第234話 心配した
「行ったか」
勇者の少年フィンとそのお付きである少女ネルを見送る。
一人になり、ハァとため息を吐いた。
「さて……どうしたものかな」
いまの僕は内心ぐちゃぐちゃだった。
帝国にも生まれていなかった勇者。
これで皇国にまで勇者が生まれていないとなると、いよいよもって僕が今代の勇者って扱いになる。
だが、僕は転生者だ。
厳密には王国の人間ではない。帝国の人間でもない。もちろん皇国の人間でも。
だから普通はありえない話だと思う。
ほとんど無関係の僕が勇者に選ばれるなんて、勇者の称号を授けている何者かは間違っている。
「他に勇者がいてくれれば……な」
空を見上げるが、暗闇の中では何も見えない。
まるで不安定な僕の心境を現わしているかのようで、少しだけ気分が落ち込む。
「……まあいいか。深くは気にしないでおこう。いざとなったら魔王を倒す——くらいに考えていればいいさ」
気楽に、前向きに考えよう。
僕の正体を知る者は誰もいない。
無理に悩むことはない。
どうせ魔王の場所も知らないし、いつも通りに過ごしていれば出会うこともあるだろう。
僕の道を邪魔するなら——その時は倒せばいい。
それだけを胸に、僕は宿がある方へと戻った。
▼△▼
泊っている宿に戻る。
人の気配がした。割と強く。
「あれ? アウリエルたち目を覚ましたのかな?」
二階へ上がると、彼女たちの声が聞こえてきた。
「アウリエル様、見つかりましたか?」
「いえ……こちらにはいませんでした。そちらはどうですか、ソフィアさん」
「こっちもさっぱりです。あとは下に向かった姉さんたちが——」
「——やあ、アウリエル、ソフィア。こんな遅い時間に目を覚ましたのかい?」
「「マーリン様!?」」
二人に声をかけると、アウリエルもソフィアも揃って僕の顔を凝視した。なぜかやたら驚いているように見える。
「どこに行ってらしたんですか、こんな時間に!」
「姿が見えないから心配しました!」
「おおッ!?」
二人に詰め寄られる。
雰囲気的に僕は……怒られているんだよね?
でも子供じゃないんだから、夜中に少し姿をくらませるくらい別に普通じゃ……。
そう思っても口には出さなかった。
謝ろうとしたが、それより先に階段を上がる足音が聞こえる。
振り返った先にはエアリーとノイズが。
「ま、マーリン様! ノイズさんが急に二階からマーリン様の匂いがすると言ったからまさかとは思いましたが……帰っていたんですね」
「マーリンさーん!」
がばっ。
勢いよくノイズが床を蹴って僕に抱き着いてくる。
抱きつくっていうか飛び付いてきた。
倒されないように踏ん張り、彼女を抱っこする。
「ご、ごめんね、みんな。早くに目が覚めたから少しだけ外の空気を吸っていたんだ。まさか心配をかけるとは思っていなかったよ」
「ノイズはマーリンさんが無事だと分かっていましたよ~! マーリンさんは無敵なのです!」
「無敵だったのかぁ、僕」
確かに無敵に近いレベルではある。
「私もそんなに心配してませんよ。マーリン様は最強ですからね」
「最強も加わっちゃった」
「でも、妹とアウリエル様はかなり狼狽えまして……」
「想像できるよ。本当にごめん、二人とも」
ちらりと視線を戻して二人に謝る。
ノイズを抱っこしたままでは様にならないが、ノイズの腕の力が強すぎて絶対に離れないという意思を感じる。
なんだかんだ心配してたのかな? ノイズも。
「いえ……いきなり怒って申し訳ありませんでした。わたくしとしたことが、マーリン様が近くにいないとこんなに不安になるとは……」
「私も……ごめんなさい。勝手に束縛して……」
「ううん。僕は嬉しいんだ。二人がそれだけ僕のことを想ってくれることが。次からは絶対に何か言ってから外に出るよ。約束する」
「「マーリン様……」」
二人は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見るだけで心が軽くなる。
……って、そういえば最後の一人、カメリアは……。
「——あ、マーリンさん。やっぱり帰っていたんですね」
「カメリア。君こそどこに行ってた……ん?」
「ふふ。私はマーリンさんが必ず帰って来ると思って、こうして夜食を作ってました。宿の女将さんがまだ起きてて、キッチンを貸してくれたんです」
そう言ったカメリアの両手には、大きなトレイがあった。トレイの上には様々な料理が並べてある。
種類が多く、一つ一つの量もまた多い。
「それはまた……嬉しいね。全部とっても美味しそうだ」
「はい。自信作ですよ。皆さんも一緒にどうですか? 起きたばかりでお腹、好いてますよね?」
カメリアの提案を断る者はいなかった。
落ち着きを取り戻したアウリエルたちとともに、僕の部屋に集まってみんなで夜食を楽しむ。
テーブルを囲み食事を摂っている彼女たちに、そういえばと先ほどのことを思い出す。
あくまで勇者の正体には触れず、僕は語った。
「そうだ、みんな。聞いてよ。みんなには迷惑をかけたけど、僕……勇者に会うことができたんだ」
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