第216話 観光はまた今度
帝国へ旅行に出かけた僕たちの前に、道を塞ぐように魔物が現れた。
ここは外だ。魔物の一匹や二匹くらいは普通に現れる。
事前に護衛を拒否していた僕たちは、それぞれが馬車の外に出て戦闘態勢を整えた。
真っ先に飛び出して行ったのはノイズ。ナックルを構えて地面を蹴ると、僕が何かを言う前に魔物のほうへと特攻を仕掛けた。
「さあ、行きますよ~!」
相手はどれも小型の魔物。ノイズ一人でも余裕かと思い、彼女の戦闘を見守る。他のメンバーたちも特に戦いたい! という子はいなかった。唯一荷台に残った非戦闘員のカメリアも、ノイズが戦う様子を中から覗いている。
「グルアッ!」
魔物たちは一斉にノイズへ飛びかかる。集団の有利を活かす戦法だ。悪くない。
だが、相手が悪かったね。ノイズはその程度の数なら捌けるくらいに強くなった。
相手の攻撃を踊るように避けると、笑みを浮かべて拳を突き出す。
「キャウンッ!」
魔物が次々にノイズに殴り飛ばされていく。情けない魔物の悲鳴だけが響き、ノイズの一方的な蹂躙が行われる。
時間にしておよそ数分。一撃も攻撃を受けることなくノイズは魔物の群れに勝利を収めた。
顔にわずかな返り血を残して彼女がこちらに戻ってくる。その圧倒的な戦闘能力に、馬を引いていた御者の男性が驚いていた。
「マーリンさーん! ノイズの戦いを見てましたか!?」
勢いをそのままに——ひしっ! 体当たりするように僕に抱きついてきたノイズ。彼女からの衝撃を足の踏ん張りで耐え、犬耳の見える頭に手を添えた。撫で撫で~。
「うん、見てたよ。速度を活かした戦闘にすっかり慣れてきたね。強くなったよ、ノイズは」
「えへへ! これもすべてマーリンさんのおかげです! ノイズは感謝してもしれきないのです~!」
本物の犬みたいに僕を抱きしめた状態ですりすりと顔を擦りつけてくるノイズ。漫画とかアニメなら、ここで彼女からハートマークみたいなものが飛んでいるんだろうなぁ、と僕は思った。
「ノイズが意欲的で、その上センスがあったから強くなれたんだよ。全部僕のおかげじゃないさ。凄いね、ノイズは」
「うぅ……! マーリンさんが素敵すぎて、ノイズは……ノイズは——!」
「はい、そこまで。馬車が停まっています。さっさと魔物の死体を回収して移動しますよ、ノイズさん」
興奮した様子のノイズを後ろから羽交い絞めにして引き剥がしたのは、僕と同じ髪色の美少女——アウリエルだった。
ノイズは残念そうに「しょぼん……」と呟いて抵抗はしない。相手は王族であり、いまや家族みたいな関係だからね。
「あはは。アウリエルの言う通りだね。魔物の死体は僕がアイテムボックスで回収するから、みんなは先に馬車に乗っててくれ」
そう言って僕は、ノイズが殴り飛ばした魔物の回収に移る。
▼△▼
魔物の回収を終え、再び馬車は走り出した。
ぐんぐんと森の中を突き進み、夜になる前に王国領にある町の一つへ到着する。
帝国への道中、こうやって何度も町を経由しながら旅をしていく。さすがに一日で帝国領まではいけないし、外で野宿するのも嫌だからね。
馬車ごと町の正門をくぐり、身分証明になる冒険者カードを見せて町中に入った。そこで馬車から降りると、御者の男性とはお別れだ。全員で固まって通りを歩いていく。
「さて……それじゃあさっさと宿を探して、翌日になったら町を出ようか」
「この町は観光していかないんですか?」
首を傾げてノイズが訊ねる。
「別に観光してもいいけど……この町、観光するほどのなにかがあるのかな?」
凄く失礼な言い方にはなるんだけど、王国領にある町すべてが観光地なわけではない。もちろん人を招くために領主はいろいろ頑張っているんだろうが、僕はこの町のことをよく知らない。
ここは知ってる人に聞こうと視線を隣のアウリエルに向けた。
彼女は僕の視線に気づくと、笑みを浮かべて答えてくれる。
「そうですね……この町は羊毛で栄えたという話を聞きました」
「羊毛……なら衣服とか売ってそうだね」
「はい。この町の服は王都にも売りに出されるほど人気です。ただ……観光目的ではあまり見るものはありませんね」
さすがのアウリエルも苦笑する。
たしかに服を見て回るだけなら王都でもできるし、それだけ人気があるなら他の町でも見かける機会はあるだろう。
衣服に興味がないノイズは、肩を竦めて言った。
「それなら観光しなくてよさそうですね。もっとこう……興奮できるような何かがほしいです」
「コロシアム的な?」
「いいですね!」
ノリノリなノイズ。そんな物騒なもの、ノイズ以外にはあまり見せたくないんだが……。それに、異世界といってもコロシアムなんてほとんど開催されないし、コロシアムを作ってる町もないだろ。あるとしたら帝都かな? それまではお預けだ。
「まあコロシアムはともかく、この町は予定通りに明日出ようか。まだ寄る場所はたくさんあるんだし」
「賛成です」
みんなが僕の意見に従ってくれる。
夕陽に照らされた通りを歩きながら、宿を探して僕たちはのんびりと歩く。意外にも通りにはいろんな店があって退屈しなかった。
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