第240話 ゾンビ
ソフィア、ノイズの二人を連れて僕は帝都の外へ出た。
帝都の外は王都と同じ。近隣には伐採もされていない木々が多く立ち並ぶ。いわゆる森というやつだ。
緑葉の隙間から差し込む暖かな日差しを受けて、僕たちはのんびりと探索を始める。
「んー! 帝都近隣の森も綺麗ですねぇ」
きょろきょろと後ろを歩くソフィア。彼女の瞳はしきりに周囲の地面——雑草やら花へと向かっていた。
ソフィアの狙いは薬草採取。僕がインベントリから取り出した薬草学の本を抱き締めながら、依頼達成のための薬草を探している。
実は彼女、時折こうして僕たちと一緒に冒険する。狙いはもちろん薬草。依頼達成に必要な本数が集まると、いざという時のために余分に薬草を摘んだりしている。
だから僕のインベントリの中には、ソフィアがこれまで摘んだ大量の薬草が眠っている。
お金には困っていない、治癒魔法も使える僕たちには不要な物だが、彼女が楽しそうなので僕は特に不満は無い。どうせインベントリの容量は無限だしね。
「ふふふ~。今日は天気もいいですからね! ノイズは早く魔物と戦いたいです!」
片やソフィアの隣に並ぶノイズは、ナックルをガチガチと打ち付けながら興奮を抑えきれないでいた。
彼女もまた頻繁に僕と外へ出掛けるが、主に依頼達成のためというより、ノイズのストレス発散がメインになっている気がする。
ビースト種って誰かを殴らないとストレス発散できないのかな?
ノイズを見てると、ビースト種への偏見が増えそう。あまり気にしないことにした。
「帝都にはどんな魔物がいるんだろうね。いまはあんまり面白い敵はいないと思うけど……って、言った傍から現れたね。魔力の反応がある」
ぴたりと僕は足を止めた。
先頭を歩いていた僕が動きを止めると、自然にノイズやソフィアたちの動きも止まる。
特にノイズは、ぴりっと空気を変えて言った。
「前方、やや左。気配が掴みにくいですぅ……これは、嫌な予感がします……」
「同感。僕の魔力探知もかなりギリギリ捉えたっぽいね。たぶん、ノイズが戦いたくない相手がいる」
「そ、それって……」
「ああ、ソフィア。最近噂になっていた——死霊系のモンスターだろうね」
僕が驚くソフィアにそう返すと、タイミングよく木々の隙間から複数のゾンビが姿を見せた。
低く呻くような声が聞こえてくる。
「うわぁ……どういうモンスターかは事前に聞いていたのに、実物は想像以上に気持ち悪いなぁ」
「むぅ……ゾンビの腐臭はこの距離でも鼻が曲がりそうになりますぅ」
「ビースト種の五感は鋭敏だからね。ここは僕が倒そうか?」
ちらりと後ろへ視線を向けると、鼻を抑えているノイズの姿が見えた。
彼女たちビースト種は、名前から分かるとおり、あらゆる五感が通常の人間——ヒューマンを遥かに超えるほど発達している。
僕やソフィアは十メートルも離れればゾンビの臭いなんてあまり気にならないが、ノイズは屋外であろうと腐臭を感じ取る。
本当はノイズに戦わせるために付いて来たのに、ゾンビを相手にノイズが苦しむ姿はあまり見たくない。
僕が彼女の代わりに討伐しようか? と提案すると、ノイズは激しく頭を縦に振った。
「お願いしますぅ。ゾンビに触れたらナックルが臭うように……」
「了解。すぐに終わらせるね」
僕は答え、周囲に聖属性魔法で作った光の球体をいくつか浮かび上がらせる。
アウリエルの攻撃をパクッて悪いが、雑魚相手にはこのスタイルが一番効率がいい。
狙いを定め、全てのゾンビの眉間を——貫いた。
高熱と浄化の光が綺麗にゾンビの頭部に小さな穴を開ける。
ゾンビは死体に幽霊のようなものが乗り移って肉体を動かしている。人間や他の動物、魔物みたいに、脳が働いているわけじゃない。だから、脳を破壊しても普通は動き続ける。
しかし、僕の聖属性魔法に撃ち抜かれたゾンビたちは、次々に後ろへ倒れたまま立ち上がることはなかった。
むしろ徐々に肉体が崩壊、消滅していく。
「よし。これですぐに臭いは消えるかな」
ゾンビのような死霊系モンスターは、アウリエルが言ったように聖属性魔法と相性が悪い。それも致命的なほどに。
肉体の再生能力こそ無いが、実質的に不死の存在であるゾンビが、あんなジャブみたいな攻撃でやられた理由。それは、単純に聖属性魔法の効果により肉体が浄化されたからだ。
聖属性魔法が殺したのは、肉体だけじゃない。内側に宿る幽霊も殺している。
ゆえに、肉体は幽霊の制御を離れて消滅する。あんな一撃でも、喰らえば彼らには致命傷なのだ。
「それにしても脆いね。弱点が明白すぎる」
「聖属性魔法スキルは珍しいですから、それでも意外と苦戦するものですよ」
「ああ、確かに」
ソフィアの言うとおりだね。いまのところ僕を除いたら、聖属性魔法スキルを持つ者を三人しか知らない。
勇者が持つようなスキルだし、それだけ特別なんだろう。
完全にゾンビの肉体が消滅したのを確認して、僕たちは再び歩き始めた。
いまさらながら、ふと思う。
ゾンビたちは、平然と日差しを浴びながら動いていたな、と。
やっぱり嫌な予感がした。
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