第221話 治安が悪い

 かつてセニヨンの町で絡まれたように、ここ帝国領にある町でも僕は絡まれた。


 相手は屈強な体つきの男性数名。


 世紀末風のモヒカンをしていた。なかなかにオシャレだ。


 人を殺しかねない鋭い目つきで僕を睨む。


「ひゃはははッ! 痛い目に遭いたくなかったら女共を置いてさっさと消えなぁ!」


「女は返してやらないけどなぁ!」


「ひひッ! 早く遊びたいぜぇ」


 品性の欠片もない口調で男たちは喋る。


 普通に答えはノーだ。


「悪いけどそういうのは間に合ってるんだ。お互いに揉めるだけ損だと思うよ? ここは聞かなかったことにするからさ」


「あぁん? ひょろひょろのガキが、なに調子に乗ってんだおらぁ!」


「自分の立場を弁えろや雑魚が!」


「お前はさっさとその女たちを見捨てて消えればいいんだよぉ!」


「それとも俺たちに泣かされたいのか?」


「相手が誰だろうと容赦しないぜぇ?」


「うーん……これが冒険者ギルドでまかり通っているのか……」


 ちらりと周りを確認する。


 他の冒険者たちはもちろん、ギルドの職員たちでさえサッと視線を逸らしていた。


 我関せず。そんな空気だ。


 セニヨンの町、それに王都では優しいギルドマスターたちがいたが、ここ帝国領ではまともなギルドマスターはいない——なんて言わないよね?


 だとしたら今後の旅行計画に大幅な修正が必要になる。


 本当はノイズと一緒に帝都の冒険者ギルドにも行くはずだったが、こんな様子なら行きたくない。


「おいガキ! 人の話を聞いてんのか!? 痛い目に遭わないと分かんねぇようだなぁ!」


 僕が考え事をしている間にも男たちの会話は進んでいた。


 どうやら僕が彼らを無視している事になっている。


 男の一人が拳を握りしめていた。


「やれやれ……結局はこういう目に遭うんだね、僕たちは」


 他人からしたらハーレムを築いてる奴は目の毒か。


 モテモテ税だと思って諦めるしかないな。


 渋々、拳を突き出した男の一撃を——受け止める。


 一発くらいなら殴られてやろう。どうせ……僕には意味がない。


「——なッ!? こ、こいつ……俺の拳を受けても無反応だと!?」


 男の拳は見事に僕の顔面を捉えた。


 しかし、本来は頬を抉るほどの威力があるそれは、遙かに強い僕の防御力の前では無意味だった。


 わずかに頬が凹む程度の攻撃である。


 僕はまるで何かした? と言わんばかりに目の前の男に訊ねた。


「どうしたの? 僕を痛い目に遭わせるんじゃなかったの?」


「ひぃッ!?」


 僕の平然とした様子に男がビビる。


 数歩後ろに下がり、化け物を見るような目をこちらに向けた。


 失礼するね。僕はただレベルが高いだけだっていうのに。


 それでいうと彼らはレベルが低すぎる。


 僕どころかアウリエルたちが無防備状態でもダメージは入らないだろう。


 前に村を襲っていたチンピラ盗賊より弱い。


「チッ! どんなカラクリがあるのか知らねぇが、どうせ痩せ我慢してるだけだろ! 今度は俺がやる! 俺の力は仲間内で一番だぜ!」


 モヒカングループの一番身長の高いデブが前に出た。


 自信満々の表情で拳を握ると、その体型に似合わぬ速度で拳を放った。


 まっすぐに僕の顔面を潰す。


 ——こいつも顔面狙いか。顔は分かりやすく急所だからね。


 狙いたい気持ちは分かるけど、ポカポカと何度も叩かれる身にもなってほしい。


「あのさ……僕たち暇じゃないんだけど? そろそろいいかな?」


「なん、だと!?」


 デブの攻撃も僕にはダメージが入らない。


 鼻は潰されていないし、顔のどこにも傷はなかった。


 軽々と男の拳を下ろしてため息を吐く。


「暴力は嫌いなんだ。おまけに君たちみたいなのに付き合ってる暇もない。悪いけど、僕に殴られる前に消えてくれないかな?」


 あくまで僕は被害者だ。


 ここは彼らが完全に悪い事にしておく。


 この喧嘩? いじめ? を止めないあたり、このギルドの評判は僕の中で地に落ちているが。


「や、やべぇよこいつ! ブーの一撃がまったく効いてねぇ! それだけレベルに差があるって事だ!」


「クソッ! お前ら逃げるぞ!」


「覚えてろよ! これで終わらないからな!」


「ちくしょうが!」


 子悪党っぽい捨て台詞を吐いてモヒカン軍団は冒険者ギルドから外へ出ていった。


 その背中を見送ってから、僕はノイズに告げる。


「ねぇノイズ」


「はい」


「この冒険者ギルドはあんまり良くなさそうだし、見学は終わりでいいかな?」


「ノイズも同じ意見です。治安が良くない場所は嫌いですッ!」


 ノイズの声が冒険者ギルド内に響く。


 彼女はあえて大きな声で全員に聞こえるように言ったのだ。


 特に職員たち。彼ら彼女らに「ちゃんと働け」とね。


 冒険者と違って抵抗する力がない彼らに文句は言いにくいが、それでも仕事をしてない事には変わらない。


 非情ではあるが、そのまま僕たちは踵を返して冒険者ギルドを出た。

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