね。本当に、タイミングがよかった」


 ハァ、と彼女は深々とため息を吐く。


 真顔で解りにくかったが、どうやら相当困っているようだ。


 わずかに疲労の滲んだ顔を上げて、吐き出すように言った。


「マーリン、あなたに依頼を頼みたい。指名依頼よ、当然、報酬は破格なものになると約束しましょう」


「死霊系モンスターを倒してくれ、でしょうか」


「ええ。それもただの雑魚狩りじゃない。この帝都の近くに現れた上位個体の討伐よ」


「それはリッチと呼ばれるモンスターですか?」


「解らない。実はまだ誰もその上位個体を見ていないの。まあ、仮に見ていたら確実に殺されていたでしょうけどね」


「なるほど」


 要するに、その上位個体を探して倒すまでが依頼の内容か。


 少しだけ面倒だな。僕の索敵系スキルも、死霊系モンスターには効きが薄い。


 だが、元々倒す予定だった敵だ。ちらりと横を見ると、アウリエルたちが僕の顔を覗き見ていた。


 表情には、「請けるんですよね?」と書いてある。


 にこりと笑って僕は頷いた。


 視線をギルドマスターに戻す。


「承知しました。ギルドマスターからの依頼、快く引き受けましょう」


「ありがとう。助かる」


 彼女はそこで初めて表情を崩した。


 能面みたいな真顔が剥がれ、少しだけ優しく微笑む。


 わずかな変化だったが、僕は驚く。


 それに気づいたギルドマスターが、表情を元に戻して呟いた。


「そ、そんなに顔を見つめられると照れる……わ、私の表情は怖いでしょ? 苦手なの、笑ったりするのは」


「え?」


「本当はもっと笑ったり怒ったりと様々な感情を浮かべるべきなのは解る。けど、筋肉がどうにも動かなくて……こんな顔しかできない」


「自分の意思で感情を殺してるのかと思ってました」


「違う。私はこれでも年相応——と言うとおかしな表現だね。普通の女の子よ」


「ふ、普通の女の子?」


 普通の女の子は荒くれ者共の頂点、ギルドマスターにはなれないと思います。


 ——とは言わないでおいた。女性に恥をかかせるものじゃない。


「そう。だからできるだけ笑うよう心得ている。まったく顔は動かないけど」


「それって意識してるから余計に引き攣るやつなんじゃ……」


「そ、そうなの⁉」


 ガタっと椅子を後ろに倒して彼女が立ち上がった。


 あ、いまも表情が少しだけ恥ずかしそうに赤くなっている。無意識に、かつ大きな感情なら出るっぽいな。


 少しだけ面白いと思った。


「まあ、無理はしなくていいと思いますよ。いまのギルドマスターも充分素敵です」


「素敵⁉ 本当に⁉」


 やけにグイグイくるな。


 僕はにこりと笑って頷く。


 すると彼女は、僕の傍まで近づいてきて徐に手を握った。


「ぎ、ギルドマスター?」


 ビビる僕。


 そんな僕を置いて、彼女は大きな声で言った。




「わ、私と——お友達になってください!」




 …………え?




———————————

あとがき。


明日、12月21日(木)に新作を投稿します!

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