第219話 だんまり神様
ソフィアの本を購入した後、アウリエルを先頭に僕たちは歩く。
気分るんるんの彼女に、後ろに並んだ僕は弱々しい声をかけた。
「ね、ねぇ……アウリエル。本当に行くの?」
「まだそんな弱気なことを言ってるんですか? いい加減覚悟を決めてくださいな、マーリン様」
「で、でもねぇ……」
イマイチ気分が上がらない。
これから僕たちが行こうとしているのは、アウリエルの満面の笑みを見れば誰だって分かる。
——そう、教会だ。
敬虔な信者である彼女は、王国各地にある教会にすら顔を出すくらいマメだった。
当然、普段は行かない帝国領の教会にだって顔を出す。
この世界の神は唯一神。王国だろうと帝国だろうと皇国だろうと信仰してる神は同じだ。
だからどこででも彼女は神へ祈りを捧げられる。
今回、足を踏み入れた町には教会があるらしい。正門を守護する兵士たちにアウリエルが訊ねていた。
彼女がそれを兵士に訊ねていた時点でこうなることは分かっていたし、最終的に許可を出したのも僕だ。
それでも、いざ教会へこれから向かうとなると萎縮してしまう。
気分は引き篭もり。教会は大人気アーティストのコンサートってところかな?
騒がしい所、賑やかすぎる所を嫌う傾向にある引き篭もりには辛い。
僕、前世だと人見知りも結構してたし。
そんなわけでかなり憂鬱な気分を引っさげてアウリエルの背中を追いかける。
僕の気分を知った上で彼女は上機嫌だった。
「ちゃんとマーリン様に配慮して素顔を晒す必要はないと言ってるでしょう? わたくしだってまともに顔を晒せません。残念ではありますが、シスターに声をかけるのはまた今度ですね」
「お忍びじゃなかったら嬉々として声をかけていたんだね……さすがアウリエル」
「当然です! わたくしは同士と盛り上がるのもまた好きですから!」
そのせいで僕がこれまで何度巻き込まれてきたことか……。
できるなら僕もシスターたちには話しかけたくない。いまがお忍び扱いで助かった。
別にアウリエルの身分を隠す必要はない。帝国と王国はそれなりに仲がいい。
今後、勇者や魔王討伐でいろいろ手を組むこともあるだろう。
だが、彼女は自分が王女だと知られることで起こる注目やリスクを避けることに決めた。
正直英断だと思う。
理由はよく分からないが、アウリエルを始めとした王族たちはやたら魔族に狙われている。
帝国にも魔族がいないともかぎらない。というか、いる可能性のほうが高かった。
理由は——前に戦った魔族たち。
彼らは勇者を潰すために僕を狙ってやって来た。
それはつまり、帝国や皇国にいる勇者もまた狙われているってこと。
様子見にしろ襲うにしろ、このタイミングで魔族がまた現れてアウリエルが狙われたらたまったもんじゃないからね。
そういうわけでアウリエルはいろいろ我慢してくれた。
「——あ! 見てください、マーリン様。どうやらあそこがこの町にある教会のようですね! 結構大きいですよ!」
一度足を止めたアウリエル。彼女の視線の先に、十字を背負った巨大な建物があった。
たしかに見るからに教会って感じだ。
あまり広いとはいえない町では珍しい規模の教会である。
テンションをさらに高めたアウリエルが、僕の手を引っ張って教会の入り口を目指した。
教会は逃げたりしないっていうのにね……。
▼△▼
アウリエルたちとともに教会へ入る。
大きな建物だと思っていたが、中はそれなりに綺麗だった。
どこにでもある普通の講堂だが、訪れている人は多い。
設置された横長の椅子には、数えるのが面倒なほど老若男女が座っていた。
僕の前世——地球では、信仰心は割と薄れている。
科学が発展し、様々な理論が展開された結果、神や精霊、天使といった存在はどんどん空想上の生き物へと追いやられ、人々が生み出した妄想へ変わる。
だからこそ信仰心が薄れ、失われたのだ。
それに比べ、縋るものの少ない異世界では信仰心が強く広く伝わっている。
実際に神が世界に降臨したという話が事実として語られるくらいに。
僕に非常に似た容姿だった……ということまで判明してるしね。
「わぁ……! やっぱり教会は素敵なところです。マーリン様、皆さんも一緒に祈りましょう。神へ日ごろの感謝を伝えるのです!」
教会内部に入ったからか、しっかり声を抑えてアウリエルはそう言った。
僕は教会関係者が苦手なだけで、この異世界に転生させてくれたかもしれない神様はそれなりに信仰してる。
唯一不満なのは、この外見だね。お得でもあるが、他のイケメンにする選択肢もあっただろうに……と。
それでも真摯に祈る。
神へ何度も感謝を告げた。
…………あ、そうだ。思い出したけど勇者の称号はいりません。返却します。
内心で縋るように繰り返し神へ伝えたが、あの神様メッセージが僕の前に現れることはなかった。
こういう時はだんまりかよ!!
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