第233話 偽物の勇者その2

 帝国の勇者フィンから衝撃的な話を聞いた。


 それによると、どうやら帝国にも勇者は生まれなかったらしい。


 そのため、帝国の威信を守るべく聖属性魔法スキルに高い適性のあるフィンが勇者に選ばれたという。


 隣にいる女性ネルはフィンの幼馴染。フィンが偽物の勇者であることを感付かれないようにサポートするための存在だ。


「そうか……フィンは勇者じゃないのか」


「はい。騙すような真似をしてすみません」


「いや、事情が事情だからね。しょうがないよ」


 誰もフィンを責めることはできない。彼はあくまで皇帝の決定に従ったまでだ。


 ベアトリクスのように、普通は国王の命令に背いたりしない。絶対に話を聞いた以上は頷くしかない。だから僕はフィンを責めなかった。


 フィンたちは瞳を輝かせる。


「マーリンさん……! なんて良い人なんだ! 俺たちが偽物だろうと関係ないって感じが伝わってくる!」


「やっぱり私の予想通りのイケメンだったわ」


「あはは……」


 本当は同じ状況の国を知っているから——とは言えない。


 彼らには悪いが、こちらの情報を渡すわけにはいかない。


 僕だけじゃない、勇者のベアトリクスや王国自体に損を招く行為だからね。


「では、申し訳ありませんが、俺のことは内密に」


「了解。僕は誰にも言わないよ」


 アウリエルたちにだって秘密にする。


 彼らが本物の勇者じゃなかったと知れば、アウリエルたちも少なからずショックを受けるだろうからね。


 メリット無いし。


「ありがとうございますッ! いやぁ、良かった! バレたのがマーリンさんみたいな話の分かる人で!」


「私は最初からマーリンさんは良い人だって知ってたけどね」


「襲いかかってたじゃねぇか」


「はぁ!? あんたがマーリンさんに攻撃しようとするからでしょ!?」


「なんだと!?」


「やるの!?」


 バチバチと二人が目の前で喧嘩を始める。


 子供の頃からの付き合いらしいが、ずいぶんと仲が良いな。


 くすりと笑いながら二人の喧嘩を止める。


「どーどー。時間が時間だし、あんまり揉めるのは感心しないな」


「ハッ!? 確かに……」


「フィンはお馬鹿だからね」


「あぁ!? てめぇだって似たようなもんだろうが!」


「なによ!」


「なんだよ!」


「「ぐるるるッ!!」」


 ……この二人、もしかしてわざと喧嘩してるわけじゃないよね?


 止めた矢先に喧嘩を始めるもんだから、思わずそう思ってしまった。


「喧嘩より、二人には訊きたいことがあるんだけど」


「訊きたいこと? なんですか」


 ちらりとフィンがこちらに視線を送る。


「話せないとは思うけど、一応。なんで本物の勇者が現れないんだろうね。原因とか知ってる?」


「うーん……俺は知りませんね。ネルは?」


「私も知らないわ。ただ、帝国の歴史に詳しいおじさんが、もしかすると今回現れる魔王は大したことがないのかもしれない、とかなんとか話してるのは聞きましたよ」


「大したことがないのかもしれない?」


 なんだそれ。気になる内容だな。


「そのおじさんが言うには、過去に勇者の能力が低かったことがあったらしくて、それでも魔王を討伐することには成功してるとか。勇者の能力、数によって魔王の能力が変わる……いえ、魔王の強さによって現れる勇者に変化があるのでは? と言われています」


「…………そ、そうなんだ」


 ネルの説明を聞いてから冷や汗が止まらない。


 止まらない理由? そんなの一つしかない。


 僕は勇者の称号を持っている。現時点だと唯一の勇者である可能性が高い。


 そして彼女の話が本当なら、今回現れた魔王は僕と同じくらいか、それ以上に強い可能性がある。


 レベル1万の僕より強い可能性がね。


 そんなの相手に人類が勝てるはずがない。


 いままで僕より強い人間を見たことがない。おまけにレベルが半分以下の人も。


 それどころか1000すら見たことない。その十倍ともなると、普通に世界が亡ぶ。


 人類を救えるのは僕だけになるだろう。


 そんな状況ありえない。


 もしくは魔王は弱くて、皇国の勇者がめっちゃ強いパターン。


 いまだ皇国の勇者の話は聞いてないし、可能性としてはありだな。


 僕が勇者だとかそういうレベルの話じゃなくなってくるし、できれば皇国の勇者には期待したい。


 もちろん、最悪の場合は僕が頑張って魔王を倒すしかないが、魔王がそもそもどこにいるのかも知らない。


 いきなり襲われた場合はさよならってことで。


「何か参考にはなりましたか?」


「う、うん……まあね」


「なら良かったです。個人的には、マーリンさんみたいな人が勇者って呼ばれるんでしょうけどね」


「えッ」


 ネルの一言に全身が固まる。


 そういう意味で言ったわけじゃないと分かっていても驚いた。


「だってマーリンさんは私たち二人がかりでも手も足も出ませんでした」


「確かに! 超強かったし、実は勇者様なんじゃ?」


「あ、あはは……それはないない。勇者がこんな所でふらふら旅行してるわけないだろ?」


「言われてみればそうですね。すみません、変なこと言って」


「いやいや、別に構わない……うん。それより、僕はそろそろ宿に戻るよ。二人も遅くならないように帰りなよ?」


「あ、分かりました! 本日は本当にご迷惑をおかけしました。この謝罪はまた後日、改めて」


 ぺこりと頭を下げるフィンとネルに手を振りながら僕はその場から立ち去った。


 気分はめちゃくちゃ悪い。

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