第195話 元勇者
「クソがッ!」
金色髪の少年は、近くにあった桶を思いきり蹴り飛ばした。
からんからん、と乾いた音が地面を鳴らす。
それでも男の怒りは収まらない。
「クソクソッ! なんで俺が勇者を解任なんて……!」
ぎゅうっと握り締めるのは、役人から受け取った大量の硬貨。
袋いっぱいに詰められたそれは、しばらく遊んで暮らせるほどの金額が入っている。
たしかに勇者という大任を解かれたのは痛手だが、すぐには破産しないよう相手側も配慮していた。
しかし、それすら今の彼には猛毒のように感じる。
まるで、相手側が最初からこちらを切り捨てる気まんまんだったかのように。
だから怒りは止まらない。
その辺の家屋の壁を蹴り飛ばし、荒々しく叫んだ。
「ふざけやがって! あの女ぁ!!」
近くには人はいない。家屋の中に人はいるが、今の彼に声をかけようとする者はいなかった。
苛立ちを抱えたまま、この後はどうしたらいいのか迷う。
彼はもう勇者ではない。
勇者だった頃には、危険でも役目があった。
冒険者ギルドで適当な依頼を請けてモンスターを討伐する。
レベルを上げたり訓練をしたり、それなりに充実した日々を送っていた。
それゆえに、いきなり勇者でなくなったことが彼に退屈を与える。
かつてはギリギリの生活だったがゆえに趣味もあったが、それを捨て去って彼は勇者になった。
人生を逆転するつもりで勇者になったというのに……もう、勇者ではない。
そのことに強い怒りと、——やはり憎しみしか生まれなかった。
「覚えておけよ……必ず復讐してやる。この俺が勇者でなくなったなら、一体誰が勇者をやるって言うんだ!」
彼は知らない。
すでに彼の代わりに新たな勇者が誕生していることを。おまけに彼女は女性。実力こそ今の彼よりはるかに上だが、勇者は本来、男性がやるものだ。
彼にだって短期間とはいえ勇者だったプライドがある。
やがて勇者と遭遇したときに、その怒りはどういう方向へ捻じ曲がっていくのか。
それは、神のみぞ知る話。
「おやおや……荒れていますね、勇者様」
「——ん? お前は……前に酒場で会った奴か」
ガンガンと近くの壁を蹴り続ける勇者のもとに、ひとつ分の影が現れる。
影は人間の形をしていた。ローブにフードとかなり怪しい様相だが、元勇者はその男と面識があった。
久しぶりの再会に、元勇者は首を傾げる。
「一体何の用だ」
「ふふふ。今回はあなた様に我々の協力が必要かと思いまして」
「協力?」
「ええ。先ほどまであなた様の様子を眺めていました。何やら、只ならぬ様子。もしや……勇者の任を解任されたとか?」
「ッ!? 貴様……それをどこで?」
「ついさっき、あなた様が自分で仰っていたではありませんか。それをたまたま耳にしただけですよ」
けらけら、と男性は笑う。
その様子が不気味で、元勇者は一歩後ろに下がった。
「それがどうした。勇者じゃなくなった俺に何かするつもりか?」
じろりと元勇者はローブの男を睨む。
しかし、男は首を横に振った。相手に不信感を与えないよう、両手をあげて降参のポーズを取る。
そして、
「いえいえ。滅相もありません。先ほど言ったではありませんか。今回は、あなた様に協力したいことがあると」
にやりと男は笑った。
ローブから除く白い顔に、さらに不気味な要素は強まる。
だが、藁にも縋りたい元勇者は、思わずその魅力的な話に食いつく。
「俺に何の協力を?」
その返事が返ってきた瞬間、ローブの男はさらに笑みを強めた。
「もちろん、あなた様が勇者に返り咲くための協力でございます。まさか……もう勇者はこりごりだ、とは言いませんよね?」
「当然だ! 俺は勇者だぞ? 今でもその気持ちに嘘はない! 俺が守ってやると言うのに、あのボンクラな王族共は……」
「わかりますわかります。あなた様ほど才能に富んだ方を解任なされるほどですからねぇ。胸中お察しします」
「ほう……貴様、話がわかるじゃないか」
元勇者は簡単に話しに乗せられてしまった。
そのことに男は上機嫌に答えた。
「わかりますとも! なぜなら、あなた様に注目していた者のひとりですからね。だからこそ、今回はそんなあなた様に協力を申し出ているのです」
「……いいだろう。そこまで言うなら話を聞いてやる。この俺を勇者に戻す手立てがあるのだろう?」
「ええ、ええ。そのためには、いくつかあなた様から聞かないといけないこともありますが……守秘義務というものがありますよね。ええ。答えられないとこちらとしても協力できませんが、できる範囲で頑張らせていただきます」
「守秘義務……ふん」
その言葉を聞いて、元勇者は鼻を鳴らした。
手にした袋を懐に入れると、元勇者はにやりと口角を上げて、
「なに、どうせ俺が勇者に戻るんだ。話しても問題はあるまい?」
と告げた。
するとローブの男は、
「さすが勇者様。その思いきりのよさ、感服いたします!」
と喜び、元勇者を連れてどこかへ消える。
不穏な気配が、再び王都に生まれていた。
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