第229話 すれ違う二人

 アウリエルたちとともに帝都の冒険者ギルドへ足を踏み入れた。


 首都にあるギルドなだけあって、建物自体はもの凄く大きい。


 王都の冒険者ギルドも大きかったが、ここも負けていないな。


「うッ……やっぱり冒険者ギルドは酒の臭いが凄いですね……」


 扉を潜ってすぐにアウリエルが顔をしかめる。


 僕も鼻をつくようなこの臭いが苦手だ。


「我慢できる? 難しいようなら外で待っててもいいよ」


「いえ、平気です。わたくしだけ除け者にされるのは悲しいですから」


「ソフィアも辛いだろうし、ノイズたちは外で待っててもいいのに」


「ノイズは絶対にここに残ります! どんな依頼があるのか見ないと!」


「……それにしては、全力で鼻をつまんでるみたいだけど?」


「臭いには弱いのです……」


 だと思った。無理をしてるのは明らかだ。


 別に後で僕が見た情報を教えてあげてもいいのに。


「無理しすぎないようにね。カメリアは平気かい?」


「はい。仕事柄お酒とは付き合いが長いので」


「結構な臭いだと思うよ」


「確かに少しだけ辛いですが……その内慣れるかと」


「逞しいねぇ。さすが宿屋の女将さんの娘」


 他のメンバーに比べたらカメリアとエアリーには余裕があった。


「エアリーは問題なさそうだね」


「冒険者ギルドには入り浸ってましたからね。慣れました」


「うぅ……ノイズも頻繁に依頼を受けていたのに……」


「ビースト種は五感が人間より発達してるらしいから、しょうがないしょうがない」


 中には酒好きのビーストもいるらしいが、ノイズは酒を一切嗜まない。


 そもそも酒が飲める年齢かも怪しいところだ。


「みんな辛くなったら勝手に外に出ていいからね? その時はノイズかエアリーが傍にいてくれると助かる。ボディガードとして」


「お任せください、マーリン様」


「分かりました! 依頼より皆さんの方が優先ですッ」


 二人とも気前よく納得してくれる。


 憂いもなく僕は視線を前方に戻した。まずは受付の横にある掲示板に貼り出された依頼を確認しよう。


「どれどれ……どんな依頼があるかなっと」


 掲示板には採取から護衛、討伐依頼と様々な紙が張り出されていた。


 帝都なだけあって依頼の数も多い。


 僕の隣で同じように掲示板を見たアウリエルとノイズが、


「依頼が多いですね。主に……討伐依頼ですか」


「逆に採取依頼は少ないですね」


 と感想を口にした。


「もしかすると帝都周辺で魔物が増えているのかもしれないね。ノイズとしては嬉しいんじゃない?」


「はいッ。村などに迷惑がかかる場合は嫌ですが、素材を持ち帰ってほしい——という依頼は大賛成です!」


「ソフィアは採取だとして……他に何か受けたい依頼はあるかい、みんな」


 ぐるりと後ろにいる他のメンバーにも訊ねる。


 しかし、最初からやる気満々なのはノイズとソフィアだけ。別段、依頼にこだわりがない残り二人は、


「私は討伐か採取ですね。戦いたい気持ちとソフィアの手伝いをしたい気持ちがあります」


「私は戦えないので採取でしょうか」


 と予想通りの答えを返す。


「了解。せっかくだし、両方受けるのも楽しそうだよね」


「賛成です! どうせ外に出るなら採取も討伐も頑張りますよ!」


「ノイズは本当に元気いっぱいだ。張り切り過ぎて倒れないでくれよ?」


 彼女は猪突猛進なところもあるからな。ちょっとだけ心配だった。


 まあ、僕の傍にいるかぎりは守ってあげられるし、彼女の自由も尊重する。


「そういえば、勇者様はいませんね」


 きょろきょろと周りを見渡していたアウリエルが、唐突にぽつりと零した。


「みたいだね。残念。もしかしたら会えるかもと思ったのに」


「まあ王国の元勇者は、実力が足らなくて依頼を受けてましたし、普通の勇者様ならそう簡単には会えませんよね」


 アウリエルの苦笑が聞こえる。


 その意見には同意する。僕も簡単に会えるとは思っていない。


 会えればいいな、くらいのささやかな願望だ。


「そういうわけで、今日のところはひとまずこれで終わりかな? 宿を探さないといけないし」


 帝都には長期間滞在する予定だ。


 そのため、少なくとも一週間以上は泊まれる宿を確保しないと。


 六人分だから早めに見つけないと困る。


 ソフィアたちもそれが分かっているのか、反対する者はいなかった。


 全員で揃って冒険者ギルドを出る。




 扉の前で二人の男女とすれ違った。


 二人は僕と目が合うと、スッと自然に視線を逸らす。




 ▼△▼




「……ねぇ、フィン」


 マーリンとすれ違った二人の男女の内、女性の方が足を止めて振り返りながら隣の男性を呼ぶ。


「ん? どうしたネル」


「いまのフードを被った人たち、見た?」


「ちらっとだけなら」


「先頭を歩いてた男の人……めちゃくちゃカッコイイよきっと!」


「……はいはい。馬鹿なこと言ってないで依頼受けるぞ~」


「興味なさそう!」


「興味ないからな」


「可愛い女の子もいたけど?」


「マジかよ。追いかけないとダメだな」


「残念ながらロリっぽい子は……いたかな?」


「くそぉ! 俺も見とけばよかった!!」


「相変わらず気持ち悪いわね、あんた」


「うるせぇ! 俺は勇者なんだから変なこと言うなよ、姉貴!」


「ちょっと! こんな所でそんなこと言わないの。後で怒られるわよ、お馬鹿」


「あっ……」


 やべ、とフィンは口を押える。


 幸いにもここは冒険者ギルド。二人の話を聞いてる者はいなかった。


「ハァ……こんな奴とは違う、理知的な人だったなぁ……きっと」


「うるせぇよ。いいから依頼受けるぞ」


「はいはーい」


 二人は踵を返して掲示板の方へ向かった。


 わずかに運命が交差する。

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