第215話 はいはいフラグフラグ
王都にある馬車の中でも特に大きな馬車を借りた。六人入ってもなおスペースに余裕がある。
「お、大きいですね……」
ソフィアが馬車の荷台を見上げて声を漏らす。他のメンバーたちもアウリエル以外は軒並み驚いていた。
「ふふ。アウリエルと相談してね。みんなで乗るならこれくらいのスペースは必要だろう?」
「気ままな旅はまず馬車選びから始まります! わたくし、旅をしたことはありませんが!」
自信満々に胸を張ってアウリエルはそう答えた。本当に適当な意見に聞こえるから面白いよね。
でも実際、馬車の荷台のスペースが狭かったら窮屈でしょうがない。帝国まではいくつもの街を経由していくし、そのための馬車選びも大切だ。
たとえ次の街で乗り換えるとしても、やっぱりそれなりの馬車を選びたい。金には困ってないんだから、使うべきところでは使わないとね。
「でも……馬車が狭かったら、その分マーリン様に密着できたのでは……?」
エアリーが突然意味不明なことを言い出した。僕以外の全員が「その発想はなかった!」と反応を示す。
アウリエルなんて悔しそうな表情を浮かべていた。
「くっ……! その手がありましたか……! もっと小さな馬車なら、旅の道中マーリン様に触りたい放題!?」
「御者の人もいるんだからそういうのはちょっと……」
さすがに外でやることじゃないと思います。
「マーリン様! いまからでも馬車の変更を……」
「はいはい。馬鹿なこと言ってないで乗るよ~。無駄に金を使う必要ないから」
一度予約した席を直前でキャンセルした場合、キャンセル料を払わなきゃいけない。それは意味ないし、いまから他の席が見つかるとも思えない。
アウリエルの言葉を無視して僕は荷台に乗った。次々とソフィアたちもそれに続く。
「残念です……マーリン様の体に触れると思ったのに……あまつさえ抱きしめられると……」
アウリエルの奴まだ言ってるよ……。
「別にそれくらいなら狭くなくてもいいんじゃない?」
「え?」
首を傾げる隣のアウリエル。そんな彼女の肩に手を添えると、やや強引に僕の下へ引き寄せた。アウリエルを抱きしめる形になる。
「……へ? えぇぇぇ!?」
アウリエルは盛大に叫ぶ。顔を赤くしてあわあわと取り乱していた。
抱きしめろ抱きしめろと言うくせに、実際抱きしめると焦るのだから本当に彼女は可愛い。
その白く整った顔に自分の顔を近づけると、僕はアウリエルの耳元で囁いた。
「ほら……アウリエルのためならこれくらい、いつでもやってあげるよ」
「はわわわわ!? み、耳が幸せ……きゅ~~~~ッ」
「アウリエルさん?」
アウリエルが限界を迎えて倒れた。力なく僕の肩に頭を乗せる。
顔がもの凄く熱かった。興奮のしすぎで意識が保てなかったのだろう。そういう反応は変わらない。
「むぅ……アウリエル様だけズルいですよ、マーリン様!」
「ノイズも抱きしめてほしいです!」
対面の席に座るエアリーとノイズが手を上げながらそう主張してきた。
彼女たちは平等だ。平民だろうと王族だろうとそこに優劣はない。僕はくすりと笑って、
「いいよ。二人ともおいで」
両腕を広げて彼女たちも迎え入れる。
その後、全員を抱きしめるまで僕のサービスタイムは終わらなかった。
▼△▼
穏やかな時間が過ぎていく。
王都を出てすでに数時間は経過した。その間、カードゲームをしたり雑談に興じたりと暇な時間を潰すが、なまじ外の景色が自然一色だから飽きがくる。特に暇を嫌うノイズなんて、横長の椅子に寝転がりながら愚痴をこぼしていた。
「う~……暇すぎですぅ。魔物の百匹くらい出てきてくれませんかね……?」
「物騒なこと言わないでよ。数匹ならともかく、百匹も出てきたら対応に困るでしょ」
「みんなで分けるとなるとそれくらいは必要ですよ!」
「別にみんな魔物討伐がしたいわけじゃないと思うけど……」
僕の意見にノイズ以外のメンバーが「うんうん」と頷いた。
ノイズは逆に驚く。自分にとっての娯楽が他のメンバーたちの娯楽ではなかったから。
「えぇ!? みなさんやる気が感じられませんよ! 冒険者たる者、たくさん魔物を倒さないと!」
「冒険者の在り方としては正しいね。でもノイズ、僕たちは旅行しに行くんだよ? 魔物を殲滅しに行くわけじゃないからね?」
「——ハッ!? そうでした……旅行も大事です! やっぱり暇なくらいがちょうどいいですね!」
「それはそれで極端すぎるよ……ノイズ」
彼女はころころ感情や言葉が変わって面白い。
でも、ノイズの言う通り、旅の時間くらいは暇なほうがいいのかもしれないね。魔物を望んでも血生臭いだけさ。
それに、この辺りは王国領。最近はそんなに魔物が出ない——。
「——ま、魔物ぉ!? 魔物が出ましたー!!」
「…………」
外から御者の男性の叫び声が聞こえてきた。ノイズが耳を立てて急いで外に出る。
僕たちはほとんど冒険者だから、護衛を雇っていない。自然と魔物の相手をすることになった。
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