第217話 帝国

 適当な宿に宿泊して翌日。


 僕たちは朝食を摂ってから馬車の乗り合い所に向かった。


 そこで行きと同じく一番大きな馬車を予約。ちょうど僕以外には利用する客がいなかったので、そのまま時間になって町を出る。


 料金は普通の馬車より多くかかるが、この手の高い馬車を利用するメリットだね。他の人があまり利用しないっていうのは。


 元々この馬車は超団体用。


 金持ちは自前で馬車を持ってるし、金に余裕がない人はもっと小さな馬車でぎゅうぎゅう詰めに合いながら移動する。


 消去法的によほどの人数が乗らないかぎり、一番高い馬車は選ばれることがない。


 かぽかぽと長閑のどかな馬の足音を聞きながら、僕たちは二度目の移動を行う。


「次の町はどういったところなんだろうね」


「たしか次の町は……」


 アウリエルから次に到着する予定の町の話を聞く。


 彼女はなんでも知ってるね。質問すると必ずそれらしい答えが返ってくる。


 だが、そんな彼女でも知らないことはあった。


 帝国に関してだ。アウリエルはまだ一度も国を出たことがない。


 上にいる第一や第二王子はともかく、第四王女なんて王位継承権もほぼないような彼女には、国を出る理由もないらしい。


 僕からしたらアウリエル以上の王族はいないが、世間一般的な反応なんてそんなもの。だからこれが彼女にとっても初めての旅。通りで珍しくはしゃいでるはずだよ。


 嬉々として自分が知ってる話を披露するアウリエル。そんな彼女の話に耳を傾けながら、僕たちの旅は順調に進んでいくのだった。




 ▼△▼




 町を経由すること合計三つ。そこから先は帝国領に入る。


 何度目かの馬車を乗り継ぎ、とうとう僕たちは帝国領の最初の町にやってきた。


 いまさらながらに、アウリエルの冒険者カードに記載されている情報はニセモノだ。


 それが他国でも通用するのかどうか怪しかったが、町の正門を通る際に普通に通過できた。バレた時は普通にヤバい。


 だが彼女は、王女であることがバレるリスクよりバレた際のリスクを取った。


 まあ、よほどのことがないかぎり彼女が王女であることがバレるはずもないか。


 それに、仮にバレても冒険者としての活動は本物だから許してくれるかもしれない。


 不安を抱えながらも僕たちは馬車から降りた。


 王国から帝国へ。ただ名前の表記が変わっただけなのに、眼前に広がる世界すら違って見える。


「ここが帝国の町……綺麗な町並みですね!」


 真っ先にノイズが大きな声を出す。


 彼女の犬耳と尻尾がぴこぴこと左右に揺れていた。どれだけ興奮してるのか分かりやすい。


 しかし他のメンバーも同じようなもの。


「わぁ……! 本で見たことしかなかった場所に、私はいま、いるんですね……!」


「よかったわね、ソフィア。面白い本が見つかるかもしれないわ」


「うん! あとで一緒に本を買いに行こうね、お姉ちゃん!」


 僕の隣ではソフィアたち姉妹が楽しそうに雑談をしている。


 ソフィアもエアリーもアウリエルと同じように初めての帝国だ。目に映るものすべてが珍しいと言わんばかりに視線を彷徨わせている。


「みんな、喜ぶのはいいけどまずは宿を探すよ。部屋を取ったら少し町を見て回ろうか。目的地は帝都だけど、何か面白いものが見つかるかもしれないしね」


「いいんですか、マーリン様!」


「うん。ソフィアだって本とか見たいだろ? せっかくだしね、時間はあるからのんびり旅をしよう」


「ありがとうございます!」


 普段は大人しいソフィアが歳相応にはしゃいでいた。僕もエアリーもそんな彼女を見て微笑む。


「ノイズは冒険者ギルドが見たいです! どんな依頼があるのか気になりますッ!」


「冒険者ギルドか……いいね。僕も他の国の冒険者ギルドに興味があるし、先にソフィアたちの用件を終わらせてから冒険者ギルドに行こう」


「分かりました! やったー! です」


 ノイズがきゃっきゃっとはしゃぎ、ソフィアがにんまりと満足げに胸を張る。


 二人とも個性が出る喜び方をしてるなぁ……見ていて面白い。


「アウリエルはどこか行きたい所はあるかい?」


「教会に! ぜひ、教会に!!」


「それ以外は?」


「教会に! ぜひ、教会に!!」


「あれ? ループした?」


 おかしいな。僕は遠回しに「教会にはあんまり行きたくないなぁ……」って言ったつもりなのに、アウリエルは意にも介していない。彼女は無敵だったわ。


「教会に! ぜひ——」


「ああ! 分かったから繰り返さないでくれ! 頭がおかしくなる!」


「ありがとうございます、マーリン様! マーリン様の優しさにわたくしは感動しました……!」


「ほとんど脅迫だったけどね」


「何か言いましたか、マーリン様?」


「……いえ、何も」


 ダメだ。僕の口ではアウリエルには勝てない。


 彼女の要望を突っぱねることはできるが、アウリエルのためにお願いを聞いてあげたいとも思う。


 これが惚れた弱みってやつか……ふっ。


 内心で精一杯のカッコつけ。それくらいしか僕にはできることがなかった。

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