第208話 日常の裏側

 魔族たちが一斉に別々の方向へと逃亡を始める。


 あえて数の有利を活かしたのは利口だ。——まあ、すでに手は打ってるんだけどね。


 僕はくいっと右手を引いた。直後、三人の魔族が同時に動きを止めた。


「ぐっ!? な、なんだ? 急に動けなく……」


「足!? 足になにかついてるぞ!」


「これは……糸、か?」


 すぐに魔族たちは自分たちの動きを止めたものの正体に気づく。それは、本当に小さく細い——光の糸。


 僕が聖属性魔法スキルで作っておいた拘束用の糸だ。


「いつの間に……!」


「ふふっ。君たちはいちいち相手の魔力を感じ取ったりしないっぽいね。バレるかな? とは思ってたのに全然気づかないんだもん」


 実は先ほど光線を撃ち込んだ際に糸を仕込んでおいた。大技に隠れた極細の糸なんて誰も気づかない。


「舐めるなよ! こんな細い糸程度……!」


 魔族たちは揃いも揃って糸を切断しようとする。だが、


「——なっ!? き、切れないだと!?」


 三人とも僕が生成した聖属性魔法スキルの糸を断ち切ることができなかった。


 当然だ。


「あはは。見た目はそんなんでも僕の魔力を使って作られた糸だからね。君たち程度のレベルじゃ切れないよ」


 じゃなきゃこんな悠長に話なんてしない。


「クソッ! なんなんだ……本当に貴様は何者なのだ!? 王国に生まれた勇者とはお前のことだったのか!」


「いやいや違うから。僕はただのモブだよ」


 実際にはモブになりたい勇者——なのかもしれないね。


 くすりと内心で笑いながら聖属性魔法スキルを発動する。目の前に浮かんだ大きな光の球体を見て、魔族たちは絶望する。


「とりあえずここに来た目的を聞いてもいいかな? 吐かないと一人ずつ苦しみながら死ぬことになるけど……ね?」


 にこりと笑って魔族たちに訊ねる。


 僕は元来平和主義者だ。人を傷つけるのは嫌いだし、人に傷つけられるのも嫌い。


 だが、連中は魔族。人を殺して喜ぶような奴らだ。人と同じ外見こそしているが、中身は畜生。正直、人間でもないし人権もない。容赦する必要性は皆無だった。


「……くっ! 話せば我々を大人しく解放するとでも?」


「いいよ。君たちがそれを望むなら解放しよう。情報提供者には優しいんだ、僕」


「信じられないな……」


 魔族は疑り深いねぇ。僕も同じ立場だったら相手のことは信じられない。気持ちはよく解る。


「じゃあ苦しみながら死ぬ? それでも別に僕は構わないけど……お仲間たちは嫌そうな顔してるよ」


「「ッ」」


 僕と会話している中央の魔族以外の二人は、がたがたと肩を震わせながら僕たちの会話を見守っていた。


 中央の奴はともかく、左右の男女は脅せば使えそうだな。中央のは殺してもいいか。


「とりあえず君を殺して様子でも見てみようか。なにか進展があると嬉しいなぁ」


 そう言って僕は周りに浮かせた光の球体を中央の男に近づける。


 この魔法攻撃は魔族にとって天敵である聖属性の浄化がうんと籠められている。いわば吸血鬼にとっての日光と同じ。


 ただ触れるだけで皮膚は爛れ、血も臓物も浄化されて蒸発する。その痛みは想像を絶するものだろう。


 徐々に近づいてくる光の球体を見て、中央の魔族は一瞬だけ苦渋な表情を作り、


「……わ、解った。話してやろう。話してやるから殺さないでくれ……!」


 と観念した。ぴたりと光の球体が止まる。


「そう言ってくれてよかった。それじゃあ質問に移ろうか」


 僕は主に、魔族たちに誰に命令されてこんなことをしたのか訊いた。


 それぞれの魔族たちの主張を総合すると、原因になったのは中央の男性魔族。その男曰く「魔族はいま勇者討伐に忙しい」らしい。真っ先に狙われたのが王国だという。


 なんでも、王国に現れる勇者が歴史的に一番高い素質を持っており、強くなる前にさっさと殺しておきたかったそうだ。


「なるほどねぇ……魔王復活に合わせて今度は勇者の殺害か。そっちの勢力も色々頑張ってるみたいだね」


 僕は知らなかったが、いまも昔も人と勇者の戦いは似たような状況らしい。


 魔族からしたら勇者は得体が知れぬバケモノ。強くなる前に殺しておかないと手がつけられなくなるとか。


 気持ちは解るがここに勇者はいない。彼らは一体なにを狙っていたのかと訊いてみたら、


「王国には勇者候補と言われる、恐ろしく強い魔法使いがいると聞いた。その男を殺すために……」


 予想どおりともいえる答えが返ってきた。もしかしなくてもその男って……僕のことだよね? 魔法使いって言ってるし。


 だがそれは秘密。わざわざ話すことでもないし、話したところで意味はない。


 一通り面白い話も聞けたので、そろそろ彼らを解放する。足を縛っていた糸を消滅させた。


「はい、これで君たちは自由だよ。約束を守った僕に感謝してね?」


 魔族たちは本当に解放されるとは思っていなかったのか、驚きながらも立ち上がってそれぞれが別の方向へ駆け出した。


 それを見送る——ようなことはしない。背後から聖属性魔法スキルを発動する。




「ごめんね。解放するとは言ったけど——殺さないとは言ってない」


 光が三つの命を呑み込む。

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