第235話 愛されている

 先ほどの勇者の少年フィンと会った件を話す。


「勇者と……会った?」


 真っ先に喰いついたのは、カメリアが用意した夜食を摂っていたアウリエル。


 青色の瞳がまっすぐにこちらに向けられる。


「そ、勇者。たまたま通りを歩いていたら、勇者とそのお付きがいたんだ。少しだけ話もしたよ」


「勇者様とお話をしたんですか? 良かったですね、マーリン様。マーリン様の目的が達成されたようで」


「うん。でも、アウリエル的には残念だったかな? 勇者と話せなくて」


「いいえ。さほど興味はありませんから構いませんよ」


「そうなの? てっきり勇者のことが気になるとばかり……」


「確かに勇者様は神に祝福された存在。話したくないと言えば嘘になりますが、いまのわたくしにはあまり。もう、マーリン様という特別を見つけてしまいましたから」


 あのアウリエルが、驚くべきことを言った。


 愛は人を変えると言うが、アウリエルほど変化のある女性は他にいない。


 僕と出会ったことで一番変わったのは間違いなく彼女だった。


「もちろん、これまで通り神へ祈りを捧げ信仰心も捨てません。捧げる対象が増えた——というだけの話ですから」


「それって遠回しに僕のことを神様扱いしてない?」


「神様と同じくらい好きってことですよ」


「信者としてそれでいいのかな? 別に怒らないよ、神様に負けても」


 気持ちはよく分かるから。


 しかし、アウリエルは首を横に振った。


「平気です。神はそんな心の狭い存在ではありません。過去には愛と命を説いたこともあると伝わっています。それに……わたくしが許せないのです。マーリン様への愛は確かなものであると」


「アウリエル……」


「はい! ノイズもマーリン様が世界で一番好きです! 愛してます!」


「それを言うなら私たちも愛してます。ね、ソフィア」


「う、うん……恥ずかしいけど、一番です」


「あはは……みんな、アウリエル様の熱にあてられちゃってますね」


 ノイズにエアリー、ソフィアまでもが愛の言葉を口にした。


 カメリアは何も言わないけれど、無言でジッと僕の顔を見つめている。


 その熱い眼差しを見れば、彼女の気持ちくらいは分かる。


「ふふ。愛されてますね、マーリン様」


「おかげさまでね」


 くすくすとアウリエルは笑う。


 勇者の話はどこかへいったが、その後も僕たちは楽しく夜通し語り合った。


 主に話の中心が僕だったことを除けば、それなりに楽しい時間を過ごせたと思う。


 体を温かくして、みんなで眠りに落ちる。




 ▼△▼




 帝国近隣の森の中。


 大量のモンスターに囲まれた魔族が数名、炎を囲んでいた。


「それで? 調べはついたのか」


 緑髪の小柄な少年が、両目を布で隠した男に話しかける。


「ああ。間違いなくあの街には勇者がいる。王国にも勇者が生まれ、その討伐に向かった仲間たちが帰ってこない。恐らく倒されたとみて間違いないだろう」


「今回の勇者はそんなに強いのか?」


「可能性としてはな」


「最悪。そんな化け物を相手にどうするつもり? 私たちだけで帝国の勇者を倒せるの?」


 二人の会話に割って入ったのは、黒髪に猫みたいな目付きの少女。


 彼女もまた他の魔族たちと同じ仲間だった。


「もし俺の予測が正しければ、王国と同じレベルの勇者なら、間違いなく俺たちが負けるだろうな」


「ダメじゃん。もっと仲間を集めるべきじゃない?」


「そのために応援は呼んである。俺たちは仲間が来るまでの間、勇者の情報を更に集めればいい。殺せそうなら殺すが、無理そうなら罠にかける」


「罠?」


「勇者とて人間。清く正しい心を持つがゆえに、人質でも取ればすんなり降伏するだろう。場合によっては封印すればいい。そのためのアイテムもここにある」


「なーんだ。最初から勝つための算段は整ってたんだ。……って、じゃあこいつらはどうするの?」


 小型な魔族が周りにいるモンスターたちを指差す。


「そいつらは勇者を誘導するための駒だ。勇者はモンスターを倒しに外へ出てくる。戦いを観察し、相手の手の内を探る」


「そんな上手くいくかね? バレたりしないの?」


「慎重にことを運ぶさ。バレたらモンスターたちを盾に逃げればいい。逃げるだけならなんとかなるだろう」


「ふーん。まあいいか。僕としても勇者は邪魔だし、殺すっていう考えには賛成かな」


「勇者を殺すことができれば、きっと魔王様も世界の一部くらいはくれるだろう。そしたら自由に生きられる」


「もう……誰かに怯える必要もない」


 二人の会話を聞いて、女性魔族は小さく呟いた。


 その視線が真っ暗な夜空へ向けられる。


 脳裏にはかつて焼きついた悲しい記憶がある。


 それをしばし思い出してから振り払い、彼女はキッと目付きを鋭くした。


「何度も言うけど、私は危険だと思ったらすぐに逃げる。確実に成功するなら手を貸す。そういう約束」


「ああ。分かっている。それで問題ない」


 目を布で覆った男魔族はそう答えるが、近くにいた小型な魔族は鋭い目付きで女性魔族を見つめる。


 その瞳に、怪訝な色が浮かんでいた。

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