第222話 ソフィアに甘い?

 僕たちは冒険者ギルドを出て宿に戻る。


 道中、やや重い空気を引き裂いて僕は声を発した。


「いやぁ……それにしても、嫌な光景を見ちゃったね」


 喧嘩にはならなかったが、小さな騒動にはなった。


 おまけに、冒険者ギルドの職員が暴れる冒険者を見て見ぬふりをするとは……。


 あれがセニヨンの町や王都の冒険者ギルドだったら、恐ろしい二人のギルドマスターに半殺しにでもされそうだ。


 結局見ることはなかったが、この町のギルドマスターはどうな人なんだろう。


 絶対にまともとは言えない。


「あれがノイズの知る冒険者ギルドだなんてショックですッ。いくら力を持たないとはいえ、職員にしかできない事もあるでしょうに!」


「ノイズさんの言う通りですね。わたくしもあの対応にはガッカリしました。ここが王国ならギルドマスターに直訴するところです」


 ノイズの憤る気持ちにアウリエルが同意を示す。


 珍しく普段は笑ってばかりの二人が怒っていた。それだけストレスになっているらしい。


「これも僕が不甲斐ないせいかな」


「ま、マーリン様は不甲斐なくありません! 凄く頼もしいですよ!?」


「ありがとうソフィア。でもこのフードを取ったり、いわゆる強者の貫禄? みたいなものを出せるようになったら、みんなに絡んでくる馬鹿もいなくなるかもなぁと」


 僕が舐められるのはハーレムを築いているからじゃない。


 ハーレムを築いた上で、舐められるような態度とオーラだからだ。


 もっと「こいつは強い!」と思われるような空気感か、もしくはモテることを前面に出してフードを取るべきか。


 非情に悩ましい選択肢だった。


 威圧のスキルでも取得しようかな?


「悪いのは相手なんですから、マーリン様が変わる必要はありませんよ。それに、マーリン様が素顔を晒したらいろいろ問題が……」


 あはは、とエアリーが苦笑する。


 たしかに彼女の言う通りだ。僕の顔は騒動の原因になりかねない。


 ただでさえ騒動の種で悩んでいるのに、新たな火種を投入するのは間違っているか。


 ちょっとだけ焦っていたのかもしれない。


 エアリーの言葉でハッと思考が冷静になる。


「僕とした事が……ちょっと冷静じゃなかったね。ごめん、エアリー」


「いえ。お気持ちはよく分かります。それで言うとマーリン様に迷惑をかけたあの冒険者ギルドが憎いんですけどね」


 彼女は笑顔でとんでもない毒を吐いた。


 その意見に他の子たちもこくこく頷いて同意した。


「まったくです! ノイズはあの場で暴れたい衝動を我慢するので大変でした!」


「わたくしもですね。聖属性魔法で周りの職員たちを突き飛ばしてあげたかったですわッ!」


「過激だなぁ」


 でも彼女たちの気持ちは素直に嬉しい。


 僕もアウリエルたちと同じ立場だったなら、暴れたい気持ちを抑えるので精一杯だったろうね。


「今後は、なるべくああいう連中とは関わらない事を祈るよ」


「口にすると叶わなくなる……って話はよく聞きますよね」


「カメリア……最後に僕の心を刺さないでくれ……」


「あはは……すみません」


 彼女が言ってる事は分かるが、空気を読まないと、そこは。


 賑やかな空気に戻った僕たちは、その後も適当な話題で盛り上がりながら帰路に着く。




 ▼△▼




 一晩経って翌日。


 泊まっていた宿の食堂で食事を済ませ、僕たちは宿を出た。


 すでにチェックアウトは終わらせてある。


 本当は二、三日くらいこの町に滞在するはずだったが、冒険者ギルドの件を踏まえてここに留まる必要がなくなった。


 だから急いで馬車に乗って次の町を目指すことにした。


「ふあぁ……ちょっとだけ眠いです」


「もう。だから早く寝なさいって言ったでしょ、ソフィア」


 手で口元を隠しながら欠伸をしたソフィアに、姉エアリーは厳しい言葉を投げる。


「だって……本、凄く読みたかったし止まらなかった……」


「だってじゃありません! マーリン様にもほどほどにしておけって言われたのに、あなたってばすぐ調子に乗って……」


「うぅ……マーリン様、お姉ちゃんが虐めてくる」


「虐めてないわよ!」


「まあまあ。たしかにソフィアの夜更かしは褒められたことじゃないけど、今後は気をつけてくれるんだろう?」


「うん。さすがに何度も夜更かしして迷惑をかけたくない」


「なら僕は構わないよ。この後馬車に乗ったら寝る時間もあるしね」


「マーリン様はソフィアに甘すぎます! もう少し厳しく育てないと!」


「お姉ちゃんが厳しすぎるだけじゃ……」


「そんな事ありません」


 ぴしゃりとエアリーは言った。


 鋭い視線が狼狽えるソフィアに刺さる。


 これも姉からの愛かな。ソフィアとエアリーは今日も仲良しだった。


「……たしかに、エアリーさんが言うようにマーリン様はソフィアさんにだけ特別優しいような気がしますね」


「アウリエルさん? 急にどうしたの?」


「いえ、ふとわたくしも同じことを思っただけです。他意はありませんよ」


「本当に?」


「本当に」


 ……嘘だ。


 口ほどに目が語っている。


 「わたくしにももっともっと優しくしてくれてもいいんですよ?」と。


 これでもみんなを平等に愛してるはずだが……言われてみるとソフィアには甘いような気もしなくもない。


 初めてこの異世界で知り合った子だから?


 手がかからないから?


 理由を探しても答えは見つからなかった。


 先に馬車の乗り合い所が見えてくる。

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