第230話 勇者との遭遇

 冒険者ギルドを出た僕たちは、六人で泊まれる宿を探した。


 帝都は広い。その分だけたくさん店がある。


 宿の種類も豊富で、六人分の部屋が空いてる宿もすぐに見つかった。


 割と高級宿で宿泊費は高かったが、無駄に金を持つ僕たちの懐は痛まない。


 早速、鍵を受け取って部屋に入る。


「ベッドが大きいね。それに部屋も広くて快適だ」


 なかなか悪くない。前に泊まった宿より更にグレードが上がっている。


 彼女たちに襲われてもなんとか応えられそうな広さだ。


「アウリエルたちの方はどうかな?」


 扉を開けて廊下に出ると、僕の隣を陣取るアウリエルやソフィアに声をかける。


 二人とも、


「凄く広くて快適ですよ、マーリン様」


 と言った。


 見ると、さすがに部屋の作りはすべて同じだ。


 ノイズたちの方もそうで、全員喜んでいた。


「さて……部屋の確認もできたし、今日はどうしようか」


 長旅が終わって疲れている。


 冒険者ギルドにも行ったし、正直、今日はこのままゆっくり休むのもありだ。


 他のメンバーも僕と同じ考えだったのか、声を揃えて、


「休みましょうか」


 と答えた。


 さすがにいくつもの町を超えてきたからね。疲労が蓄積されている。


「じゃあ何かするのはまた明日だね。まずは観光でもしようか」


「分かりました。全員でのデート、楽しみです」


 アウリエルの言葉を皮切りに、僕たちは部屋に入ってプライベートな時間を過ごす。


 あっという間に夜になった。




 ▼△▼




「——ん、んんっ」


 夜。薄暗い部屋の中で目を覚ます。


 僕としたことが、本を読んでいる間に寝落ちしたらしい。


 ゆっくり体を起こすと、窓の外には月が浮かんでいた。


「もう夜か……かなり長く寝ちゃったな」


 宿に到着したのが午後。夕方になる前だったから、数時間は寝ている。


「それだけ疲れが溜まってたのかね」


 呟きながらグッと背筋を伸ばす。


 ベッドから下りると、愛用のローブをまとって廊下に出る。


「アウリエルたちは…………アウリエルたちも眠ってるのかな? 気配がほとんどない」


 恐らく寝ている。時間を確認すると、すでに夜の九時を回っていた。


 僕だけ変な時間に目を覚ましたもんだな……。


 すぐには眠れないため、ひとまず外に出て風に当たることにした。




 ▼△▼




「夜の帝都は壮観だね」


 眼前に広がる煌びやかな世界。


 それらが人の営みを教えてくれる。


 こんな夜でも賑やかさに衰えはない。そこかしこから住民たちの楽しそうな声が聞こえてきた。


「さすが首都。時間を潰すのに困らないってね」


 アウリエルたちの傍を離れるのは不安が残る。


 精々が少し街の通りを歩く程度だ。


 僕の能力なら一キロくらい離れていても索敵できるが、いま観光しちゃうと明日の楽しみがなくなるからね。


 遠巻きに住民たちの様子を眺める程度に留める。




 ——すると、不意に近くで人の気配がした。


 居住区の一角だからそりゃあ人がいる。それ自体に疑問は持たない。


 だが、その気配は路地裏の方からした。まるでひそひそと隠れるように移動している。


 不思議と気になった。


 特別な理由はないが、そちらへ向かってみる。


 少し歩くと、やがて二人の男女が視界に映った。


 僕は気配を殺して動いている。彼らも気配を殺そうと周りを忙しなく見渡していた。


 なんだか怪しいな……。


 ちょっと二人の後を追いかけてみる。


 謎の男女は周囲を気にしながらどんどん街の外側へ向かっていく。


 そろそろ外壁に阻まれる頃だが……。


「ネル、ここなら誰も俺たちの話を聞いてないと思うぞ」


「そうね。ようやく解放されるわ……」


 歩くことしばらく。


 二人組の男女は壁に背を預けて腰を下ろした。


 ふぅ、とため息を吐く姿に疑惑が薄れていく。


 なんだか普通に休憩してるようにしか見えなかった。


 ギリギリ彼らの会話が聞こえる距離を保つ。相当近いが、建物の陰に隠れればいける。あと気配を消せば。


「もう本当に嫌になるわ……何が勇者とそのお付きよ。面倒なことこの上ない」


「俺が勇者になっちゃったばかりに、姉貴には迷惑をかけるな」


「あんたのせいじゃないわ——と言いたいところだけど、今回ばかりはあんたのせいだから殴りたい」


「もう殴られたが?」


「何度でも殴りたいくらいにはいまの生活が窮屈なのよ。何が嬉しくて監視され続けなきゃいけないのよ」


「こうしてこっそり王宮を抜け出す時間だけが俺らの憩いだな」


「ッ」


 ——彼ら、帝国の勇者だったのか。


 衝撃の事実を知った。この気持ちをどうしたものかと思ったが、足元に落ちていた木の葉を踏んでしまう。


 気を付けていたが、暗闇で見落とした。


 ほんの小さな音だったが、彼らは僕の存在に気付く。


「——だ、誰だ!? そこに誰かいるだろ!」


「…………」


 ここはあえてスルー。気のせいかも? と誤解してくれることを祈る。


 だが、彼らは勇者とそのお付き。


 簡単には疑いは晴れなかった。


 男が剣を抜く音が聞こえる。もう一つ、恐らく女の方も剣を抜いた。


「誰だか知らないが……不審者だと認定して捕縛させてもらう!」


「ちょ、ちょっと待っ——」


「——問答無用!」


 勇者の男性が地面を蹴って僕に肉薄する。


 角にいた僕の姿を捉えると、素早く距離を詰めた。


 誤解が半周回ってまずいことになった!


 とにかく僕は、振り落とされた勇者の剣を——白刃取りしてみる。

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